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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2013年1月 5日 (土)

他人じゃない

あけましておめでとうございます。

ブログも三年目に入りましたが、今年もどうぞよろしくお願いします。
みなさん、今年のお正月はどんなお正月だったでしょうか。
家は去年までに比べるとずいぶんと穏やかな感じだったように思えます。
もちろんお互いにつたわらなさでちょっといらついたりもありますけれど、
まだだいぶん余裕があるんですよね。
それで今日なんだか面白いことがあったんですが、
昨日私が書いたちょっと長い書類をパートナーに読んでもらって、
わかりやすさとかポイントを外していないかとか、感想を聞いたんです。
そのときの最初の感想が、私からするとちょっと的外れに思えて、
なんでそういう話になるんだろうと、議論になったんです。
それがちょっといらついたかんじになってしまったんですが、
今朝そのことを謝ったら「もうなれてるし」と言われました。
で、そのあとが面白かったんですが、私が
「それで、言い方なんだけど、最後に「全体としてはまあいいんじゃない」と
言ってくれたわけだけど、それを最初に言ってから、細部の問題を指摘してもらうと
印象が全然違うと思う」ということを彼女に伝えたんですね。
そしたら彼女は「そんなことはわかってる」と言うんです。
で、そのあと、「あんたが他人ならそう言ってるよ」と言われました。
表情はにこりともせずにでした。
で、嬉しいような悲しいような可笑しいような、一瞬とても複雑な心境になりました。
「あなたとはそんなに他人行儀になる仲だとは思っていない」
という意味ではまあ嬉しいわけです。特別の人間として見てもらえている。
ところがその結果としてちょっとした気を遣ってもらえないことになって、
いらっとしてしまうことが起こる……
あちらを立てればこちらが立たずというジレンマですよね。
まあ、なんというか、「ああ、これが彼女の気の使い方か」
ということが少しずつ頭では理解が進んできている感じがありますので、
それがもっと蓄積されていったときに、何か変化が起こるかも知れないと
そういうことを考えたりしています。

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コメント

新年おめでとうございます。
奥様の言動をいつも好意的に受け取ろうと努めておられるパンダさんに敬意を払います。
家族って相性の問題なのかな。パンダさんも相性のよくない女性ならもっと心がせまくなるのでしょうか。うちは父が外面がとてもよいのに娘に対して無愛想です。そしてわたしもそれに乗じた振る舞いになり…。
家族ってストレスのはけ口にされるものなんだとずっと感じていました。身内には愛想よくしたら損なのか!? 愛し方がわからないとか照れとか言い分はあるでしょうが。
「最も身近な人を幸福にするのは最も難しいことである。だから最も価値があるのです」宇野千代
わたしも同感です。

少なくともこの件に関しては奥さんの方が理解できますね。
夫婦の間でブログ主さんみたいに気を使えと言われたらストレスで発狂します。
気を使わなくていいからこそ夫婦でいる意義があります。
新婚ならまだ分かりますが。

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。

ハルコさんのコメントに触発されてですが、突き詰めた話「幸せとは何か」ということになるでしょうか。
「幸せ」をアスペと定型の関係を意識して読み解けば、定型は「満たされること」であり、アスペ的には「足るを知ること」という感じかもしれません。
(もちろん一概に言えません。)
どちらかが間違っているということはありませんし、相入れないということでもないはずです。なぜなら、二つの考えの間を行き来するのが自然だと思うからです。

気持ちの行き違いを感じるとき、そんな風に受け止めれば、「ああ、相手はコッチのスタンスで話をしていて、今の自分は逆側だな」となって、違う意見であることが 冷静に認識できそうです。
(パンダさんは感情的になりたいのかもしれませんが)

日々の生活の奥様とのやりとりの中で、パンダさんにとって「ハッ」としたこと。
それは夫婦の空気感の中で生じたことなので、一般的には「そういうこともあるんじゃない?」と流されがちなことだと思うのです。

でも、パンダさんはこうやって、そのささいな感覚を、ちゃんと布石として置くかのようにブログに記されている。

それだけ、伴侶への小さな発見やその時の感情に、重みがあると思うんです。
それは・・定型感覚への慢性的な飢餓状態にあり、日々自分をなだめたりしている人ならではの感覚だと思います。
意図してないときに妻がさりげなく共感の言葉をくれた。そんな(定型にとって当たり前でフツーのことが)ことがありがたくて嬉しいと思うパンダさん。

目の前の一番身近なASの人から広がる、自閉圏の世界への理解。

パンダさんのブログのように日常の中の出来事が、最も良い学びだと思います。

こんにちわ。定型と思われるばんです。
私はASと思われる、わがパートナーに対して、パンダさんの奥様とほぼまったく同じ態度を取ります。
私も他人になら、良いところを先にほめて、後から直したらよいところを伝えてますね。
彼は私に対して「ばんはいつも、良いところをほめずに、欠点だけ指摘するpout」といいます。。。そうかもしれないな・・とは思うのですが、10年以上も一緒にいる相手を今さらほめろと!?とも思います。こどもじゃあるまいし。
私のまわりの結婚10年ほどの奥様方は結構、だんなさまに対して私のような態度を取る方が多いような。。。

私は自分の書く文章に自信がないので、彼にこれでいいか、ときどき見てもらったりしますが、彼はまず私に彼の書いたものをチェックしてくれと言うことはないですね。

ここにコメする人たちはアスペと反対の極にいる人たちのように思える。
自分達を定型と言っているけど多分違うと思う。気を回し過ぎてがちょっと気持ち悪いレベル。

皆さん

 お返事遅くなりました。ごめんなさい。

ハルコさん

 私の場合、自分に出来る限りは好意的な面を探そうとするところがあるみたいです。何でなのかはよく分かりませんけれど。でももちろんそれが全然出来ない場合もありますけどね。いずれにせよ、自分が育った家庭がある意味戦場のようだったので、安らげる場を求めていたのかも知れませんし、今もそうなのでしょう。多分。

名無しさん

 まあ、ひとそれぞれだろうと思いますよ。気を遣わなくていいのは、そういう状態が可能だからでしょう。それが無理な場合もある。その人の性格もあるし、状況もあるし、ほんとに様々だと思います。

玄さん

 玄さんと私の共通点の一つは多分「違う意見であることを、ちょっとひいた目で冷静に見ようとする」という工夫を心がけているところだと思います。そして(パンダさんは感情的になりたいのかも)と書かれているところを見ると、違う点の一つは、そういう「冷静に見ようとする」という姿勢の後ろに、結構強い感情を私が持っているということなのかもしれませんね。

トマトさん

 ありがとうございます。なんかかっこよく書いてくださっていますけど、「布石としておくかのように」みたいな高度な技はなくて、ただ感じたことを書いているだけだと思っています (^ ^;)ゞ
 いずれにせよ、日常の中の出来事が最も良い学びというご意見は私も共感します。

ばんさん

 そこは男女の違いなのか性格の違いなのか……、いろいろありそうですね。私は何年つきあった人でも、やっぱりいいところと悪いところとのバランスを見ようとするみたいです。それがいいとか悪いとか、何とも言えませんけど、まあ、私の性なのかな。


名も無きアスペさん

 気を回しすぎてがちょっと気持ち悪いレベル、という感覚。なるほどねえ。と思いました。ま、世の中いろいろありますって。

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