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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年8月19日 (日)

虐待?

 今朝、私は朝から暑い感じがしたので「暑いね」とパートナーに話しかけました。するとパートナーは「そう?暑くないよ」と答えました。
 この間は私が「きょうちょっと涼しいね」と話しかけたら「ええ?そんなことないよ、暑いよ」と言われました。

 思い返してみると、大体意見が反対なんです。賛成してもらえることがない。でも、自分の感覚にお互い正直に答えているだけなら、賛成と反対は半分半分か、或いは多少どちらかに偏る程度の筈ですよね。それがほぼ反対になっているということは、意識しているといないとに関わらず、「相手の言うことの反対を言う」という、言ってみれば天の邪鬼のようなやり方をしていることになります。

 なんだか悲しくなってそういうことを話したんですけど、パートナーはちょっと考え込んでいました。

 しばらくして、パートナーは「やっぱり感覚からしてほんとに違うからね」と言いました。もちろん上の話は単に感覚の話ではなくて、「相手の言うことに反対のことを答える」という話なのですけれど、でもたしかに感覚からしてすごく違うのは確かで、音の聞こえ方、聞こえる範囲も違いますし、暑い寒いの感覚も違うし、のどの渇きの感覚もかなり違います。

 のどの渇きについては子供が小さい頃問題になりました。パートナーはあまり渇きを感じないし、それほど水分補給を必要としないんです。で、それが普通だと思いこんでいたので、子供に対しても同じように対応したんですね。でも子供はとくに頻繁に水分補給を必要としたりする。それで水をほしがったりするんですけど、あげないことが多かったんです。私はそれを見て、それじゃ虐待じゃない、と思いました。

 今ではそういう「からくり」がわかったので、パートナーはあれは虐待だったと言っています。子供の方は水分補給の少ない状態になれてしまって、今でもあまり水分をとらない身体になっているみたい。まあ、砂漠に育つ子供だってそういう身体になるんでしょうからね。実際には大きな問題にはならないのでしょう。ただ、見てる方は可哀想でけんかにもなりましたけど。

 感覚の違いがある、ということはこれはもう生まれつきだからどうしようもないことだし、それを無理に合わせることもないでしょう。でも違いがあることを知っていて、お互いの感覚を尊重することは大事だなと改めて思います。知らないで相手に押しつけるのはとても不幸なことですよね。

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コメント

こんにちは。

お子さんのお水の話は、ともかくとして、体感の話は、どうして駄目なのでしょう?

私は、体感が、時々、ぐるっと回転してしまい、暑いのにさむがったり、寒いのに暑がったりしてしまうので、体感チェックは重要ポイント。日常生活に支障をきたします。

暑いね、寒いねえは、たんなる挨拶ではないので、正直に答えてもらえないと困ります。

奥様は、わざと反対な事を言っているわけではないので、へえ、やぱっり違うねえって、楽しむのは、いかが?必ず反対なら、それはそれで、楽しくないですか?

送信したとたん、ずれた事を書いた事に気がつきました。
お天気の話は導入ですね。

感覚の違いによる実害はあります。
違いをキチンと認められて、説明されて育っていないので、他人に対して誤作動してしまいます。感覚の違いによる本人の大変さは、とりあげられてきましたが、それによる他人に対する誤作動のトラウマや、気をつけなければならない点には、まだまだ言及されていないですね。

かものはしさま

 コメントありがとうございます。
 体感の話はダメと言うことはなくて、違いがわかればああそういうものか、
 ということで納得なんですが、それでもそのことに慣れるには
 ちょっと時間がかかるみたいです。

 お天気のお話しは、たとえば夏と冬みたいに大きく違えば
 「寒い」「暑い」は一致する訳なんですけど、
 同じ夏の日の中で「今日は暑いね」「今日はちょっと涼しいね」
 と話しかけるときに、ほぼ毎回逆に答えが返ってくるんですね。
 そうすると、ほんとにそう感じていっているのか、
 天の邪鬼になっちゃっているのかわからなくなるという話です。

 ちょっと性質の違う話をつなげて書いてしまったので、
 わかりにくくて済みませんでした (^ ^;)ゞ
 
 

パンダさま

うーん、そうなのですか。
お天気の話は、あんまりどろどろしたものはないから、対応が楽なのかなと考えてしまうのですが、違いがわかっても、難しいのですか。

たぶん、奥様のデフォルト値(?)、表情とか、声のトーンとかが、そういう風にみえるんでしょうね。そういう風に見ない方が難しいのだろうなとは、想像がつきます。

「虐待」こそ、私がアスペルガーを知るきっかけとなったワードです。

6年前、友人男性(父子家庭)から「父親の様子がおかしい、助けて下さい」と、出張先にメールがあり「さして親しくもない私にどうして助けを求めるのか?」と戸惑いながらも、翌日、彼の家にかけつけると父親が倒れていて、初対面の父親ながらとにかく私の車で病院に運び込みました。

