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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年10月 6日 (土)

よろしくお願いします

 このブログは、その時々に私が思いついたこと、感じたことをわりに素朴にそのまま書かせていただいているだけなのですが、そのブログに本当に多くのかたが来てくださって、色んな頁を覗いてくださっていますし、またコメントを下さる方はその内の一部ですけれども、それも相当な数になっています。

 さらに○○さんのお陰で新たに掲示板を設けさせていただいた結果、これまでROMで来られた方達からも新たに書き込みがどんどんなされるようになって、熱心な情報の遣り取り、意見の交換がされています。

 そしてそういう遣り取りなどを通して、あるいはそれらを読まれるだけでも、私の想像を随分超えたレベルで読者の方のお役に立っている、という声や感謝の声を、いくつかのルートで教えていただいていて、有り難いような、うれしいような気持ちになると同時に、一方で何か申し訳ないようなそんな気持ちになります。というのは、そんなに感謝していただけるほど、必死で努力してるというわけでもなくて、淡々とやっているだけだったりしますので……(^ ^;)ゞ

 というよりも、私がどれだけ努力しているかが問題なのではなくて、こういう「場がある」ということ、そのこと自体がとても大事なのですよね?そしてその場を皆さんが大切なものとして作ってこられていることが。

 そんなことを思う内に、ふと気がついたことがあったんです。最近特にアスペの方からの発言が凄く増えて、定型をはるかに上回る位になってきていますけれど、こういう形でのコミュニケーションというものが、アスペの方達にとってもとても大事なんだ、という、本当は当たり前のことに今更のように気がつかされたのです。

 三つ組みの障がいという考え方もそうですけれど、知らず知らずのうちにアスペの方はコミュニケーションが苦手というだけじゃなくて、そのものの必要性が乏しいとか、あるいは拒否的である、というようなイメージが自分の中にもこびりついてしまっているのだろうと思いました。「アスペルガーと定型のコミュニケーションを考える」というサブタイトルを自分で付けているにもかかわらず (^ ^;)ゞ

 大事なのはやっぱりコミュニケーションを必要としているかどうかではなくて、「どうやってコミュニケーションをするのか」なんですよね。実際たとえばこういうブログや掲示板という「場」があれば、活発なコミュニケーションは現実に成立するんですものね。そのことをこの場が(大げさに言えば)証明しているのだと思います。

 そんな風に考えてみると、私がこのブログを始めた目的の一つはもうずっと前から達成されているんだなと思えます。

 パートナーとの間にも今では基本的にコミュニケーションは成り立っている感じがしています。もちろんすれ違いとかそういうのはたくさんあるし、自分としては納得がいかなかったり満足が出来なかったりする面もあるにせよ、でも基本的には成り立っている。あとはその質をさらにいいものにしていくという課題があるという感じかな。

 ということで、ブログや掲示板に感謝してくださる皆さん、私の方は気楽にやっているだけで、なんか却って申し訳ない感じですが、どうぞ思う存分に利用してくださって、さらにいい場にしていって下さい。よろしくお願いします。

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コメント

はじめましてakと申します。本日、初めて見させていただきました。
長い間、仲のよかった異性がアスペルガーだったようで、今までは性格に
クセのあるコだなと、感じつつも二人で過ごす時を重ね、やがて、
来年あたり一緒に暮らそうか、という関係になっていました。
ところが数ヶ月前に突然の離別宣言。目の前真っ暗になった僕は
既に親しくなっていた彼女の妹に相談。彼女の母親も話を聞いてくれて
そこで彼女が初めてアスペルガー症候群であったことを知り、それから
アスペルガーについて少しでも知ろうと色々な情報をかき集めました。
そこで、こちらにたどり着いたという経緯です。
彼女の家族は僕が彼女に接してきたことを、とても好意的に感じて
くれていて、大事してくれていたと感じてくれているみたいですが、
当の本人は自分中心で、何かをしてもらった時は喜ぶけれど、
その喜びが過ぎると、特にその相手を大事な存在とか必要な存在と
感じないのだと家族から聞かされました。
会えない日はしばらく続きました。そんな中、妹が彼女に僕の話をすると
突然、ボロボロと泣き出したというのです。そして「akの話をされると
何故だかわからないけど涙が出て止まらなくなる」と言ったと言うのです。
しかも悩んだ彼女は占い師のところに行って、彼女と僕のことを占って
もらったとか。占いの結果は、相性が良く、僕は彼女を大事にしてくれる人
という内容だったそうですが・・・。
まあ、それはどうでもいいとして、彼女の涙の意味や、僕との相性を占いに
よって判断しようという彼女の真意がわかりません。
アスペルガーの人は、やはり自分でもわからない感情に葛藤するものなの
でしょうか?
答えなどないのかもしれませんが、アスペルガーの人に、気持ちは伝わる
のでしょうか?伝わらないのでしょうか?伝わるけど本人自身が、その
気持ちが何なのか理解できないのでしょうか?
できれば彼女のことは少し遠くからでもいいから見守っていきたい気持ちで
いますが、正直、度々心が折れそうになります。
長文、失礼いたしました。

