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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年10月23日 (火)

今起こっているズレ

 こちらのブログの記事を私がサボっている間に (^ ^;)ゞ、掲示板の方ではびっくりするくらい活発な投稿や議論が行われています。最近の特徴はほぼアスペの方による議論の場になって、定型の方はほとんど発言されなくなったということで、そのことにはいろいろ改めて考えさせられるものがあります。

 たとえばアスペの方同士がお互いに情報交換したり、議論をしたりする場が少ないのかなあと言うことです。だからもしそうなら掲示板がそういう役割を果たしてくれるのは、決して悪いことではないし、むしろ絶対に必要なことだろうと思います。

 私自身にとっても、今まで「アスペと定型」の間のコミュニケーションについては自分なりに主にパートナーとの経験もありますし、それなりにイメージがあるわけですけれど、アスペの方同士の議論の進め方やテーマの選び方などはほんとに未知の世界、という感じでしたから、とても新鮮でもあるし、「ああ、なるほど、やっぱりこんな感じになるんだ!」と思うこともあるし、「え?そうなの?」と思うこともあるし、「うーん、理解がむつかしい」と思うこともある。そういう意味で刺激的ですし、勉強にもなります。

 他方で「アスペと定型のコミュニケーション」という当初の目的から言うと、今は残念ながらそうはなっていないとも言えますよね。

 なぜそういうコミュニケーションの場になりにくいのか、と言うこと自体、実は定型とアスペの間のコミュニケーションを考えていく上ですごく大事な問題だという気がします。定型的な私の感覚から言うと、「このアスペの方の書き方だと定型の方はかなりショックを受けるだろうな」と感じられる場合もときどきあって、ただそれは私の定型的な感覚でそう感じると言うことなので、パートナーに意見を聞いてみたりしましたが、彼女はそういった文章についても別に悪意があるわけではない、という感想でした。

 もしそうだとすると(そして多分そうなのだろうと思いますが)、お互いに悪意があるわけでもないのに、コミュニケーションを取ろうとして結果として相手にとっては悪意があるかのように相手に受け取られてしまう、という「コミュニケーションのズレ」がそこにはあります。

 なぜそういうズレが起こってしまうのか。そのことを今は多分お互いまだよく理解できていない段階だろうと思います。そこが簡単に分かる位なら世の中の定型アスペの間の葛藤はすぐに問題解決!ということでしょうし、なかなか難しい問題がそこにあるということは間違いありません。一朝一夕に分かることなど無いでしょうが、でもじっくりと腰を据えて、焦ることなく少しずつ糸口を探し、ほぐれるところはほぐしていければなあと思います。

 そんな風に考えれば、今の状態はこのブログや掲示板に私が考えていた「本来の目的」に、実はぴったりなのかもしれません。

 それにしても、昨日パートナーから「要するに今の状態は少数派のアスペルガーがずっと経験して苦労してきたことを、定型が少数派になって経験していることだね」と言われましたが、たしかにそうも言えるなあと思います。そういう意味でも大事な展開なのでしょうね。

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コメント

こんばんは。
掲示板でははっきり指摘してすみません。
あちらでの場合はパンダさん個人に向けた発信ではないので、できるだけどんな方にも分かり易い、すっきりした書き方を目指した結果、あのようになりました。情に薄いように感じられたかもしれません。私が個人ブログでブログ主他にコメントする場合、私の文体はまるで違っています(とはいえこちらでは、一応パンダさん向けですが、やはり色んな方が読みやすいよう、湿度は高くならないようにしています)。

定型は、というより世の中の大方の人は、指摘と人格を切り離せないのかな?と思うことが多いです。それで、私の指摘はそういう人には人格否定のように聞こえ、そういう人がこちらにする指摘は私にも人格否定のように聞こえるのかもしれない、と。

単に「批評慣れしていない人」(私の指摘をきついと受け止める方や、私に対して人格否定的な指摘をする人)という気もしますが。私は、定型であろう方でも冷静な指摘、批評の上手い人をたくさん知っているので、そこを「定型は」とまとめられるかは不明です。

ともかく、私にとっては指摘はあくまで指摘で、人格を否定するのとは全く別物です。パンダさんを落ち込ませる意図はなかったので、一応ご報告を。(普通に親しげに書くと、「ただの指摘のつもりでホント悪気はなかったんです~。誤解ですから、どうか凹まないでくださいね~ごめんなさいm(__)m 」って感じです)

6年前、友人を通してアスペルガーという言葉や意味を初めて知って、自分なりに本や専門医から学んだ時「友人に当てはまらないし、応用もできない事も多い」と感じ、当事者の方がブログ主という「ほとんどがASの人ばかり・・」という場へ、おずおずと入っていきました。

私なりに気を使ったコメントをしたつもりですが「どこがどう悪かったのか」とにかく、コテイパンの目に合った・・・という印象で、そのとき「これが小数派という立場なのか」と痛感しました。私が今現在の感覚のままで、ASの人が多数を占めている国や教室に居たら、やはり「生きづらい」と切実に思っただろうなあ・・・と思います。

さて、定型の多くは、文字の論議に弱く、根負けしてしまうと思います。
予想外の部分を精査され続けられ、とことん打ち返されると、理解出来る出来ないの以前に、苦手意識がつのり、なんとなく、このブログには定型は参加しずらくなっている現状だと思います。

私は、ブログ主さんが定型でASのパートナーがいらっしゃる、ということで勝手にですが親近感が湧いておじゃまさせていただいてますが、訪問した定型者が「もう来ません」というニュアンスを残して消えて行くので、気がかりでした。

ほかの定型者に比べて、ASの人との、文字上でのやりとりの経験が多いであろう、打たれ強い私でも、こちらのブログはハードだと感じます。
コメントされている当事者の方は、言葉で叩いているという感覚は皆無なのだと・・・最近、解りました。

そのことが、今後、参加されたり覗かれる定型者に解ってもらえると良いのですけれど。

アイさん

 私個人については特にアイさんの書かれたことで「落ち込んでいる」ことはありませんので、その点はどうぞご心配なく。

 私の書いたものが「まだるっこしい」と感じられる書き方をして論理性がない、と評価されていることについては、私なりにどうしてそういう表現の仕方をするのか、それなりに目的があってのことですし、幸いそういう私の記事やそれを巡るみなさんの遣り取りを見て、とても居心地がいいと評価されていたアスペルガーの方もいらっしゃいます。ですので、アイさんの評価(指摘?批評?)については、アイさんにはそのように見えるのだな、という理解ですし、それは私の意図がうまくアイさんには伝わっていないことなんだなと思っています。

 つまり、アイさんと私の間には、同じ文章を見ても、それをどう感じるか、そこから何を読み取るかについて、今のところお互いに理解できない大きなズレがあるのだと思います。そこは焦って無理をして「誤解」を積み重ねるより、ゆっくりと構えて何が違うのかな、ということをお互いにじっくりと探り合っていければいいなと思っています。


トマトさん

 拝見していて、トマトさんの「打たれ強さ」には何度も感服していました (^ ^;)ゞ

 今回の一連の展開を拝見していて思ったことは、多数派の定型のひとりとして少数派のアスペの方と接する場合と、逆に少数派の定型のひとりとして多数派のアスペの方と接する場合、ほんとに違うことが起こるんだなあということです。一体その違いって何なんだろう、ということはじっくり考えていきたいと思います。今まで私は予想できていなかった新しい大事な課題が見えてきたように感じます。
 