診断は「栄養失調」
聞けば・・・彼はハンバーグやオムライスばかり食べようとするので、年老いた父親は「わしは、そんな贅沢なものは要らない。豆と豆腐とチクワがあれば良いんだ」と言った。 だからその言葉を字義通りに、「今日は煮豆」「翌日は豆腐」「その次の日はチクワ」というふうに「父親の指示通り、それだけを与えていた」
というのです。
「父親の指示に的確に従った僕には、何の落ち度も無い。ゆえに父親の栄養失調は僕のせいではありません」と、自信満々に胸を張る彼に「言いようの無い奇妙な印象」を覚えたものでした。

その後、さまざまな経緯がありAS診断に至ったのですが、周囲の理解も医師の診断も無く過ごしていたら、彼はいろんな場面で誤解され、家族への虐待容疑で逮捕もされていたと思います。

精神科医は「ASの人は、自覚や認識力や判断力にハンディがありますから、生命や経済や名誉のピンチに陥っても、本人が気づかないまま周囲には誤解され、放置されたり加害者扱いされたりすることが多い。だから大切な場面では、通訳が必要なのです」と教えてくれました。

私が彼に「あなたに悪意はなくても、あなたが父親にしたことは、社会的、客観的、状況的には虐待になるのよ」と説明しても、どうしても理解してもらえませんから、医療関係や福祉の人に私が説明して、彼の父親の生命や健康のサポート体制を敷いてもらいましたが、何かのときにAS当事者や家族を守るのは診断書だとつくづく思います。

連投すみません。

パンダさんの【思い返してみると、大体意見が反対なんです。賛成してもらえることがない。〜意識しているといないとに関わらず、「相手の言うことの反対を言う」】というテーマ。

あるASの方のブログに「自閉脳の特徴で、相手の言葉に同調ワードが出づらい。でも、だって、しかしという否定形の言葉や、反対意見で返してしまう」という内容がありました。
パンダさんのパートナーさんもそういうサガ・・で、あまのじゃく返答になってしまっているという可能性は無いでしょうかねぇ。

水については、似た経験があります。
我が家では、一人目の子供が1歳くらいの時のドライブ旅行での経験を経て、赤ん坊が泣くときは「水を欲しがっている」という場合があるので、体の具合やオムツをチェックした後は水を与えてみる、という手順ができました。
虐待しようとしたわけではないでしょうから・・・「虐待をしてしまった」という表現を選ぶと気持ちがネガティブになるので、気に病まないように言葉を選んだらいいと思います。「からくりが分かった」でいいんじゃないでしょうか。

「反対を言う」は、その状況が分からないので断言できませんが、同意をしてもらいたい時に体感温度ネタは、失敗する確立が高い、という経験談ですね。先にパートナーさんの体感を質問して、パンダさんがそれに同意しちゃえば?ダメかなぁ。

的外れかもしれませんが、「逆を言う」のではなく、「口に出して訴えるほどの、辛い気温ではない」という意味で、「そうでもないわ」と反論されたのではないかと思います。

のどの渇き・暑さ寒さには、我慢強いというか、「鈍感」です。便利なときもあります。
僕は、体が丈夫なほうなので、感覚と体力が一致していると思っていますが、体力が無い上に感覚が鈍いタイプのASだと、気付く前にダウンしたりするのでしょうね。

トマトさん

 「虐待」の話、深刻ですね。人の命がかかっていますから、単に「お互いの見方が違う」ということだけではすまされないものがあるんですね。そのポイント、大きな問題として考えていかなければならないなあと改めて思いました。

 「あるASの方のブログに「自閉脳の特徴で、相手の言葉に同調ワードが出づらい。でも、だって、しかしという否定形の言葉や、反対意見で返してしまう」という内容がありました。」

 ということについてですが、この「まず否定的に反応する」というのは、アスペだから、というよりも子供の頃にずっと否定され続けてきたからそのせいでそういうふうに自然に反応するようになったのかも知れないなあと、少なくともパートナーについてはそういうことを考えることがあります。未だに可哀想なくらい母親には否定され続けですからね。だからうんと肯定してあげたいんだけど、こちらが肯定したいところと肯定して欲しいところがずれるのか、そこも難しいです。

