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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年8月 2日 (木)

会話の意味の意味

 「会話の意味」にびっくりするくらい皆さんがコメントを遣り取りして下さって、ひとつひとつお返事を書きたいのにもう無理になってしまいました (^ ^;)ゞ

 とは言いつつ、たとえば小梅さんのコメントとか、さかなやさんのコメントとか、雑談と言うことがアスペの方にとってどれほど大変な作業なのかと言うことをなんかしみじみ感じさせられた気がします。
 いや、同じようなコメントは確かこれまでにもいくつかいただいていたと思うし、パートナーも同じようなことを何度も言っていたんですけど、頭ではわかってももうひとつぴんと来ないまんまだったんですね。それが今回は「ああ、それならしんどいだろうなあ」とちょっと感情レベルでもわかる気がしました。そりゃあ苦労だよなあ、という感じで。

 ひとつには玄さんの解説も私に効果があったのかも知れません。

「ASは、発言内容が文章的にあるいは客観的に「正しいかどうか」のマインドシェアが高い傾向があります。私にも根底では「お互いの間違いを正し合うために、会話は行われる」ものだという位置付けがシッカリと横たわっています。相手の言葉の誤りを直してあげることが、話し相手として選ばれた自分に課せられた役目と受け止めているのです。「ねぇ話きいて!」→「今から言う私の発言をチェックして下さい」という字面通りの理解です。」

 というところとか

「「雑談レベルで疲れないか」簡単に言えば、「雑談というレベルはない」ということです。雑音のひどいラジオを真剣に聞いている感じでしょうか。発言内容を抽出するのが精一杯で、雰囲気とかニュアンスとかは無視せざるを得ない。そういう風に、「表情・口調・雰囲気」をあえて排除しないと情報が手に入らないという感じです。疲れない会話はないですね。無言がラクです。「話を聞いて欲しい」と頼まれたならば、真剣に聞くまでです。話は跳ぶかも・・!」

 というところとか、ふーん、そういうことなのかあ。と思わせられる。

 玄さんには私のパートナーが返しが厳しいというご意見を頂きましたが、パートナーが言うには、やっぱり仕事の中ですごく緊張して頑張って「雑談」や「会話」に対応して疲れ切ってるんだそうです。だから、家に帰ってまで緊張して「雑音のひどいラジオを真剣に聞く」元気もない。それでストレートに「だからどうだっていうの?」という反応が返ってくると言うことです。皆さんの意見を聞いて改めてそのことを考えると、ああ、それじゃあ無理もないかなあと思えます。やぱり仕事から帰ってきた後はしばらくは話しかけずに休ませてあげる必要がありますね。

 それと玄さんの

「「もやもやしてハッキリしない状態」で話し掛けて、しゃべりながら論点を整理したり解決策を探ったりは、私はありますよ。でもそれは自問自答を声に出しているだけです。パンダさんもその状態では相手の反応を必要としてはいないのでは?」

 という質問についてですが、面白いことに私の場合はやっぱり相手の反応が必要なんです。自問自答しているだけだと、下手をすると同じ所を考えがぐるぐる回ってしまうこともある。でも人と話をしていると、自分が気づかなかった新しい視点とか、そういうものをもらえたりするんですね。それから相手の人の意見を聞くことで自分を客観的に考えられるようになったりもするし。そういう意味でどうしても必要なんです。そういう点での玄さんと私の違いが面白いなあとすごく思いました。

 それに対してyukipomさんの「雑談するアスペ」って面白いですね。「人と話すことで生まれる気づきがとても魅力的なので楽しいと感じられてる」という感じもすごく素敵だなと思いますし、共感します。ところがそういうyukipomさんも「でも意味もなく話をするのはやっぱり苦手かも」と書かれたりする。もちろん私も全然なんにも意味のない話を続けるのは無理ですけど(そうなったらだんだんいらいらしてきてしまいます)、yukipomさんのおっしゃる「意味もなく話をする」というのとはどこか少し違うのかも知れないですね。よくわかりませんが。

 トマトさんは相変わらず定型の側から、鋭くアスペの知人の方の特徴を捉えて紹介して下さって面白く読ませていただいています。相づち争奪合戦惨敗の話はおかしかったです。相手の方のなんともきまじめな答え方がほんとにアスペの方だなあと言うか、真面目で誠実だなあと言うか。いやあ、今回アスペの皆さんが書かれていること、ほんとに真面目に誠実に話をするんだ、という話が多かったですね。僕等みたいに(?)気楽にいい加減に話をしないから、そりゃ疲れるわ~と思います。