atさん、初めまして。いわゆる定型女性のトマトです。

atさんにコメントする前に、はるこさんと飛入りさんに一言。「ほんまに、ありがとうございます」
お二人のコメントを読み、涙がでました。パソコンの前で深々と頭を下げました。
ここでは、定型が少数派ですから、こちらの流儀にのっとった無防備なコメントは、その都度、ASの方々の検閲を受けるような事態に「感じてしまう」のは事実です。
この痛みは、もしかしたら、ここでは定型共有のものなのかも知れませんし、「感性や感情で読み説いたり伝えたり」という定型のコメントは、ASの人にはただただ混乱や意味不明のことになりうるのかなぁと考えました。

しかし、このような概念、感覚、解釈の根本的な違いに、現実社会で苦労されたり苦痛を感じているのはASの方が多いでしょうし
ネット上で雄弁なASの人が、日常の職場や人間関係では、なかなか上手く主張や説明などができないという例は、あろうかと思います。
ASの皆様にも、私のコメントに対して真剣で丁寧なアドバイスをいただき、ありがとうございます。
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先日、ASの友人の肝臓癌が重い状態になり、入院してしまい、しばらく自分自身の生活と仕事とAS友人のつきそいや今後の対処に追われて精神状態がキツキツで、こちらの掲示板を覗く余力がありませんでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

さて、atさん、私は個人的に
【本人は自分中心で、何かをしてもらった時は喜ぶけれど、その喜びが過ぎると、特にその相手を大事な存在とか必要な存在と感じないのだと家族から聞かされました。】
ここ、重要だと思います。
ASの人の中には、人間関係などに「連続性」を欠くタイプの人が居るそうですから、きっと過去から現在へそして未来への、認識やビジョンの流れが遮断されてしまっているのではないでしょうか。その場ごとの感情の表出というか。でも彼女は、彼女の心の中にatさんの存在があったからこそ、その感覚が何かを確かめたくて占いという方法をとってみたのかも知れませんね。

atさん、今はatさんが気の済むまで、限界まで、彼女を見守っておられたら良いと思うのです。
彼女には、atさんが望むような気持の伝わり方と認識と記憶はないかも知れませんが、でも、atさんの気持に「君はそのままで良いんだよ。君のぶんまで僕が記憶して、好きでいるから」という余力があれば、少し遠くからでも見守っていけると思うのです。

言い抜かりました! 。ranさん、フォローありがとうございました!
それと、パンダさん。パンダさんのような波風立たない表現が出来ず、いつもお騒がせしてごめんなさい。

私が、精神科医の「ASの人には周囲の共通理解が必要です」を実行しようとして、全く駄目だった時期を想い出しました。私のASの友人は「社交的でほがらかでジョーク好きで雑学が豊富で世間話が得意」なタイプだったので、昔からの友人達には「コミュニケーションに不具合があるとは思えない」と受け入れられませんでした。
そこが、精神科医やほかのプログのASの方々の言う「ASの中でも特異なタイプ」でした。
世間話はサラサラ違和感なく交えるけれど、質疑応答などのちゃんとた対話となると俄然困難が生ずるというタイプです。ですから生活の中身を知らないと、彼の特性に気づく人は居ませんでした。

AS友人の人間関係を辿り、病状を毎日メールで一斉送信しています。すると、徒歩、車、JR、飛行機・・と、身近な地域からも県外からも、毎日誰かがお見舞いに来てくれて、緊急患者個室なのに、連日大賑わいで、看護師さんらも戸惑っています。
過去、私とAS友人が一緒に行ったレストランや食堂の店主は、初対面でもフレンドリーな友人のことを覚えていてくれて「差し入れ」の友人の好きなメニューを作ってサービスしてくれます。
今までの、私個人の抱えていた孤独感が、一気に逆転した日々になりました。
今・・・残された時間の中で、私が出来ることは、AS友人と、その友達や知人とを出来るだけ会わせてあげる事と、遠方からかけつけてくれた人の接待をすることです。

あんなに言葉も気持も伝わらず、二人で喧嘩ばっかりしていたのに・・・AS友人は、こんなに沢山の新しい友達を私にもたらしてくれました。
毎日「ありがとう」ばっかり言うので、泣きそうになります。