 しばらくは多数派と少数派が逆転していることによる困難な問題も引き続き起こると思いますけれど、ぼちぼち調整していけるといいですね (^_^)v

パンダさん、
ありがとうございます。
落ち込んでいらっしゃらないとのこと、ホッとしました。

今回頂いたコメントは、分かりやすいです。
ノリ、変えていらっしゃいますよね。
二か国語表記とかだと便利だな~と思いました(ただの妄想です)。

もしよろしければ「それなりの目的」「意図」をネタバレしていただけないでしょうか・・・?野暮だと思いますが、ネタバレしていただけると、「こういう目的あってのこの表現なんだな」と分かりやすいです。

私ももちろん、こちらや掲示板にはずっと感謝しております。

パンダさんのパートナーさんのおっしゃることに同意します。

掲示板で、ASのひとたちは定型の方に理解していただくために、できるだけ率直で正確に説明しようと努力していると私は思います。
実生活だったら途中であきらめてしまうことも、粘り強く理解を求めて、例や比喩をあげたりしています。
なぜならば、掲示板というのはそういう場だと認識しているからです。

その結果、トマトさんの上記のコメントにあるように「コテンパンな目にあった」「苦手意識がつのった」と言われることは残念です。
「文字の議論に弱い」と言われても、掲示板は文字の議論をするところだと思うのですが、ほかに何を求めておられるのでしょうか、いまひとつ不鮮明です。

パンダさん、

タイトルが「今起こっているズレということなので、こちらで疑問点を質問してもいいのか?と思って質問させていただきます。

件のスレッドで

「このアスペの方の書き方だと定型の方はかなりショックを受けるだろうな」と感じられる場合もときどきあって」

とパンダさんはお書きになってますが、それでは、パンダさんが、

「この定型の書き方だとアスぺの方はかなりショックを受けるだろうな」と感じられる場合は一つもおありじゃなかったんですか?パートナーさんに確認してもらっては如何ですか?

私など、「この定型の書き方は、感情的な暴言で、同じ定型の方だって、このような書き方を自分の身に受け止めればショックを受けるだろうな」と思われるような発言があったと思いますが。もしパンダさんが気づかれなかったとしたら、それはアスぺ側の問題ですか?それともパンダさんの理解不足ですか?

そしてトマトさん、

「コメントされている当事者の方は、言葉で叩いているという感覚は皆無なのだと・・・最近、解りました。」とおっしゃってますね。

冷静に論理的にコメントしているだけで「言葉で叩いている」と受け取られるのは、アスぺ側の不手際でしょうか、それとも定型側の言語理解不足ですか?

そしてさらに質問ですが、

感情に任せてアスぺに対して、暴言のようにコメントしておられる定型の方もおられたと思いますが、その方こそ言葉でアスぺを叩いているという感覚は皆無だったのではないですか?私にはなんとも不思議な話でしたが。

トマトさんはお気づきになられなかったんですか?お礼を言っておられたようなので、気づかなかったんでしょうね。

パンダさん、トマトさん、

ご存じでしたか?アスぺにだって、感情はありますよ。ショックを受けたり、哀しくなったり、落ち込んだり、怒りを感じたり。。。その感情を押さえてアスぺ側が、なんとか冷静に対話を進めようとしていたのを、お二人とも全く理解できなかった、感じ取れなかったということですか?それはアスぺ側の責任ですか?それともお二人の理解不足・共感不足ですか?

それとも、もしかして、アスぺには感情なんてないと思ってらしたんですか?アスぺにだって感情がないわけないじゃないですか、同じ人間なんですから。

私は、こちらの掲示板は「アスぺと定型」のコミュニケーションを考える場だと思っていました。しかし、ここでコメントされている定型の「パンダさん」「トマトさん」が、上記のような考え方で、極端に言えば、まるでアスぺには「感情のない」がないといわんばかりの言動をとられて、極端に言えば人間扱いしないともとれるような状況であれば、「今後、参加されたり覗かれるアスぺに解ってもらえる」かどうかは疑問かもしれませんね。

それがパンダさんの考える「アスぺと定型のコミュニケーション」の場ということであれば、ここの主宰者はパンダさんですので、パンダさんの方針でやっていけばよろしいと思いますよ。

パンダさんはこうおっしゃっておられるようですが、

「しばらくは多数派と少数派が逆転していることによる困難な問題も引き続き起こると思いますけれど、ぼちぼち調整していけるといいですね (^_^)v」

「定型が多数派じゃないと困難」ということですかね。そうですね。調整していけるといいですね。潮のひくようにアスぺがいなくなってしまう可能性もあるかもしれませんね。いいんじゃないですか。仮にそうなっても、その場合、最低でも定型が多数派には戻れるわけですから。

私のこちらでのコメントが感情的だと思われますか?トマトさんの「主観からくる心情を吐露および決めつけ、他の人に偏見を与えるような」発言が許されているのに、まさか、私のちょっとした感情的な発言が許されないなどということはないと期待しております。まさか「定型」だけが「アスぺ」に言いたい放題が許されるわけでもありませんよね。

こちらのブログと掲示板の今後益々のご発展を祈念しております。

FOXさん
これまで、時間とエネルギーをたくさん使って、誰よりも詳しく、そして冷静にいろいろなことを説明してくださっていたFOXさんが、ここまで強くおっしゃるお気持ちはよほどのことですし、私も半分以上は(もっと?)理解できるつもりです。

もちろんASだけが感情を抑制しなければならないなんておかしな話ですが、
しかしこの場で皆が感情を出していったら全体が空中分解してしまいませんか。
実際にお会いして話したら、今のFOXさんのお気持ちはきっと多くのひとに伝わると思うけれど。

誤解していたらすみません。
私個人はこの場の可能性を今はまだ捨てたくないし、FOXさんにここにいて欲しいです。

さかなやさん、

ありがとうございます。

さかなやさんには、いつも親近感と共感を強く感じていました。もし、ここの私の発言で気を悪くされたなら本当にごめんなさい。おそらく、さかなやさんには、私が意図する残りの半分もきっとご理解いただけるのではないかと思います。

いずれにしても、

「いや、雨降って地崩れたら、また地を積み直すところから始めたらいいのかも知れません。」(ブログ前頁コメントから抜粋)

というご意見もあることですし、どうするかは、主宰者のパンダさんが考えるべきことだと思っています。

FOXさん、

パンダさんの「しばらくは多数派と少数派が逆転していることによる困難な問題も引き続き起こると思いますけれど、ぼちぼち調整していけるといいですね (^_^)v」

については、今まで経験したことのなかった少数派的立場に置かれた定型が、突然の出来事に戸惑っているけれど、少しずつ慣れて、少数派の立場への理解と配慮の仕方も分かっていけばいいな、そのためにはAS・定型共に協力しないと、というような意味だと思いますよ。推測ですが。

今回のパンダさんのテーマは、ずばりアイさんの推測の通りだと思います。

客観的にみて、定型者がこれほど多くのASの人の、これほどのびのびとしたやりとりの場を【絶対に必要なこと】として設けていること事態、定型からは驚嘆で例の無いものだと思います。
パンダさんは「(今は、定型が少なくなって理想とは違ったけれど)でもじっくりと腰を据えて、焦ることなく少しずつ糸口を探し、ほぐれるところはほぐしていければなあと思います。」と、おっしゃっているだけで【アスペルガーと定型のコミュニケーションを考える】という主旨と目的でこのブログを運営されている立場とすれば、当然の感想だと思いますよ。

