2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

掲示板最近の話題

フォト

アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

« 違いに慣れる | トップページ | アスペ的世界への入り口? »

2013年4月19日 (金)

並大抵じゃなかったんだなあ

 Yahoo!の特集記事のコーナーで、夫婦関係について集めているのがあって、どういう夫婦が危機的かとか、どういう言葉や行動が危機を産むかとか、危機的になったときにどうやって対処したらいいかとか、そんな内容がいろいろ含まれてました。

 それで、ちょっと興味を持って見てみたんですが、たとえばこうなると離婚間近、というような説明の所なんか見ても、ああ、「こんなこともあったなあ」としみじみ思うし、危機にどうやって対処するかのいろんな方法については、「なあんだ、こんなことぐらい、もう全部やりつくしてきたよ」と感じられるものでした (^ ^;)ゞ

 結局このコーナーを書いている人たち、カップルにサジェスチョンしている人たちの頭の中には「定型同士のカップル」のイメージしかないんですね。逆に言えば、そういう「定型的発想」の枠の中で考えている限り、アスペと定型のカップルに危機が訪れた場合には対応できないんだ、ということが改めてよく分かりました。

 何度も書いてきたと思いますが、私もかつてはその「定型的発想」の枠でしか考えていない、ということに気がついていませんでしたし、気がつかなかったから、その枠の中で自然に考えつくことでいろいろ対応しようと頑張りましたし、その結果、もうできることは全てやり尽くした感があって、それなのに一向に関係は良くなるどころか悪化していくようにしか思えなくて、鬱にもなりましたし、力尽きて離婚も考えると言う風になったわけです。そのときには「自分の力もここまでか」という気持ちもありましたし、「やっぱり相手が悪いんだよな、自分は悪くないよな」という気持ちもありました。

 そこで「アスペと定型」というズレがあったんだという発想が、彼女自身が自分のことをそう理解するようになってから生まれて、初めてそれまで自分が知らず知らずに固まってきた「定型の枠」をちょっとずつゆるめてお互いの関係を考え直すことができはじめたわけです。

 それから3年ほどが経ちますが、最初の頃の全くの暗中模索という感じではないにしても、やっぱり手探りの状態が続いていることは確かです。今は私には離婚という考えは無くなっているように思いますが、パートナーにそれを言うと、そんなことは分からない、というような答えがまだ返ってきますね。実際、将来のことはお釈迦様でもわからない(?)でしょう。

 それも無理もないと言えば無理もないことですよね。だって生まれてから今までずっと疑いもなくそうやってきたし、骨の髄まで「定型」だったわけですから、それを今になってたった何年かで完全に発想を切り換え、行動を切り換え、さらには「感情の持ち方」まで調整するなんて、そんなことやれと言う方が無理でしょう。第一「どうやったらいいのか」というコツや目標からしてはっきり見えている訳じゃなくて、それから手探りな訳ですから。

 なんにしても上に書いたコーナーを見て、「ああこんなことやりつくしてきたよ」と感じたときに、アスペと定型のカップルが抱える問題って、そんなに問題なくすごしている時やそういうカップルの場合はいいとしても、一旦ズレが目立ち始めてこじれてしまうと、定型同士なら「はいこれでおしまい」というレベルに簡単になってしまうんだなあと思いましたし、それに向き合うことって並大抵の努力じゃないんだなあと、なんかちょっと他人事みたいですがそう思いました。

 で、彼女にその話をして、「まあ、かなり頑張ってきたんだね」と共感を求めてしみじみ言ったら、「誰も頑張ってないとは言って無いじゃない」と言われました。はい、たしかにそれはその通りです。もうちょっと力抜いて適当になってもいいのかなあ……

 

« 違いに慣れる | トップページ | アスペ的世界への入り口? »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1449293/51295657

この記事へのトラックバック一覧です: 並大抵じゃなかったんだなあ:

« 違いに慣れる | トップページ | アスペ的世界への入り口? »

最近のトラックバック

無料ブログはココログ