このコメントは、定型の人向きに私の感覚と流儀で書きました。
のでASの方に配慮せず書いたので、何か異論やカンに障る箇所、違和感、反論など、何卒ご容赦ください。


トマトさん

 「パンダさんのような波風立たない表現が出来ず、いつもお騒がせしてごめんなさい。」

 いえいえ、トマトさんの一生懸命のコミュニケーションにいつも多くを学ばせていただいています。私の表現は波風立たないこともあるし、逆に予想もしなかった思わぬ所で大きな波風が立ってしまうこともあるみたいですし、こういうのはいつまでたっても難しいですね。

 もちろん波風が立っても「雨降って地固まる」になることは大切だと思っていますし、場合によってはわざわざ波風を立たせるようなこともすべき場合もあると思いますが、それで結果が「雨降って地崩れる」に終わってしまったら意味がないし、とにかく難しいの一言です。

 いや、雨降って地崩れたら、また地を積み直すところから始めたらいいのかも知れません。どっちにしても息の長い試行錯誤が必要なのですから、そのくらいの気持ちでゆっくり構えたらいいのかも知れませんね。

 これからもまたいろいろ教えて下さい。

atさん

「答えなどないのかもしれませんが、アスペルガーの人に、気持ちは伝わる
のでしょうか?伝わらないのでしょうか?伝わるけど本人自身が、その
気持ちが何なのか理解できないのでしょうか?」

 今の私がこれに答えるとすれば、「気持ちは伝わる」けれど、
 それは「自分が伝えたかった気持ち」ではないものが伝わることがよくある。
 という事でしょうか。

 逆に相手の方が伝えたかった気持ちをこちらが全然誤解して
 理解している場合もしばしばあると思います。

 そのズレが定型同士の間でも生まれるズレとは
 どうも感じが異なることが多いのが、定型とアスペの間のズレ
 ということになると思います。

 そうは言っても、何か伝わっているなあとか、共有できてるなあと
 感じられることも確かにあります。
 この辺は「結果としてそう感じる」ので、予めこうすれば伝わるとか
 共有できるとか確実に言えることはあんまりないと感じています。

 そういう状況ですけれど、このブログや掲示板に書き込んでいる方達は
 その中でもうまく伝え会うことを手探りされていると思いますし、
 参考になることもみつかるかもしれません。
 なにか見つかるといいですね。
 

akさん、はじめまして。玄と申します。
ASの自分としては言ってみれば「心が折れた状態が標準」のような気がしています。また、「○○な心境になって欲しい」と外から働きかけが加わってもスグに元に戻る感じです。
akさんのお話は不安感というか不満は伝わるのですが、手掛かりになる情報が少ないです。極めて大雑把なところを言うと、「変化に対する不安が高まって逃げ出した」のかも、ですね。「突然の離別宣言」の部分にしても、いくら急でも何らかのやり取りはあったのではないでしょうか。


トマトさんがご友人に手間と時間と惜しまない、という姿勢なのは分かりますが、病状という他人の個人情報をメール一斉送信は、常識的にマズくないですか?「委託された作業で、感謝もされている」かもしれませんが。ASの特性の一つとして「流されやすい」という面が出ているにしろ、やりすぎ感がありコメントしづらいです。

玄さんへ

一斉送信メールというイメージに不安感を持たれたもかも知れませんが、AS友人は頼れる家族や親戚がおらず、何かのときには「彼の厳選した」友人たちでことを進めなければなりません。
彼が「好きで会いたい人達」という範疇の一斉送信ですので、ご安心ください。
そして「急に結果だけ言われても驚く、前々から教えてくれたら良かったのに」「日々の病状を知らせてくださいね(必要なときにはかけつけますから)」という、日頃のまめな情報共有が必要な「今まさにそのとき」だということです。

人の命が関わっている場面で軽率なことはできません。
友人(その父親は施設で認知症)の法的身元引き受け人は司法書士さんになってもらい、行政に接触すること、経済的なことは一任しています。私は実務やお世話をまかされている実質上の身元引き受け人という立場です。
私ひとりでは、とても家族ではない人の看取りや後片付けは請け負いかねるので、AS友人本人と司法書士と民生委員さんらと相談しながら、ほかの信頼できる友人達にも関わってもらっているという現状です。
AS友人の感覚では「お金も品もぜぇんぶお気に入りの人にあげちゃう」というところがあり、それについては様々な問題が出て来るので、本人の意志を確認しながらも、法的や社会的な規範や良識と照らし合わせながら、遂行せねばなりません。