定型もASも「Iam・・」で、コメントするのは比較的簡単であろうと思います。何と比較するかといえば
「両者」「双方」を取り持ち、共存させ、通じ合わせる立場でコメントする人よりは・・・という比較です。

定型のパンダさんは「定型の自分はこう思ったので、ASの妻に見せたら妻は違う意見だった」と、あくまでも自分(定型側)と奥様(AS側)の見解を並列に表現していますし、コメントの最後は【大事な展開なのでしょうね】と結んでいます。

ブログ主も、ひとりの人間でありひとりの定型ですから、悩み、迷い、ときには定型特質の感覚に偏ったり揺さぶられたりするのは当然で、そういうことも含め「おつきあい」だと思います。

相手のダメージには鈍感で自分のダメージには敏感・・・これは自閉圏内外にかかわらず多くの人が多少なりとも持っている感覚だろうと思います。
定型が無防備にのびのび発言していると、なぜかASの人を傷つけたり怒らせたりする。
逆に、ASの人が自然にのびのび発言していると、なぜか定型を怒らせたり離れられたりする。
これは、現実社会で日常に起こっていることそのものです。

それを、文字化してのコミュニケーションで、原因やヒントや歩み寄りを探ろう、どんなに時間がかかっても・・・とパンダさんは呼びかけているコメントだと思いますよ。

トマトさん、

パンダさんへの問いかけについては、パンダさんから伺います。トマトさんに勝手に想像していただく必要はありません。

それで、トマトさん、

私はトマトさんにも問いかけていますが、それは理解できていますか?

それに対するコメントがない、ということはトマトさんは、私の問いかけに対しては答えるつもりはない、と「普通は」受け止めますが、そういうことですか?

FOXさんに向けてのコメントという意識がありませんでしたので、、なぜ「トマトさんに勝手に想像していただく必要はありません。」とお叱りを受けているのか解りません。

私は、アイさん、さかなやさん、FOXさんのコメントを拝見し、その意見を参考にして、ほかのASの人も不安や憤りとかマイナスな取り方をしている人がいたらいけないなぁ・・・と思って、不特定多数に向けてコメントしました。

それと、定型の人も読んでくれていたら、パンダさんの気持が届けば良いなぁと思ってコメントしました。

前に、複数の友人達で話していた時、突然AS友人が特定の人に向ってすごく怒り出して、他の人はなぜそうなったのか解らず驚いたことがありましたが、今回のFOXさんのコメントにも同様の驚きを感じています。

この場は、FOXさんへのリアクション専用の場ではないですから、私が不特定多数に発したつもりのコメントをご自分に取り込まれると、正直・・・どうして良いものやら解りません。

トマトさん、

トマトさんを叱ってはいません。トマトさんが「叱られた」と思ったということだけでしょう。

そして、今回の「トマトさんへ質問」にすら答えていただけないということは、トマトさんが私の質問に対しては「無視」するつもりだ、と「普通の方」が思うように、私も受け止めることにしましょう。ああ、「黙殺」と言った方が正しいかもしれませんね。

もちろん、トマトさんには私の質問を「無視する自由」も「黙殺する自由」もおありですし、そこに異議を申し立てるつもりはありません。

パンダさん トマトさんにご質問です。

さかなやさんの

掲示板で、ASのひとたちは定型の方に理解していただくために、できるだけ率直で正確に説明しようと努力していると私は思います。
実生活だったら途中であきらめてしまうことも、粘り強く理解を求めて、例や比喩をあげたりしています。
なぜならば、掲示板というのはそういう場だと認識しているからです。

その結果、トマトさんの上記のコメントにあるように「コテンパンな目にあった」「苦手意識がつのった」と言われることは残念です。

について、どう思われますか?

AS側を端的に説明してくださっている言葉だと思います。

たぶん、まったく違ってみえていたと思うのですが、そう定型から見えてしまうのは仕方がないとして、そうではないAS側について、こういう風にきちんと説明されているのに、
それこそズレの解消につながると思うのですが、その点についてはどう思われているのでしょうか?

その点について、じっくり考えていただきたいです。定型側の当たり前がとても歪んでいる場合も多々あるのですよ。

定型のみなさんへ

ASの側も傷ついているというご指摘がありましたね。
おそらく定型側は、精一杯気を使っているつもりだし、自分達はASの側の言葉に傷ついても文句を言わずに頑張っているはずなのに、何故?と思っているのではないですか?。

私は、この「ずれ」には、定型の対応が大きく関係していると感じるので、そこを直したらよいのではないかと思います。

例えば、トマトさんやパンダさんは、定型とASの間で齟齬があるといけないので、噛み砕いた言い方をしていますよね。
先日、パンダさんはアイさんから、論理性が低いと、言われてしまいました。
これって、定型にとっては、例えどんなに、「悪気はない」と断っても、丁寧な言い方をされても、とても傷つく言い方ですよね?。

でも、パンダさんは怒りを表明せずに、そのときの気持ちを説明したりして、お互いの誤解を解いていきましょうみたいなことを言っています。
しかも、はっきりと、「落ち込んでいるわけではない」などと言いましたね?。
私は「えーっ!?、気にしていないの?。すごい。」と、驚いたのですが、反面、不自然な対応だなと、歯痒くも感じたのです。

今回、定型が傷ついたと言えば、ASも傷ついていると言う。
しかし、これまでの定型側は、傷ついても場の雰囲気を壊さないようにという意図があって、「落ち込んでいない(気にしていない)」ということが多かったのではないですか?。
その言動は、「落ち込んでいない(気にしていない)」と言えば、相手が「酷いことを言ったのに落ち込んでいない(気にしていない)と言ってくれた」と、定型社会では好意的に捉えられるという経験から発っしているものかと思います。
しかし、それは、文字通りに、「落ち込んでいないんだ」と受け取る人も多いわけで、そこがズレといえばズレです。
要するに、定型は譲歩しているつもりでも、まったく意味が無かったということです。

私は、定型も傷ついたなら、その場で傷ついたと表明すべきだと思います。

AS側からの意見を読むと、「冷静に論理的に言ったことは批評であって失礼ではない」と捉えている人が多いような気がします。
しかし、定型にとっては、冷静に言おうが論理的に言おうが、失礼な言葉は失礼に感じるのだと言うべきだと思います。もちろん、「論理性が低いわけではない」という反論とは別に、です。

その場でちゃんと傷ついたことを表明しないから、ASの側では、「ASばかり傷ついている」という印象しか残らないのではないのでしょうか。
そして、急に怒り出したように見える定型側に驚くのではないでしょうか。
違いますか?。

もしかしたら、パンダさんは本当に「落ち込んでいない」のかもしれません。
ただ、その場合でも、「普通の定型はそんなことを言われたら怒る。だが、自分がそうすると、掲示板が荒れるし、怒りを向けられた人が書き込みをしづらくなるかもしれない。それでは、本来の目的が果たせないから怒らないようにしているのです」とでもいうべきなのではないですか?。

ここを見ている自閉圏の方で、この掲示板での定型の反応を参考にしている人もいるはずです。その方々の為にも、本来の定型の心の動きを説明すべきです。

みなさん

 いろいろと疑問点をお寄せいただきました。

 私のスタンスは

「もしそうだとすると(そして多分そうなのだろうと思いますが)、お互いに悪意があるわけでもないのに、コミュニケーションを取ろうとして結果として相手にとっては悪意があるかのように相手に受け取られてしまう、という「コミュニケーションのズレ」がそこにはあります。」

 と記事に書かせていただいたところにほぼ尽きると思いますし、お寄せ頂いた疑問点に対する答えも、だいたいこのスタンスを見ていただければ分かっていただけるのではないかと思うのですが、如何でしょうか?

