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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年4月13日 (土)

記事の書き方

 最近自分の中に起こりつつある変化なのかなと思うのですが、このブログへのコメントや掲示板の方にアスペの方が書かれている「痛み」や、私のパートナーがこれまで語ってきた「痛み」について(「痛み」という表現がアスペの方自身にとって適切かどうかはよく分かりませんが)、少しずつ実感として分かる感じがする時が出てきたように思います。

 どんな風にそう感じるのかというと、「もし自分が同じような状況におかれ続けたとしたら、とても辛いだろうな」と思ったり、「もしそういう状況に対処しなければならないとしたら、そういう形になるのも無理はない気がするな」と感じたりすることがあるのです。

 もちろんそういう私の「共感」の仕方が、ほんとにうまくアスペの方の気持ちを共有できているのかどうかはわかりません。これもまた定型的な発想で勝手にずれた思いこみをしているだけなのかも知れません。ただ、仮にそれがずれた思いこみだったとしても、私のパートナーに対する姿勢とか態度、あるいはアスペの方が書かれるコメントなどを読むときの姿勢に、以前とは違った部分が生まれてきているのは確かだと感じます。

 ああ、今これを書きながら、こういう書き方だとパートナーからは「具体的にどういうことなのかが全然分からないから、それについて私は何も判断できない」と言われそうな気がしてきました。と言っても、もしそうだとしても、じゃあどういうふうに具体的に書いたらいいのか、まだよく分からないレベルに私はいるようです。今後の宿題ですね。

 今までこのブログの記事を書くときには、基本的には自分の素のままで、できるだけ具体的な自分の体験を中心に書くようにしてきました。ただしアスペの方にも伝わりやすい表現で、共有しやすいような問題提起をする、ということについては、どうすればそれができるのかが全然分からないままでしたし、そこはあまり深く考えないようにして自由に書いてきました(というか、考えても分からないわけですが)。

 けれども、これからはもしかすると少しずつでも、「よりアスペの方にも伝わりやすい」書き方を意識して書いていくことができはじめるかも知れません。いや、もちろん全然私の思い違いで、相変わらず分かりにくかったり、もっとひどくなったりするかもしれませんが、それでも試行錯誤しながら、ほんのちょっとずつでも変わって行けたらいいなと思います。

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