私が嬉しかったのは、友人のコレクションの中に文化価値があるものがあり、県立美術館や新聞社に連絡をすると鑑定しに来てくれることになったことです。
これにはAS友人とともに喜び合えました。AS友人は新聞記者になりたかったという夢があり、美術館ホールで上演される映画は欠かさず観ていたので、それらの関係者に自分の好きなものが認められれたという喜びがあったのです。
「何かの資料として保存されたら良いけどな」とAS友人は言っています。

源さんのおっしゃるとおり、私が家族でもない他人のことに深く関わることについて、そのつど説明しなくてはいけないので、説明疲労で放棄したいほどのことは何度かありました。
実際に怪しまれることも多く、AS友人は私を弁明してくれようとして、よけい話がこじれたり
誤解されたりして、さらなる疑問や誤解を投げかけられました。

ですから、誰にどんな角度から何を聞かれてもきちんと答えられる自分でいなければならないと思い、ことをオープンに、彼に関わる人に報告とお知らせしながら遂行してきました。

おかげで、今は疑われることなく、周囲にいろいろ協力してもらい励ましてもらえるようになった・・ということです。

玄さん、コメントしずらければしなければよい・・・ということだと思いますよ。

私も、申し上げているように、今回は定型対象に「背景は察してください」くらいの乱暴なスタイルの心情吐露をしたのですから。

atさん、はじめまして。

FOXと申します。自閉圏内で性別は女ですが、atさんの彼女よりかなり年上だと思います。

こちらのコメントに気付くのが遅くなってしまいましたので、もうご覧になっていないかもしれないと思いつつ、コメントさせていただきたく思います。

玄さんもおっしゃってますが、詳しい状況は、こちらのatさんのコメントからはわかりませんので、わかる範囲でのお答えになってしまうことをご容赦ください。

1.アスペルガーの人は、やはり自分でもわからない感情に葛藤するものなの
でしょうか?

私の場合で恐縮ですが、好悪の情や喜怒哀楽などの感情把握には問題ありません。「複雑な」感情もありますが、なかなか言葉で表せないことの方が多いです。私が自分の「恋愛感情」を把握したのは、かなり年をとってからのことです。またそれが、普通の人と同じものかどうかはわかりません。

そういう意味で「確かに感情はある」が「もやもやして言葉で定義できない」こともあるでしょうし、そのような「感情に葛藤する」こともあると思います。

「akの話をされると何故だかわからないけど涙が出て止まらなくなる」
というakさんの彼女が、その感情を上手く把握できずに、「涙が出て止まらなくなる」ということもあると思います。そこにある感情は、推測にすぎませんが「akさんへの愛情」であったり「将来への不安」であったり「別離への恐れ」、「会えないことへの不安感」などが混在していたものかもしれません。

私自身は占いにあまり興味はありませんが、女性は一般に占いが嫌いではないと思います。また上記にあげるような「不安感」があれば、「わらにもすがるような気持ち」で占いを聞きにいくこともあり得ると思います。

2.アスペルガーの人に、気持ちは伝わるのでしょうか?伝わらないのでしょうか?

私個人の意見なのかもしれませんが、「気持ちは伝わります」。ただし、akさんの思ったような形ではないかもしれませんが。どういう形にすれば、気持ちが伝わりやすいのかは、人それぞれのように思います。akさんが、akさんの彼女に「伝わりやすい」形で、akさんの気持ちを伝えてあげられたらいいな、とは思います。

3.伝わるけど本人自身が、その気持ちが何なのか理解できないのでしょうか?

そうですね。atさんの気持ちが「そのままの形」で伝わったとしても、もしかしたら、それはatさんの彼女にはよく理解できない、または把握できない、ということもあるかもしれません。atさんが自分のことを「好いてくれている」とか「大切におもってくれている」といった比較的シンプルな感情は伝わりやすいし理解もしやすいと思いますが、複雑な感情であれば、よく理解できないこともあるかと思います。

何か参考になるところがあれば、大変うれしく思います

トマトさん、パンダさん、玄さん、FOXさん、僕のコメント(疑問)に答えて
くださり、本当にありがとうございました。
たかだかつい数ヶ月前に、彼女がアスペルガーであったことを知り、そしてそこから
資料や情報を集めた程度の理解の浅い僕が、藁にもすがる思いで「誰か教えてほしい」と
書き込んだものでしたが、ほんの少しだけ彼女のものの考え方、感じ方が想像できた
ような気がします。
もちろん「正解」などないのかもしれませんが、今までわからないことが感覚的にせよ、
推し量ることができました。