 つまり、私は定型やアスペのどちらかだけが相手を傷つけているとは全く思っていません。それと同時に、定型もアスペも、自分の言動が相手を傷つけていることに多くの場合気がついていない、と思っています。そこがとてもむつかしいことですし、コミュニケーションを難しくする大きな原因だろうと理解しています。

 これは定型の人々に共有されやすい「当たり前」と、アスペの人々に共有されやすい「当たり前」あるいは個々の人がそれぞれ持っている「当たり前」がずれている場合がしばしばある、と言う風に言い換えてもいいと思います。そうすると、相手の「当たり前」は自分にとってはとても歪んで見える、ということがお互いに起こるのだと思います。

 以上が私の基本的な立場で、その立場に立って、できるだけある見方で「決めつける」ことをしないで、Aさんには「こう感じられる」がBさんは違うようだ、ということがあれば、そのズレを大事にしてそこを理解しようと思っています。そしてできることならお互いに「ああ、こういうふうにずれていたんだね」という理解が共有できればいいなと考えています。

 ただし、私は神様のように公平な立場を取ることができません。「そうしたいと思っていること」と、実際に定型の一人として生きている自分が「できること」にはどうしてもズレがありますので、私が望むと望まないとに関わらず、やっぱりその見方は無意識のうちに定型的に偏ってしまうというのは、これはもうどうしようもない現実だと思います。

 この点については「出来るだけ自分の見方を柔らかくして、別の見方に敏感になる」ことを心がける、といった対処しか私には出来ませんし、またときおりパートナーの意見を聞いてみて自分の見方を相対化する、ということ、みなさんの意見を見て相対化する、ということで対処することしかできません。

 それはひとつの「プロセス」なので、個々の発言については当然「柔らかく」「相対的に」見ることができていないことはどうしても出てきてしまいます。ですから、もしそこに問題があれば、みなさんからご意見を頂いてその都度考えてより柔軟になるというプロセスを大事にしたいと考えています。

 だいたい、そういうことで皆さんの疑問へのお答えになったでしょうか?

 なお、アイさんとトマトさんが私が記事で考えたかったことを改めてうまく説明して下さいました。どうもありがとうございます。

 (ああ、緊張する~ (^ ^;)ゞ )

パンダさん、

パンダさんのスタンスがよくわかりました。ご説明ありがとうございました。

私の発言で不愉快になった部分もおありかと思いますが、そこに関しましては、パンダさんに心からお詫び申し上げます。

トマトさん

混ぜっ返すようですみませんが……
自分に対しての質問があった場合は、わからない、後日答える、等も含めてなんらかのお返事をしてから、他の話をしたり、全体的な見解を発するのが、最低限の礼儀だと思いますよ。

もしも、持って生まれた障害などで、質問の意味や方向が読み取れないなど、固有の事情があるのでしたら一言、簡単に「返事ができない性質である」と、言っていただければ、皆さん配慮できる方ばかりですし、むやみな質問も出なくなると思います。

さかなやさんへ。

そうですね。ひとつひとつお返事を返せていないコメントがありました。
ごめんなさい。
自分としては、ASの方のコメントが「Q」なのか「怒」なのか、判断がつかないときに、お返事が出せなくなる性質です。

ASの方のにとっては「単なる質問」なのでしょうが、それが、いどみかかってくる言葉のように感じるときがあるのです。
それは、きっと定型が「だよね」などとと無意識に言う言葉が、ASの人に(全てではありませんが)強制的に感じたりするたぐいのもので
「そうではないと説明を受けてもそう感じてしまう」という感覚のズレからくるものだと思います。
(あとは、タイムリーにお返事が出せないまま、日が経つと、蒸し返しみたいでよけい混乱になるかなという判断のときもあります)
ご容赦下さい。

トマトさん
お返事ありがとうございます。
怒りを感じたときに返事がしづらくなるということは理解しました。

日にちがあいたりタイミングが合わないことは誰にでもあると思いますが、
質問という形で話しかける内容は、大切なことが多いと思います。
可能な限り対応いただければと思います。(もちろん強制ではなく、期待していますという意味です)

すみません「相手の怒りを感じたとき」と直させてください。

(ご参考)
【青年期・成人期の発達障害者へのネットワーク支援に関するガイドライン】2011年5月
http://www.khj-h.com/pdf/http___www.rehab.go.pdf
大変なボリュームですが、それだけ多角的な支援が必要ということと思います。
一般向けでも当事者向けでもありませんが、「こういったサポートがありえる」という未来像をイメージできます。現状はここまで行っていないからこそ、ガイドラインが発表されるのだと思います。ご参考まで。

最近ずっと疑問がわき、思考を巡らせていた、というか折を見て「これかな?」と勝手に推測していたものを、ちょっと書かせていただきます。
主観が思い切り入っています。私自身も文字情報の租借はあまり得意ではないので、受け取り方がズレているとは思います。ご容赦ください。

トマトさんが<訪問した定型者が「もう来ません」というニュアンスを残して消えて行くので、気がかりでした。>と書かれていましたが、ここ最近参加しはじめた私には特にそのような記憶はなく、どちらかというと「あっ問題解決の糸口が見えたか、書くことによって整理できて次の段階(定型同士の自助グループのようなもの)に行かれたんだな。」ぐらいに思ってました。

AS側の私からの率直な感想としては、定型側の方々は、今まで経験したことのない困難なことが相手との関係性の中におこると、まずは「相手側の問題」を探しがちだと思います。もちろん私も診断を受ける前までは「まずは相手に問題がある!」というスタンスでしたので、まぁ当然といえば当然です。

でこちらの掲示板にたどり着き「(困った相手の)行動はASだからですよね?」=「私の今までの対応は間違ってませんよね?通用しない相手に何かのズレがあるんですよね?」と確認をしたい。というのが当初の目的のような気がしています。(全員がそうとは限りませんが、おおよその見当です)

ですが、AS側のスタンスは【表層に現れている言動だけでは判断は難しいし、ラベリングは余計関係性を悪化させる恐れもある】なので、なんとなく、承認欲求が満たされないのではないか?という仮説を立てています。

AS側の自分としては、より良い関係性を作って欲しいあまり、ある種の「ケース会議スタンス」です。ですが定型の方々はおそらくですが「井戸端会議スタイル」を求めているのではないでしょうか?

だとすると、「言いっぱなし、聞きっぱなしがしたい定型」と「目的のある話し合いをしたい私(AS)」とでは、臨むスタンスが違ってずれてくるのではないでしょうか?