 
 玄さん

 いろいろアイディアをありがとうございます。「虐待」については、パートナー自身が完全に今はそう理解していて、自分を責めています。わざとじゃないから……という論法は私も彼女に対して使うんですが、でも実際そのことで子供が苦しんだりしたことに気づくと、そういう私の「なぐさめ?」は効果がありません。まあ、今は子供は親より立派に成長しましたから、それが救いです。
 
 もしかすると熱中症で倒れたりする方の中に、アスペの方の割合が多かったりするんでしょうか。そう考えると、やっぱりこの「感覚の違い」の問題、深刻ですね。


 

パンダさんへ

【「まず否定的に反応する」というのは、アスペだから、というよりも子供の頃にずっと否定され続けてきたからそのせいで〜】
というご意見、多いと想うんですよ。
でも、自閉圏の人は周囲の意見や環境の影響を受けにくい・・という基本特性から考えると、何かのせいでこうなった、と判断するより、玄さんのコメントのような「自分の感覚とマッチしていない意見だから異論を言っているだけ」だと想うんです。

少ない例かも知れませんが、私の友人知人のASの人は、いじめに逢わず幼少期を過ごし、多少のからかいにはかばってくれる友達が居て、母親の溺愛のもとで成長し、社会へ出てから否定の波に飲み込まれているのですが「相手の否定が間違っていると考えて来た」と言うくらいですから、
どうも一般的な否定のダメージとは感覚が違うなぁと思います。

もちろん、恋愛や仕事や家族関係がうまくいかなくて、不信感や傷つきが大きいASの人もすごく多いのでしょうが、
私の友人のように、友達が多くフレンドリーなASの人さえ「否定形」での会話スタイルなのは、「自分の感覚と100%ぴったり一致する表現をもらわないと、否定的な反応になってしまう」という、0か100かの極端さの特性ゆえではないでしょうか?

なにしろ定型は、自分がそれほど寒さを感じなくても、老人がいかにも寒そうに「今日は寒いねぇ」と言うと相手の感覚を想像して「そうですねぇ、風邪をひかないように気をつけてくださいね」と同調できるほど、ストライクゾーンが広いのに対して、ASは「自分の今の瞬間に一致していない言葉は否定」というほど、針の穴くらい受け入れゾーンが狭いと感じるのです。

そういえば、ASの男性友人は、極端な暑がり体質で、真冬でもお風呂や居間の窓は開けっ放しだったので、「高齢者には危険な温度差」を教えて「冬は窓を開放せず部屋の温度を一定に保つ」を約束させたら「冬でも一定の冷房」にしていて、私はカンシャクが高じて自分が爆死するのではないかと思ったこともありました。

パンダさんのパートナーさんは「自分を責めている」とのことですが、虐待とはなんぞや、ですね。暴力の衝動や、(子供の世話をすることよりもパチンコに夢中になるなどの)あからさまな無視が生活に組み込まれているのなら、虐待に相当するのだろうと思います。「結果的に辛い目にあわせた」という記憶に、虐待の名前を付けることは間違っていると思います。責めるべきは、酷い目にあわせた「行為」ではなく、そうするに至った「無知」の方だと、僕は思います。
「無知」を責め、転じて「学び」に繋げないと、酷い目にあった・あわせた経験がもったいないですよ。

トマトさんのご友人の父子家庭の男性の方。この方はAS素因があるのでしょうし、お父さんが栄養失調に至った経緯に息子さんの特性は外せないとは思いますが、「核家族化」や「隣近所の世話焼きがいなくなった」ことが背景にあると思えるのです。この点をピンポイントで改善することは難しいですが。。。

この息子さんは、お父さんの言葉に背いて怒られるのがよほど嫌だったのでしょうね。父親の言うことは正に「絶対」だったのでしょう。

僕は、高校まで「活字になっていることは全て正しい」と信じていました。思想によって事実を曲げた論文が出回っていることを知って、非常に落胆したのを覚えています。
でも、気づいてよかった。この息子さんにも、「お父さんの指示どおりならば全てOK」という時代は終わるということを知って欲しいです。

先にも書きましたが「行為を責める」のは的を射ていない気がします。「あなたが父親にしたことは、、、」ではなく、悪意云々でもなく、「食事を運ぶ立場の人が知るべき、栄養学の知識とはなんでしょう?」で良いのだと思います。