トマトさん・・・“atさんの気持に「君はそのままで良いんだよ。君のぶんまで僕が
記憶して、好きでいるから」という余力があれば、少し遠くからでも見守っていけると
思うのです。”
という言葉、まさに僕が何度も迷いながら、挫折しそうになりながら、辿り着いた
気持ちそのままで、涙が出ました。僕の心の中ではその決心が着いているのだと
思います。

パンダさん・・・アドバイスをありがとうございました。同様の関係を手探りで生きて
いらっしゃる他の方々のお話をこれからじっくり見させていただき、参考にさせて
いただきたいと思います。

玄さん・・・・・初めての書き込みで、文章があまり長くなり過ぎると読みづらくなり、
読む側からすると迷惑なコメントになるかなと思い「要点」のような部分だけを書いた
もので、まさにご指摘通りです。もっと詳しく書けばよかったのかもしれません。
「突然の離別宣言」は、その時は本当にそう感じたのですが、後から彼女の妹から
聞いたところによると、6月頃から会社の人間関係がうまくいかなくなり(3年ほど
勤めている会社です)同月に僕にそのことはたしかに泣きながら話してくれました。
僕は気分転換できるようなことなどをできるだけ一緒にしてきたつもりなのですが、
彼女は僕に話しても何も解決してくれないと思ったようです。
実際には彼女はどんどん落ち込んでいたのですが、「人間関係はよくなった」と僕に
言いました。それが7月。その頃は僕が忙しく、会う回数が減ったものの時々は会って
いました。8月に入り、彼女の体調が悪いと聞いて、家に行こうとすると何とも
言えない間の悪さで、なかなか会えず、ある日「もう会えない」というメールが
来て、しばらくそれきりになりました。この「しばらく」には意味があり、後ほど
ご説明します。それと彼女に対して不満はありません。もちろん、彼女がアスペルガー
であると知らなかった時は「なんでだよ?!」と思いましたが、今は色々なことが
わかってきて、不満ではなく、自分の無力さを責めたい気持ちが強いです。

FOXさん・・・丁寧なご回答と、ご説明をありがとうございます。
“私が自分の「恋愛感情」を把握したのは、かなり年をとってからのことです。”
この言葉にハッとしました。彼女はよく、「恋愛感情」というものに対して
普通の人とは違う反応をしていました。「恋愛感情」というものをまるで
二次元世界の中で起こるもののように、リアルとは別個のものととらえ、
わからない感覚のものを恐れているようでもありました。はじめのうちは。
ですので、僕に対しても恋愛感情なのか家族みたいな感覚なのか、単なる友達の
延長なのか、今でもわかりません。僕も周囲も、本人もわからないように
思います。ただ僕と一緒に暮らそうと思ったことがあることは確かなようです。
なんとなく男性と深くかかわり合うことを恐れていたような気もします。

実は彼女とのこと、つい数日前に少し動きがありました。
今月に入って数回、会う機会がありました。彼女の家族のはからいで、
彼女の妹の家に食事に呼ばれ、そこに彼女が現れて・・・。
妹が言うには僕の顔を最初に見た時、笑った・・・けれど、それを我慢して
そんな時に見せる表情(癖)を見せたと言います。
そして2週間ほど後にまた妹の家に呼ばれたのですが、そこへ来た彼女は
泣いており、やはり会社の人からイジメを受けたというのです。
見ていられなくなった僕は彼女に対して「キミの家族と一緒に、キミを助けたい」
「前は会話が足りなかった。もっとキミを理解しなくちゃいけなかった。ボクが
悪かった」「会社にいられなくなったらボクもキミを全力で支えるから、もう
会社でこれ以上頑張らなくていい」と思わず言ってしまいました。
彼女は泣きながらボクをじっと見て、それからニコッと笑い、自分の家に
帰りました。
帰る間際に「今度もっとたくさん話そう」というと「うん」と言ってくれました。
また近々会うことになっています。

もう同じ失敗はくりかえしたくないと思っています。もっと彼女の性質や障害を理解し
ボクも一生懸命、知識を得ながら接していきたいです。たとえまた今回と同じような
失敗をしても、あきらめ投げ出さないという覚悟はしています。ですので今後も
皆様の体験談やその他の書き込みなど、参考にさせていただきたいと思っています。
長文失礼しました。そしてあらためてありがとうございました。

When I was young, I'd listen to the radio, waiting for my favorite songs.These shoes don't fit right.The price just covers the cost.I'll have to ask my bosswife firstHe lacks courage.There being no one to help me, I had to do it all alone.There being no one to help me, I had to do it all alone.Brevity is the soul of wit.Not bad.Is there any sugar in the bottle?
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