定型の皆さんが参加されている「会議」や「ディベート」は議論ぽくはなりませんか?文字情報の会議も最近はSkypeなどの利用で盛んだと聞いてます。
会議には私情はあまり挟まないですよね?そしてショックな言葉を言われても、悔しいとは思うし傷つくけれど、でも会議を逃げ出すことはしないと思います。できるだけ感情に流されずに言葉を選び会議を運ぶと思います。(内面は感情に流されていたとしても)適宜の休憩はとるとは思いますが。

これは私が「アスペと定型のコミュニケーションを考える」という言葉を「よいコミュニケーションをとるにはどうしたらよいのかを考える場所」としてとらえているからです。もし定型側の方々が、まずは「愚痴ないしは感情の吐き出しをとりあえずASと定型の皆さんに聞いてもらって、承認欲求を満たして欲しい。でないと多分よいコミュニケーションをとる自信というか力がわかない」と考えているのであれば、私のスタンスとは当然ながら思い切りずれていますよね。

以上が私の推論です。


小梅さんへ


小梅さんの推論通りです。小梅さんみたいにわかってくれたら、アスペと定型の溝はなくなります。

アスペの恋人なり友人について悩む人が、ここで一番言われたくない言葉は、
「その人、アスペじゃない。個性として受け入れろ」です。そう言われたら、何を頼りに相手と関わり、解決の糸口を求め、ボロボロに傷ついた気持ちを立ち直らせたらいいのか。
ここに来るまでに相当悩み、定型もかなり調べて来てると思います。

あれ、この人おかしいな?と思う度合いがはなはだしく、ちょっと変わった人、ASとくくらずに普通の人だと、個性として受け入れるには困難すぎるから悩むんです。

アスペは人口の1~2%だというから、日常出会うのは大方定型ですよね。
職場でも学校でもたいがい普通の範疇の人で占められる。

なのでたとえば知り合った男性が今まで50人いたとして、51人目の人がアスペだと、定型にとってその違和感は疑いようのないものです。だけど仲良くやっていきたいから悩む。


定型が心から望んでいることは、こちらにいるアスペの皆さんが
、「アスペじゃないかもしれないけど、一応アスペだということにして、まあ相談を聞いてやろうかな」と、一旦受け入れてくれることです。人助けだと思って。涙をのんで。

話を聞く過程で、違うかもと感じても、やはりアスペの代表としての皆さん独特の感覚を知ることは本当に役に立つからです。


定型からのお願い。話をちゃんと聞く前に、「その人、アスペじゃない」と言わないで。

溺れかけている海中で、やっとつかんだ救命具を取り上げられたような気持ちになります。とても、とても苦しいです。


小梅さんは情緒的な文章を書く人で、語り口がおだやかだからとても話しやすいです。

相手が定型というだけで、頭ごなしな牽制もない。


先の掲示板では、まさにピンポイントな議論が延々続き、責めまくられてる気がして辛かったです。どれぐらいの辛さかというと、丸一日ご飯が食べられないぐらいの。理解しなくちゃいけないと思いつつ、耐えられなくなって逃げました。


最後に忘れないで欲しいのは、ここで発言する定型が、アスペの人を憎んだり嫌ったりしていないこと。
むしろ、アスペを愛してると思います。
愛情がなければ、アスペルガーという複雑な人種とあえて付き合おうと思わないです。

小梅さんのコメント、非常にいいポイントを指摘していると思います。
はるこさんのお気持ち(動機と期待)も、よくわかります。ごもっともです。
「ASDかも」という受け止め方あるいは、考え方のオプションを持つことで頭を整理することができると思います。ASDの僕自身、自分の身の不可解を「かも」から入って考えました。
ただ、受診を強制したり、憶測を「告知」したりするのは、反発や心的ダメージになることがあるし後戻りできないので、慎重にしてくださいね、と言いたいです。(一般的に)

はるこさん おはようございます。

一連の議論では、「その人、アスペじゃない」とは誰も言っていないと思いますよ。
「その人だけがアスペの代表ではないので、どうかアスペのことを話すなら、その多様性も認めてください」という意味合いだったかと思います。

そして、厳密な言葉の選び方や突き詰めた議論をすることが、もとから考え方の違う定型の方にとってはわかりやすく、親切な言い方だと思っているフシはあたっと思います。それがはるこさんにとっては耐えがたい言い方だったのですね、すみませんでした。

「愛される」という感じはよくわかりませんが、自閉圏のひとたちは、誰も定型に敵意や怒りは持っていないです。理解しにくいかもしれませんが、どうしてもお伝えしたいことです。

はるこさん、

小梅さんがおっしゃる

「これは私が「アスペと定型のコミュニケーションを考える」という言葉を「よいコミュニケーションをとるにはどうしたらよいのかを考える場所」としてとらえているからです。もし定型側の方々が、まずは「愚痴ないしは感情の吐き出しをとりあえずASと定型の皆さんに聞いてもらって、承認欲求を満たして欲しい。でないと多分よいコミュニケーションをとる自信というか力がわかない」と考えているのであれば、私のスタンスとは当然ながら思い切りずれていますよね。」

という通りだとすると、私ともずれているのでご希望通りの対応は難しいと思います。悩んでこの掲示板に辿り着いたのは定型の方だけではないですし。ASに関する愚痴や感情の吐き出しをASに聞いてもらって一旦受け入れて欲しいというには無理がありませんか?

ただはるこさんの心情はわかりました。感情的になる前にそのような感情のバックグラウンドを説明していただけたらよかったとおもいます。私はずれていたとは言え大真面目に書き込みをしていました。

名前を書き忘れました。上のコメントはのらです。

パンダさん

お答、ありがとうございます。
パンダさんのスタンスは理解しました。

奥様に、掲示板を読んでいただいて、どう読めるか聞いてみることは、
掲示板への理解もありますが、奥様の視点が理解しやすいかもしれません。

直接、お二人の問題だとお互いどうしても余裕がなくなるので、
間に違うものを挟むと視点の違いをお互い冷静に確認しあう事ができて
理解に繋がるかもしれません。

あっ、今、思いつきましたが、ASかなあと思う人に、面白いやり取り、
もしくは激しい(笑)やり取りしている掲示板があるんだよ、これってどう読める?
という風に意見を聞いてみる手もあるかもしれません。

それなら、ASか否かは関係なく、その人の視点や感じ方が少しはわかるかもしれませんね。

単なる思いつきですが。

それでは、失礼します。

定型と思われる、ばんです。
小梅さん、はるこさんの意見を聞いて、いろいろと納得しました。

パートナー、家族、友人などを診断までもっていける方はごくわずかなのではと思っています。
ASと思われる私のパートナーは、自覚症状がなく、私が彼の少し不思議な行動を指摘したり、改めるように伝えると怒る、無視するなど話にならないので、このサイトから私たちに起こっているものと似たケースを探したり、質問させていただくことで彼を理解しようとしています。ここ10年以上疑問だった彼の行動が、このサイトのASのみなさんたちの意見で、かなり納得したことがありました。

私も例の掲示板のやり取りでは、読んでいてしんどくなりました。
家でのパートナーと私との同様のいさかいが、ネットでも行われてるようで。
書き込みしようにも、言葉の意味の取り違えなどを考えて文章を推敲していると、掲示板が先々進んでしまって。
引用の繰り返しは、もう戻ってその一文をさがすのが面倒くさいし、理解できなくなりました。

書き込みなんて、今までほとんどしたことがなく慣れていないためか、文字だけのやり取りは私には難しい。
声が聞こえない、顔が見えない、年齢も性別もわからない(わかる方もいますが)
ややこしいことは、せめて図解とか、なにかあればいいのにな、なんて思いながら読んでました。