理解力が無いのではなく、理解するための道筋が知られていない、という感じでしょうか。もちろん、生活サポートが必要な場合もあります。トマトさんの働きは素晴らしいと思いますよ。この息子さんは父親を苦しめたいとか、いない方がいいとかは決して思っていないはずです。虐待じゃないはずです。トマトさんは、感謝されているはずですよ。伝わりにくいかもですが(^^;)

トマトさんの体感温度の「ストライクゾーン」については、「同調する心構えがない」ので、「受け入れ」自体が無いと思われた方が・・・
返しが「受け入れ」基点でないので、それを「否定」と受け取られるのは、ありえる状況ですね。どう受け取られようと構わない、というスタンスも、「同調するのが当たり前」な人にとっては突き放された感じでしょうから、「否定」と受け取るのでしょう。

トマトさん、面白いご友人多いですね!「客が来たら、客に合わせろ」と言ったら、どうなりますか?

玄さんへ

ちくいちのやりとりになり、申し訳ないのですが。ちょっと役立つASメモとして・・・。

玄さんのコメントの【「核家族化」や「隣近所の世話焼きがいなくなった」ことが背景にあると思えるのです。】について・・・。

実は、私のASの友人が、県外の勤務先をクビになり実家に帰ってくるまで、年老いた父親は、近所の人達とのコミュニケーションで「よく夕飯やおやつなどの差し入れをいただき、掃除もしてもらい、ほどほどに賑やかに暮らしていた」と言うのです。
そこへ、息子が帰ってきた。にこやかだが、近所の人と挨拶をしない。友人としては「あまり関心の無い相手からの挨拶は認知できなかった」のだが、近所の人は「無愛想な息子が居て、家を訪ねにくくなった」と感じる。
近所の人が「お父さんはどうしてますか?」と聞いても息子は「ええ、元気です。僕が父の好物買ってきて父はそれを食べています」と答えるから「この息子はちゃんと世話できているんだ」と誤解してさらに「親子で仲睦まじく暮らしているようだから、あまり干渉してはいけないかも」と遠慮して、父親と近所のコミュニケーションが希薄になったという経緯がありました。

ASの人は1対1のコミュニケーションはとれても、家族と近所の人をつなぐとか、協力してもらうとか複数の人間関係の構築は困難でしょうから、自然にASの身近にいる人を孤立させてしまうことはあると思うのです。
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それと【この息子さんは、お父さんの言葉に背いて怒られるのがよほど嫌だったのでしょうね。父親の言うことは正に「絶対」だったのでしょう。】という箇所は、息子は恐怖からではなく、ただまっすぐに父親の言った言葉を字義通りに解釈してしまったのです。普段、父親を怒鳴り叱責していたのは息子の方で、父親はおびえて言いたい事も言えずに耐えていました。

父親は倒れたとき「腹が減った。肉と魚を食べたい」とつぶやいたので、息子は慌てて量販店で「生肉と鮮魚を購入してきて、フライパンに同時に並べて火にかけた。調味料の種類はわからないので、冷蔵庫にあったワインをぶっかけたら、大きな炎が上がって驚いた。火事になってはいけないと火を止め、半生の肉や魚がいけなかったのかガツガツと食べて意識が無くなった」
そうです。
「いつもは、お弁当などを買って自分は食べているでしょ。そのときもサバ弁当とかハンバーグセットとか、出来合いの肉や魚を与えれば良かったのに」
と言ったら「思いつきもしなかった。だってそれなら親父は調理済みの魚や肉を食べたいと言うべきでしょう」
と言ってましたね。
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玄さんの
【僕は、高校まで「活字になっていることは全て正しい」と信じていました。思想によって事実を曲げた論文が出回っていることを知って、非常に落胆したのを覚えています。】

という箇所。友人ASもおんなじ事を言っています。友人は小説家志望で出版社に勤めていましたが、トラブルが多いので唯一優秀に出来る「校正」の仕事を任されていました。
今でも、彼の読んだ週刊誌などには、一冊に赤ペンで誤字、脱字、句読点の不適切な位置にチェックが入ってます。
彼が事件に巻き込まれ、新聞記事になったとき、一カ所だけ間違いの記載箇所があったのです。
「新聞を信じられなくなったら、僕は何を信じて生きて行けば良いんだ」と憤慨したので、新聞社に連れて行き社会部長にまで会わせました。
マスコミと医療機関はなかなか安易にミスを認めないものです。
はじめは、のらくらとかわしていた新聞社側に、私は彼のASの特性を説明し、彼も切々と活字を杖として生きているということを語りました。(このときは感動するほどうまく語ってました)。新聞社側も感動して「申し訳ありませんでした。今後は真摯に取材をします」と深々と頭を下げてくれました。

