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アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年3月14日 (木)

おつきあいのパターン

 ある記念パーティーに参加する機会があって、いろいろな方たちがいましたが、普段の仕事や生活ではほとんど関わることのない領域の方たちにも多く接することになりました。

 そこでなんとなく感じたのですが、ああ、なんかこの人たちの世界は自分が生きている世界とは違った理屈で動いているみたいだなあ、と思えたんです。まあ、どっちかというと私の生きている世界の方が狭くて傍流で変わっているのかも知れませんが (^ ^;)ゞ、とにかく、「ふーん、これがこの社会の人たちの付き合い方なのか」と妙に感心してしまいました。

 で、そのときなるほどなあと思ったんですが、そういう世界の中では私は言ってみれば「コミュニケーションに障がいを持っている人間」になるんだろうなあという気になりました。何かその人たちが微妙に大事だと考えている付き合い方に、自分が全然鈍感なんだなと思えたわけです。そうするとそのコミュニケーションの中にうまく居続けることは難しくなります。そしていずれやんわりとはじかれていくことにもなるでしょう。

 考えてみると、自分を含めて多くの人は、ほんとに身の回りの人々との小さなつながりの中で日常生活を送っているように思います。もちろん営業とかをされている方なら、かなりいろんな方たちと接する機会があるんでしょうけれど、それにしてもその方たちみんなと深いつながりができるわけでもないでしょうし、ある意味うわべの関係で済ませる部分も多いでしょう。接し方もなんかおきまりのパターンができちゃったりするでしょうし。

 ああ、そうですね、このおきまりのパターンみたいなものを、世の中の人たちはそれぞれ自分が生きているところで、いつも接する人たちとの間に作り上げているんだろうと思います。で、そのパターンはそれぞれに個性的で、他の人が入ってきてもすぐに馴れるかどうかは分からないし、場合によっては馴れるのがものすごく難しい場合もある。

 今回私が体験したのは、このうち多分「馴れるのは難しそうだなあ」と感じられるものでした。そういう世界にすごく魅力を感じられたり、どうしようもなく必要であったりすれば、頑張って馴れるしかないんでしょうが、あんまり積極的にそんな気持ちにもなれそうにないですし、どっちかといえばこれまでのような自分なりのペースで行けた方が楽でいい。

 そうすると、やっぱりその世界のルールからはみ出ることになって、まあ周囲をうろうろおつきあいするくらいはできるかも知れないけど、中にどんどんはいっていくことは難しいんだろうという気になりました。

 アスペの方が定型の社会の中で感じることも、そういうことに近い部分があるのかなと思いましたが、さてどうなのでしょう?

(そう言えば同じような話をトマトさんが書いていらっしゃいましたね (^ ^;)ゞ)


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