たくさんの定型、ASの人でもってのやり取りでも、納得し合えない、ましてや、第三者のいない一家族の中での解決なんて到底気の遠いこと・・・。

せめて、ASと自覚したパートナーとスタートラインに立ちたいですね。

はるこさんへ

お返事ありがとうございました。
はるこさんのお気持ちはとてもよくわかりました。
で、私側は「さてではどうしよう?」と悩んでいるのが正直な気持ちです。
私(AS)のスタンスを変えることができるか?
つまり、「アスペと定型のコミュニケーションを考える場」での「無意識の会議スタイルを崩すことができるかな」という新たな悩みです。

さかなやさんも書かれていますが、掲示板上では誰も
>「その人、アスペじゃない。個性として受け入れろ」
とは書いていないと思います。

目の前の大切に思う人を「ASかもと思って対応を変えるのは有効なことだと思います。が、すべてなんでも二人の間に起こったことを、(相手が)ASだから仕方がない、とは思わないほうがいいですよ、自分や環境などの原因もあるかもしれませんよ。」ということです。相手の「ASかもしれない」に固執するあまり、せっかく築きあげてきた関係性まで悪化させるかもしれませんので、問題が起きたらその都度いろいろな原因を考え、話し合えるなら話あっていただけたら。

最後に「語り口が穏やかで~」と書いてくださいますが、買いかぶりすぎです。今回このコメントを書く前に、しかるべき場所にて感情の吐き出しをさせていただきました。言葉の受け取り方の歪みから「コメントやブログ記事のところどころから棘が見えてしまったので」
先にまず、どこかで吐き出す。【出さないメールでもよし、返事を求めないメールでもよし、日記でもいい。】生きてきた中で習得をしてきた知恵です。私の基本性格は「正論を振りかざす」のですから(苦笑)

かものはしさんへ

思いつきの案、私には考え付きませんでした。なんとなく、読みやすさがどちらか?とか人によって「立つ視点の違い」出るかもしれませんね。私には出てこなかった視点を教えてくださりありがとうございました。

ばんさんへ

>ややこしいことは、せめて図解とか、なにかあればいいのにな、なんて思いながら読んでました。

図解とかを使ったやり取りを、パートナーさんとは行っていらっしゃいますか?

もししてないのであれば、(相手が乗ってくれるかどうかは判断できかねますが)取り組んでみるのは良いのではないでしょうか?
もしすでにやられたり、やろうと試みたけど上手くいかなかった。などでしたらすいませんでした。

補足です。
はるこさん、ばんさんへ、そして定型のみなさんへ。

上記私の【「ASかもしれない」に固執するあまり、せっかく築きあげてきた関係性まで悪化させるかもしれませんので、問題が起きたらその都度いろいろな原因を考え、話し合えるなら話あっていただけたら。】
は、診断済み/診断はしてない。のどちらでも当てはまるかな?と思っています。
というのも、私自身がたまに、【ASだし、出来ない】と工夫する前に諦めてしまいがちです。私の努力は定型から見える【努力してます!】な態度にカチっと当てはまらないので、
よく『努力が足らない』と言われてしまうので、努力から逃げるあまり、工夫すらしなかったり、他人にお願いすらしなくなってます。という自重を込めて書きました。

はるこさん、先だってのコメントでお礼を伝えそびれました。『(コメントが)読みやすい』書いてくださってありがとうございました。

小梅さん こんにちは

思いつきの案を誉めてくだすってありがとうございます。

私も近くにそういう事に付き合ってくれる人がいたら、
このやり取りは、どう読める?とか、
どの文章がどういう風に伝わっていると思う?とか
聞いてみたいという思いがあったので。

小梅さんの「どちらが読みやすいか」なら、相手も答えやすそうですね。

また、「感情の処理」の工夫は大切ですよね。

ASのみなさんへ
小梅さんのおっしゃる【「ASかもしれない」に固執するあまり、せっかく築きあげてきた関係性まで悪化させるかもしれませんので、問題が起きたらその都度いろいろな原因を考え、話し合えるなら話あっていただけたら】という内容は、この場のASの皆さんがよくおっしゃっていることです。

が・・・少し、定型との感覚が違うのかなと思いまして、コメントさせていただきます。
定型から「AS、AS」と連発されると、固執や思い込みに感じられると思いますが、
私を含め他のこの場におじゃましている定型の人は「ASをベースやとっかかりにして考えている」という感覚だけど、つい大雑把に「ASは、ASは」と表現していると思うのです。

その症状や原因が、厳密に診断されたらASではないかもしれないけれど、コミュニケーションの独特さの共通部分が、どうしても「ASの特徴とされている代表的なもの」に重なるため、とりあえず「AS」として理解して対応するしか、選択肢が無いのです。

ネット上のASの人とやり取りをしているうちに「他にそんな障害名もあったのだ」と、ほかの種を初めて知り「もしかしたら、ASだけでなくこちらの症状が濃いかも」と段階を踏んで行くパターンも多いと思います。ものすごくゆっくりですが。

定型も「定型は、定型は」とひとくくりにして言われると「定型にもいろんなタイプがいるよ」と言いたくなりますから、ASの人の「くくらないで」は当然の言い分だと思いますが
なにせ、現実の生活の中で「ASではないかも知れないけれど、ASととらえた方が理解しやすいタイプの人」と「双方のコミュニケーションのズレやねじれの原因は何でしょうね」と話し合い、一緒に考え合うことが困難なあまり、ASの皆様にとって甘えてしまっている図になっているのだろうと思います。

小梅さんへ、

【出さないメールでもよし、返事を求めないメールでもよし、日記でもいい。】

それもいいアイディアだと思いました。私は、「思考を言語化しなかったり」します

かものはしさんへ、

思いつきの案は素晴らしいと思います。同じように感じています。

FOXさん

ありがとうございます。

ズレがはっきりでていると思うような架空のサンプル対話集みたいのものが
(お互いが読んでも、あまり辛くなく、ズレだけを認識できるようなもの)
あれば、もっとよいのになあと思います。両サイドからの解説付き。

専門家の方、よろしくって感じですが(笑)。

かものはしさん、

「両サイドからの解説付き」

さすがです。もっと素晴らしいと思います。どちらのサイドも複数だと、さらにいいように感じています

かものはしさん FOXさん

 私も掲示板とか、それじたいがそういう役割をして欲しいなと思っていましたし、
 そこから本が生まれてもいいなと思っていました。
 
 改めてそういう視点から情報のやりとりをしてみてはどうでしょう?