ただ・・・残念だったのは、彼が自分のためにマスコミが謝罪するという「世紀の瞬間」を見ることがなかったという事です。
その瞬間、彼は自分のナップサックを取り立ち上がってスタスタと歩き出していたからで「話は終わったと思ったから帰ろうとしていた。頭をさげてくれていたなんて、すごいなぁ、見たかったなぁ」という残念な出来事もありました。


トマトさんのコメントで、近所の人の「遠慮の心理」があったことが分かりました。僕も「隣近所のお節介が無くなった」と指摘したかったので、同じことを指していると思います。昔から、AS家庭は地域サポートを受けていたと想像しています。(AS家庭だけではないですね)
「核家族」は、望まなくても形成されるという状況もご紹介頂きました。
その息子さんに限らず、ASに介護はとても難しいと思います。(介護に苦労はつきものでしょうけど)なぜなら、パターンの押し付けになりがちと思うからです。繰り返し練習すれば多くの事ができるようになると思いますが、できる様になるには、すべての失敗を乗り越える必要があるという感じです。特に緊急対応は、苦手ですね。
ASは「間を取り持つ」のも、得意ではないでしょう。「知識レベルのサポートが必要」か「生活レベルの支援が必要」かは状況によって、変わるということが今回、学べました。有難うございました。

新聞社のエピソードは、彼が日頃から常々考えていることを発表する機会を与えられたということだと思います。新聞社で面会する直前にも何を言いたいのかまとめる時間が持てたのでは?相手の反応に関係なく、一方的に滔々と語り切ったと思います。
「相手が謝罪の気持ちを持つ」よりも、「言いたいことを全部吐き出してスッキリ」の満足度が数倍あったでしょうね。

こんばんは。

私が「否定的と思われる返答」をしてしまいがちなのは、【何か別のことをしていたり考えたりしているときに話しかけられる時】です。

たとえば、会議録を作成中に(期限に余裕はあります)「ちょっと銀行へ行ってくれないかな?」などの別の仕事を頼まれた場合、余裕があるからできるしやりたくないわけじゃないのに、返事が遅れたり「できません」と言葉が勝手に出ているときがあります。
しまった!と思い「あっできます。行きます」なんて言える場合はいいのですが・・・そうもいかない場合もあり(冷や汗)
たぶん「予期していない出来事」に当たるんだと思っていますが、相手の心象はいくら『障害所以』と説明しても、その時はわかってもらっても実際にそんな返事を私からもらってしまうと気分は良くないので、私の評価は落ちがちです。


会話に意識を向けているときであれば、トマトさんが書かれている
>なにしろ定型は、自分がそれほど寒さを感じなくても、老人がいかにも寒そうに「今日は寒いねぇ」と言うと相手の感覚を想像して「そうですねぇ、風邪をひかないように気をつけてくださいね」と同調できる

といった会話はできます。
私の場合は「お互いに風邪には気をつけましょうね」とやっぱり自分側にも引き込みますが・・・


あとは単純にパンダさんは
『(朝から)暑いね』といったことに対して
パートナーさんは
『(朝は暑いけど今はだいぶ汗も引いたし)えっ?涼しいよ』
なのかな?と思ってもみました。
家の中では本当に「会話に気を使って話す」ことをしないので、【外用の自分】に比べて否定的な返答で返す場面が多いです。

そして
>子供の頃にずっと否定され続けてきたからそのせいでそういうふうに自然に反応する
に関しては、そのような環境が持続していく中で、ASD当事者が、まず最初に否定で返答をすることが『返事として、より正しい行為』という風に認識してしまうとそうなりがちなのかな、と感じています。

トマトさんのアスペの方は受け入れゾーンが小さい、という話、なるほどなるほど、と思いました。そう考えてみると、たとえば「なんで人の考えていることがわかるわけ?」とかアスペの方はよく言いますけど、それも「人の考えが完全に一致すること何てあるわけない」という確信を持ってるから、という気がするんです。

定型の方はその辺、まあ大体一緒だったら「同じ」でOKになっちゃうことが多いと思うんだけど、アスペの人にはそういう「いいかげんさ」は許せない。ストライクゾーンは極端に小さい。

そうすると、同調が苦手と言うよりも、違いの方にすぐ目が行っちゃって、まずはその違いの方を言うようになっちゃうんじゃないでしょうか。そうすると「まず否定」ということになる。


あと、小梅さんの「まず最初に否定で返答をすることが『返事として、より正しい行為』という風に認識してしまう」という理解の仕方もなるほど~、と感じちゃいました。

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