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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年4月14日 (日)

スキンシップは計算?

 ご多聞に漏れず、私のパートナーもスキンシップは得意ではありません。スキンシップをされることで心が安らぐということはないそうですし、「近くに寄られる」ということもやはり緊張する原因になりやすく、のんびりしたいときにはある程度離れていることが必要になります。

 だから逆に私に対してスキンシップをすることについても、彼女は「申し訳ないことをする」という感覚になってしまい、いわば罪悪感を持ってしまう、という話は以前にも書きました。

 けれどもケアを必要としている定型の人に対してスキンシップが大きな意味を持っている、ということは彼女は知識としても体験としてもよく分かっています。身体的なケアをする際に手を握ってあげたり、背中を撫でてあげることで身体の緊張がほぐれ、ケアの作業がしやすくなることがわかっていて、そこは徹底して「計算」して「プロの技術」としてそれをするのだそうです。

 定型の、少なくとも私にとってはスキンシップは親密な間柄ではとても自然なことで、それによって心が安らぐし、また相手を安らがせてあげたいときにもスキンシップをしたくなります。そこには頭で考えての「計算」はなくて、ごく「自然な心の動き」で「そうしたい」という気持ちになるわけです。逆にそうしないことは相手との間に距離があることを意味するし、「冷たい関係」というふうに感じてしまうことになります。

 そうすると定型とアスペのカップルでは(恋愛最盛期はもしかすると少し違うかもしれませんが)、ほんとに奇妙なすれ違いが起こってしまうことになります。つまり、

 定型が相手に親しみを感じればスキンシップをしたくなり、逆なら避けるようになる。
 アスペが相手に親しみを感じればスキンシップを避け、逆なら計算でそれをすることもある。

 というすごくねじれたずれた関係が成り立ってしまうわけです。彼女と話をしていて、つまりそういうことなんだね、という話になりました。

 これは頭で考えてそうなる、ということではないし、育った環境によってそういう風な性格になった、ということでもなさそうに思えます。やっぱり生まれながらの違いからくるズレという気がするんですね。(「自閉度」の強いカナータイプの自閉の子でも、ある種の身体接触を自分から求めてくることもあったので、接触が全く意味がないと言うことではないと思いますが、かなりその雰囲気は違いますし)

 それで彼女からこういう疑問を投げかけられたんです。「スキンシップが大事というなら、プロの計算でそう対応することはできなくはないけど、そんな風にされるのはいやでしょう?」と。

 たしかに「計算」でされると言われると、ちょっと引いてしまいます。なんだか商売をされて、手玉に取られているような感じになってしまいますし (^ ^;)ゞ

 でも、ごく素朴な気持ちとしてはそれを求める自然な気持ちはやはり消えません。それを消す方法は完全な悟りを開くかプラトニックラブになるか……。どちらも凡人の私には難しそうです。さてどうするのがいいのか、あちらを立てればこちらが立たず、とても難しい問題です。

 多分、アスペと定型の間では、こんな形の難問がいっぱいあるのでしょうね。うーん、頭が痛い!

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コメント

いろんな感情の痛みや苦しみに対して、人は「時間が必要」「時間が癒してくれる」と言いますが・・・こと、気持ちと生理的な感覚が重なってしまう点は「もっと歳をとれば欲さなくなる」ということしか言えないのではないでしょうか。

ASと定型では、距離感も感覚過敏も土台が違うことが多いので、求める定型、求められて困るASという関係も多いと感じます。

一例ですが、積極奇異タイプのASの人が相手に集中しているときは、「定型の夢中とは様子が違う一途さでとてつもなく夢中になっている」ような印象があります。でも・・気がつくと双方の関係は、お互い歩み寄り譲り合いが構築できず、まずAS側のブロックに定型が「愛情が無いのでは?」と疑心暗鬼になる、というズレの一歩が進み出すように見えます。

小さな喜びや希望を見いだしながら関係維持・・の道のりに、定型ならではの「寂しさ」が止まぬ波のように、繰り返し繰り返し心身を揺らしてくる。
(それは、ASならではの苦しみや寂しさも同様でしょうが)
定型がこの波に馴染み「こんなもんだ」と感じるようになるには「いろいろ感じなくなった年齢」に到達するしかないかなと思います。

私の勝手な想像ですが、パンダさんは、奥様を見つめ、奥様を通してASの世界を見つめ続け、理解や受容を重ねた人生を、満足をもって遂げると思います。
それは、きっとパンダさんが「そういう性分」というか、そういう宿命やら特質やらをお持ちの方と感じるからです。
物書きの人って、見つめて感じて伝えるサガがおありになるでしょうから。

私は、パンダさんと出逢う事ができた奥様は、本当に幸せだと思います。


トマトさん

 どうもありがとうございます。

 早速パートナーに「コメントで奥さんは幸せだ、と言ってもらえたよ」と話したら、
 即答で「そんなことはありません、と書いておいて」と言われて大笑いしました。

 この先どんな展開が待っているのか、私には全く分かりませんが、
 まあぼちぼち歩いていこうと思います。 

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