パンダさん、こんにちは。FOXです。

申し訳ありませんが、私には、パンダさんのおっしゃる意図がよく理解できません。

ここにいらっしゃる方々は、誰も専門家ではないでしょうし。。。

私個人としては、とてもとても荷が重くて無理なような気がしています。

パンダさん

それは、素人には無理だと思いますよ、さすがに。

本当は、プロでも、そういう事をしてよいか否かの
問題はあるでしょうし。

小梅さんの案の「どちらが読みやすいか?」当たりが
現実的かと。

FOXさん かものはしさん

 アスペルガー風にお返事を試みてみます(自信ないけど)

 1.素人と専門家を明確に分ける視点を私はとりません。当事者にしか
   わからないことがありますし、「アスペルガーという個人の障がい」と
   いう視点ではなく、アスペと定型の「コミュニケーション」の問題として
   研究している専門家はおそらくいないと思います。

 2.もしどうしても専門家が必要でしたら、知り合いにアスペルガーを専
   門のひとつとしている医学者もいますので、内容をチェックしてもらっ
   たり、コメントや何かを書いてもらうことは可能です。常に研究の先端
   を押さえている人ですので、医学的にはそんなむちゃくちゃなコメント
   にはならないと思います。

 3.いずれにしても、「当事者」としては私たちは「専門家」だと思いますし
   その「専門性」はとても力を持っているし大切だと理解しています。

 4.私はそう考えていますが、もちろん参加の仕方をそのやり方に限定
   する意図は全くありません。今までのように色んな形で参加してい
   ただき、それに上記の可能性も加えて考えていただければそれで
   十分と思っています。

 という書き方でうまく伝わるでしょうか???

パンダさん、

どうやら、私はパンダさんを買い被っていたようですね。ご本人のおっしゃる通り、「理論的だと認識している」「個性的」で「希少価値」な方かと勘違いしていました。

私の「定型的」な「婉曲な拒否」も理解できないなんて、パンダさんは、本当に定型発達の方ですか?

じゃあ、アスぺ風にお返事しますね。

パンダさんの「選民意識」と「上から目線」まるだしの「メッセージ」は、私を含むアスぺの人たちに伝わったと思います。そして、私を含むアスぺは、そういうパンダさんの「研究材料」になるつもりはありません。

素人と専門家は当然、違いますし、「パンダさんたち」は、当然、専門家ではありません。

私は、ここで、多くの自閉圏内の方々に、自分なりに「メッセージ」を伝えさせていただきました。この場をお借りして、パンダさんに深く感謝申し上げます。

蛇足ながら、私は積極奇異型の自閉圏内ですので、こういう返事になりますが、一般には「黙って去る」というのもアスぺ風だと思っています。

パンダさん 

私は、普通にしか書けない(普通にも書けないので((笑))、ご容赦を。

サンプル会話集についての私の考えです。(上手く説明できませんが、お許しください。)

そういう物を使って、「日常生活のいろいろな場面で、それぞれの人がこつこつ検証していく」というプロセスを経ることに意味があると思っています。それが、お互いの理解を深めることだったり、関係性が一歩一歩確実になっていくことだと思っています。

本という形だと、私が一番、重要に思うことが省略される可能性が高く、責任も持てません。

また、そういう目的のための掲示板となると、少し考えてしまいます。

専門家がもしそういう本を出してくれたら、自分はそれを元にこつこつ検証するだろうと思うので、そういう風に書いてしまい、誤解さっせてしまい申し訳ありませんでした。

その「専門家の本」の意味には、人間として無視してはならない非常に複雑な問題をある程度クリアして出される本ということも含まれています。

パンダさん

パンダさんの提案についてですが、私はただの飛入りなので、常連の皆さんと違って、言う権利は無いのかもしれませんが、私も違和感を覚えました。

パンダさま

素人と専門家を分けない、おそろしいこと言いますね。殿、ご乱心ですか。
私もFOXさんと同じようにモルモット化される恐怖を感じました。

ここは匿名でそれぞれの背景もわからないからこそ、本音が書けます。逆に個人特定につながりそうなエピソードは一切書きません。そういう意味でここでの情報は歪んでいるのですよ。

暴言吐きますが、パンダさん、書籍ってものをなめてんじゃないですか。

会話例集を作ることは、僕はネガティブです。
「それで上手く行くなら、ぜひ欲しい」というASは多いと思います。
しかし、「相手との関係や個々のシチュエーションを気持ちの行き来を捉えきれない」のが
一番の問題なのですから、「典型的な応答例」が役立つとは考えにくいです。
「会話例どおりに言ったのに、どうして?」という状況続発、になると思います。
僕は「会話の行き違い」を取り上げるにしても、一つ一つの実例を挙げて頂いて、誤解の元になる「考え方」を指摘してきたつもりです。

それと、話し合いが荒れています。みなさんも経験がおありと思いますが、スタンスが違う同士がかみ合わない議論をしてうまくいかないとき、どうするか。それは、議論を「押し進める」のではなく、「立ち返る」ことだと思いますよ。(特に、ジャッジが居ない場合は)
違うもの同士が意見を交わすとき、僕なら「どこまでが同じか」の確認を最初にした方がよいと思っています。「こんなに根元まで戻らなければ、一致点はないのか」という状況もあります。ですが、同じベースを確認し、そこから枝分かれしたのだという互いの認識方法が身につけば、上手く行かない時に、また分かるところまで巻き戻せばいいことになります。

パンダさん

このサイトに何気なく書いたコメントが、サンプル発言として書籍に載ってしまうかもしれない可能性というのは、私もNGを表明させていただきます。ごめんなさい。
匿名でウェブだからこそ、いろいろな感情や悩みやどまどいを正直に書けています。

また、匿名であっても、個々の発言はそれぞれの発言者に著作権があると思うのですが。

もし、サイトに「ここで発言されたことは、将来書籍という形になるかもしれません」という但し書きがあったとしたら、恐らくみんなここまで赤裸々に発言しなかったのでは、と思うので、
パンダさんのご提案は、「後出し」のように感じてしまい、みんな驚愕&困惑しているのではないでしょうか。ここでの発言は多くの人にとっては「オフレコ」なわけで。。。

もし誤解だったらすみません。
もちろん、このようなコミュニケーションの場を作っていただいたこと、
非常に感謝しております。

パンダさんが個々の発言者の方に、正式に「取材許可」をお取りになって、改めて全てオンレコでインタビューし、そのインタビューに基づいたものを「会話集」なりハウツーものなりとして書籍化するというのであれば、また別の話だと思いますが。

横からすみません。
定型よりのばんです。
『アスペルガーと定型を共に生きる』はAS定型夫婦のサンプルとして非常に役に立ちました。パートナーにも読んでもらいたい。このような実在の夫婦の例、友人同士、親子、上司と部下、嫁姑などなど、いろんな実例を第三者が間に入って取材した本などがあればいいのになと思います。

定型よりのばんです。
横からすみません。架空サンプル集の件で。

『アスペルガーと定型を共に生きる』はAS定型夫婦のサンプルとして非常に役に立ちました。パートナーにも読んでもらいたい。このような実在の夫婦の例、友人同士、親子、上司と部下、嫁姑などなど、いろんな実例を第三者が間に入って取材した本などが増えていけばいいのかなと思いました。その第三者がASか定型かで、また違ってくるとは思いますが。

定型よりのばんです。
横からすみません。架空サンプル集の件で。

『アスペルガーと定型を共に生きる』はAS定型夫婦のサンプルとして非常に役に立ちました。パートナーにも読んでもらいたい。このような実在の夫婦の例、友人同士、親子、上司と部下、嫁姑などなど、いろんな実例を第三者が間に入って取材した本などが増えていけばいいのかなと思いました。その第三者がASか定型かで、また違ってくるとは思いますが。

ごめんなさい!!あれ、掲示板に表示しない!と思って何回かやり直してたらこんなにも同じ書き込みがたくさんに・・・。すみませーん!!

