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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年3月10日 (日)

理性と感情

 定型は個人差はあるにしても多かれ少なかれ「共感」というものにこだわりを持っていて、コミュニケーションの中で上手に相手に共感を示すことが大事だし、また共感されることを喜ぶ。でもアスペの方にとっては往々にしてそういう定型の感情的な共感の作り方が「謎」の部分になり、定型からは不適切と見なされる応答をしてしまって、ひどい目に遭うという経験が繰り返される。

 その結果、アスペの方の中にはある段階で気がついて、「どうやったらひどい目に遭わなくて済むのか」ということを何とか経験の中から学び取ろうと、一生懸命定型的なコミュニケーションを冷静に観察して、そこから安全なパターンを少しずつ見つけ出していって実地に応用していく。それがうまくできればできるほど、定型の社会の中ではトラブルになることが少なくなり、「適応」できたことになっていく。

 ただ、そこでアスペの方が見いだしたコミュニケーションのパターンとかルールというものは、自分自身の素直な感情の動きから言えば、全然ずれたもので、だから理性的には「こう対処しないとまずいことになる」とか「こう対処しておけばうまくいく」ということは分かっても、感情的には「そうすることが自然だし、当然だし、そうしたい」という風には感じられない。だから私のパートナーもそうですし、玄さんからのご紹介の(「息子と僕のアスペルガー物語り」 )でも著者が書かれているみたいに、「定型同士の会話では本当のことを言ってはいけない(ことが多い)」といった理解になったりもする(もちろんその理解で全く間違っているわけではないのですが、でもやっぱりちょっと理解は定型とはずれます。問題は本当のことを言うときの気の使い方にあると思えるので)。

 だからアスペの方は世の中では「本当に感じたことを言う」ことは我慢し、なんとか相手に合わせて頑張ってコミュニケーションをされるので、家に帰るとぐったりしてしまう。場合によってはそうやって定型のやり方に無理矢理合わせることがハードすぎて、鬱になってしまったりすることもある。

 「息子と僕のアスペルガー物語り」を読んでいて、改めて私が自分の理解を整理したことの一つはそういうことでした。

 それと同時に、その記事を読んでいて「やっぱりそうか」と嬉しくなったことは、アスペの方だってとても豊かな感情の世界を持っていらっしゃること、それだけじゃなくて、たとえばその記事のタイトルにもあるように「息子と僕」が同じアスペとして同じような苦労をしていることに「僕(=著者)」がすごく「共感」されたり同情されたりしていて、その意味でアスペの方にだってちゃんと共感の力があるんだ、ということがわかりやすくいろいろ実際の経験談の中に書かれていることでした。

 そうすると、アスペと定型の違いを「共感能力の有無」とかいうことでかたづけることはできないことにもなります。もちろん「感情の有無」ということでは絶対にありません。違いは多分感情の動き方、特にコミュニケーションの中での感情の働き方にあって、その違いがお互いに理解しにくいのです。その結果「感情抜きにパターンを理解して合わせる」ということでなんとか対処しようとすることになる。理性的に、、という言い方もできるのかも。

 一般的には多数派の定型のやり方にアスペの方が合わせなければならないことが多いから、最初に書いたような展開になるんだと思いますが、実は逆も言えるんだと言うことが私には感じられるようになってきました。というのは、パートナーに合わせて、パートナーに無理のない形でコミュニケーションを取ろうと努力してみると、やっぱりそれは自分の素直な気持ちの動きには合わないやり方なので、言ってみれば自分の感情を殺して、というか、感情を関わらせないで形を合わせる、ということになっていくんですね。彼女にとっては自然なことが私には不自然なことなので、どうしてもそうなっていきます。

 ただ、ここはやはり定型に強い傾向なのかも知れないけれど、それは苦しいことであって、やっぱり感情がかかわった、共感的なやりとりをより多く求めたくなるのも偽らざる気持ちとして残るわけです。パターンを理解するだけではだめで、そこに含まれている彼女の気持ちも理解したいという「欲望」がなくならない……

 ということを考えていて、ふと思ったことがあるんですが、もしかするとアスペの方は理性の部分と感情の部分をかなりクリアに切り分けるという傾向があるのに対し、定型の方はそれをつなげようとする傾向がある、というズレがあるのではないでしょうか?いや、これはもちろんふと思ったことで、もしかすれば生まれつきの違いではなくて、上に書いたような環境で生きていく中でお互いに身につけたやり方が異なるようになった、ということなのかもしれないし、その辺はまだよく分からないのですが、とりあえずそう考えるといくつかのことがちょっと理解しやすくなる感じもあって、これからぼちぼち注目して考えていきたいと思っています。

 

 

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