トマトさんへ

特に質問でもなさそうなので、スルーしようかな?とは思いましたが、、書いておきます。

昨日、トマトさんの26日8時台に書かれたコメントを読んで、今まさに、以前トマトさんが書かれていた【言いたいことは伝わらず、無意識に無防備に書いた言葉に、相手がポイントを置いて質問してくると「な・・なんで、そんなところにこだわるの?」とたじろいでしまうときがあります。】を体感しています。それもはじめてではないんですよ。この感じ。

私は一貫して、あの主旨を書いていました。ずっと大真面目に真剣に。
それなのに、今のタイミングで?
やっと理解していただいたのか、今なら意見を言いやすいと判断されたからなのかはわかりませんが。どっちにしても、虚しさで途方にくれています。

私の周りにいる友人は『共感は出来ないけど、言いたいことはわかる。』といってはくれてます。でも何度も伝えてもトマトさんには伝わらないのか、受け取りたくないのかわかりませんが、とりあえず私の再三のしつこいコメントはトマトさんを、困惑させたり傷を与えていただけなんですね。受け取ってすらいただけなく残念です。
書かれた『感覚の違い』をもっと前に知らせてくれたら、トマトさんを傷つけるほど私は執拗にコメントをしないですみ、そして私も虚しさを味合わなくて済んだのになぁー。私なりに真剣だったんです。まるでピエロですね。私。

質問ではないので、返信は不要です。

ちょっと遅いですが、パンダさんの「アスペルガー風」について、考えたことを書きます。
最初に読んだ時、よくわかりませんでした。いくつかの誤解をしたまま突き進んだ感触でした。そういったときには、個々の言葉に突っ込んで言っても、誤解を解かない限り解決に近づかないので、「言葉が分からない」ではなく「なんでその言葉を選んだのか?」というところを中心に想像をめぐらしています。
(なお、パンダさんの言葉が分かりにくいことは少ないですが、FOXさん、トマトさんの言葉は、僕にとって頻繁に由来不明です。僕の言葉も、受け止めてもらえてない確率高いだろうな・・・)


1、パンダさんにとっては、素人でも深い洞察があったり、ハッとする言葉が出たりすることを尊重したい、ということを言いたいのだろうなと思いました。「専門家」については僕の考えですが、精神科の医師でも全てのASDを理解し上手く導けるかというと、そうではない気がします。コミュニケーションの問題を研究している学者は、これだけニーズがありますから存在すると思います。

2、主語がないので分かりにくいのですが、パンダさんが主体だろうと想像しました。「医学者=むちゃくちゃしない人」というのは、絶対ではありません。まじめな人ほど、診てもいない対象のことについてコメントすることは避けると思います。検査し鑑別することで治療方針を見出し、処方箋や療法の方針を作成することは医師の仕事ですから、持てる能力を発揮してくださると思いますが、コメントに医師としての責任を求めるのは酷です。

3、僭越ですが、パンダさんの言葉の意味する範囲を拡張させて頂きます。ASが当事者であることは理解しやすいですが、ASと接して悩む人もまた、ASの問題に直面している人という意味で「当事者」だと思います。
「専門家」に頼って早く明快な答えにたどり着きスッキリしたい、という気持ちも分かりますが、「悩んでいるパンダさん=専門家」ですか?パンダさんの「当事者=専門家」という仮定が揺らいでいることがお分かりと思います。悩むASは、自分に迷い不安に感じて答えを探す探求者ではありえますが、専門家と持ち上げられるのは不適切ですし、「力を持っている」というのは買いかぶりです。望みを持ちすぎかもしれませんが、できれば悩むもの同士は「同格」であって欲しいと思っています。


パンダさんが「アスペルガー風」と書かれたのは、「アスペルガー同士は分かり合えている」と誤解されているからかもしれません。ASが自分の心情を披瀝し、他のASが「わかります」と応じたとき、定型の方はそこに共感や連帯を感じたのかもしれません。でも、おそらくのところ、AS同士は「わかりあえた」という感想を互い持たず、定型の感覚ならせいぜい「似ていますね、そんなこともあるんですね」くらいのトーンだと思います。(僕は、そんな感じです。)

4、「参加の仕方」はおそらく、「対話サンプル集」の事例の集め方についてでしょうが、まあ、つまりは未定っていうところですかね。

「ブログに書き込まれたことを本にする」ことが、誰もが賛成するわけではない、ということは、パンダさんには思いも寄らないことだったかもしれません。
書籍化のための情報収拾・対談専用の掲示板を新たに設定する、などの手は、あるかもしれませんね。
前にも書きましたが、僕の意見としては「対話サンプル集」は、それを適応できる状況かどうかが、ASには見極められない恐れがあるので、現実的ではないと思っています。

長文失礼しました。

玄さん、こんにちは。FOXです。

私の説明不足もあり、玄さんに上手く伝えられなくてすみません。また、ちょっとタイミングが合わず、玄さんのコメントにお返事できなかったことを心からお詫びいたします。

玄さんのおっしゃっていることは、私自身は、わかっているつもりです。そして、おそらく、玄さんのおっしゃっていることと、私が言っていることに、根本的なズレはないと、個人的には思っています。

こちらにある玄さんの最初のコメントにも同感ですし、今回のコメントにも同感です。

玄さんもおっしゃるように

「違うもの同士が意見を交わすとき、僕なら「どこまでが同じか」の確認を最初にした方がよいと思っています。「こんなに根元まで戻らなければ、一致点はないのか」という状況もあります。ですが、同じベースを確認し、そこから枝分かれしたのだという互いの認識方法が身につけば、上手く行かない時に、また分かるところまで巻き戻せばいいことになります。」

そこに尽きると思っています。

お返事が遅くなって、玄さんに嫌な思いをさせてしまったのなら、本当にすみませんでした。

またいつかお会いできるのを楽しみにしております。

玄さん

 コメントありがとうございます。
 専門性の問題については、今ここで本格的に議論するのはちょっと大変かな
 と思って今まで説明をしないままで来て失礼しました。
 
 もしこの問題についてつっこんで考えてみたいとお感じになられたら、
 「当事者研究」という比較的新しい流れをご覧になられたら刺激的だと思います。
 このブログの記事でも実は以前にそのうちの二つほど、本を紹介したことがあります。
 そのうちひとつはアスペルガーの方によるものです。
 
 ごく大雑把に私の理解で説明すると、いわゆる「客観的」に「神の視点」から
 「対象」としての人を研究する態度ではなくて、
 ほんとにその問題を生きている人が、その視点から自らを含む問題を分析していく、
 という感じです。ちょっと言葉が固くてごめんなさい。

 こういう研究は当事者にしか出来ないんですよね。専門家と素人の「上下関係」
 というのも崩れていきます。
 それと、私もパートナーとのコミュニケーションの中で生きていますので、
 自分自身もこの問題の当事者の一人だと思っています。

 ワンポイントのお返事ですみません。またちょっとたまった仕事に戻ります。

パンダさん、FOXです。

論点がまるっきりずれているのを、自覚した上で、あえてその「当事者研究」とやらの話をしているのですかね。

パンダさんがおっしゃるように、

「私もパートナーとのコミュニケーションの中で生きていますので、
 自分自身もこの問題の当事者の一人だと思っています。」

ということであれば、では、まず、ご自分がそれをすればいいだけではないですかね。

ここで「当事者」とやらを「釣る」必要はないと思いますがね。

質問ではありませんので、返信無用です。

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