 Glassfishさんの

「私の発言が夫に無益で有害だったので、もう許してもらえない気がしています。間違いや許しについて、また機会があれば教えていただけるとありがたいです。」

 についてもつらつら考えるんですが、なんか許してもらえるかどうかと言うよりも、とりあえず今は夫さんがテストもやってみて「私はそうではないんだ」と思われている、そこのところをとりあえずの出発点として共有しながら、改めて時期を待つしかないんじゃないかなあという気がします。夫さんもGlassfishさんに指摘されることで、たぶん心の片隅でいつも自分が沿うではないのかについて、気にしているんだと思うんですよね。表向きは否定されても。で、そういうところに注意を向けていると、少しずつ「あ、もしかして自分はそうなのか?」というような思いがたまってくるかも知れない。そう言うときにいい本に出会ったりすると、「ああ、やっぱり自分はそうか」となるかもしれないと思うわけです。絶対そうだとも私は言い切れませんけど、なんかそういう機会を気長に待つよりない気がするし、それでいいんじゃないかなという気がします。

 で、ヒロさん、お久しぶりです
 本なんですが、その地方の大型書店に行けば置いてある可能性が高いと思いますけど、町の小さな本屋さんでは在庫はないと思うので、どうぞ注文してやって下さい m(_ _)m

 ゆったりのんびりさんはさかなやさんへのコメントですね。横割りで失礼します。「回復への階段」という言葉がちょっと気になりました。というのはアスペの方はアスペの方の特徴があって、それは遅れてるとかどうとか定型と比較してもあまり意味が無くて、定型とアスペのそれぞれの特徴を活かしながら、どうやってお互いのズレやそれによる摩擦を軽くしてちょっとでもうまくやっていくか、というのが大切なんじゃないかなあと思うからです。私の読み間違いでしたらごめんなさい。
  

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コメント

パンダさん、私が迂闊に夫に告げてしまったことに対して、いつも温かいお言葉をありがとうございます。
そして、前回コメントさせてもらった日に、日本から「アスペルガーと定型を共に生きる」が届きました! 一気に読みました!!
いや~~~壮絶ですね、東山夫妻。うちの夫は本の伸夫さんを10倍希釈した程度ですが、それでもショックを受けていた私としては、カレンさんの苦悩はその何乗?と計り知れないです。

それでも、最後の伸夫さんの「必然」というところのカレンさんへのお言葉を呼んで、うるっときてしまいました。奥様に対する、最高の褒め言葉のように感じられました。
夫婦間であんなこと(あくまで本で知っただけですが)があっても、こういう展開もあり得るのだ・・・と、それなりに「あきらめない」私としては興味深かったです。

で、最後のはる菜さんの文章では、とても感動して、涙が出てきました。
お父さんの理路整然としたところと、お母さんの情に厚く一生懸命なところを、ちゃんと受け継いでおられるような・・・

まずはひと通り読んだ感想ですが、アスペルガー云々はともかく、夫婦関係に悩む私にはとても参考になる本でした。また考えながら読み返してみたいと思います。
東山ご一家はもちろん、このような場を提供していただき、ご夫妻の軌跡をまとめてくださったパンダさんに感謝です。ありがとうございました。

パンダさん、たくさん取り上げてくださり有難うございます。(^^;) パンダさんは、パートナーさんとおしゃべりしたいんですね。彼女が疲れて帰ってきて、ソファーかなんかで休んでいるとして、パンダさんに試して貰いたいのは「缶ビール+メモ紙に『お疲れさま』」です。音声を使わないコミュニケーションを楽しんで頂きたい。世の中「Face to Faceが最高で万能なコミュニケーション」かのような風潮なのがASを生きにくくしている気がします。「声や表情をメディアとするコミュニケーション」が得意なグループが多数派であることは事実ですが、人間はそこに偏らず、他のメディアも操れるはずです。(夢を語りすぎ?)

Glassfishさんの「もう許してもらえない気がしています。」について、今のお二人の関係が分かりませんから軽々なことを言ってはいけませんが、私の感覚では、「その構文は間違っている」という指摘はしても「怒る」とか「許さない」とか、ましてや「ひきずる」は、あんまりない気がします。表情からは判りにくいかもしれませんが、大丈夫な可能性はあると思うんです。

パンダさん はじめまして。
「アスペルガー」を調べていて、このブログにたどり着き、過去記事含めてたくさん読ませていただいています。『アスペルガーと定型を共に生きる』もようやく手に入れました!これからじっくり読みます。

実はいま、仕事上のパートナーのことでどうにもこうにも困っており、相談する相手もなく、思い切ってコメントさせていただきました。
仕事上のパートナーは男性で、恐らくアスペルガーとADHDだろうと思われます。私は女性で、たぶん定型だろうと思っています。ここ10年ほど一緒に、共同経営のような感じで会社を続けています。
困っているというのは、2週間前ぐらいに、彼が「俺はおかしくなった」と急に言い出し、私との会話が全く出来なくなってしまったのです。例えば、「今日の予定は?」と聞くだけでも、返事が返ってくるまでに10分以上かかります。ときには、「ごめんなさい、ごめんなさい、わかりません」とパニックになります。仕事の打合せをしていて、私が質問すると、急に席を立って、違う部屋へ行ってじっとしています。
こうなってしまった経緯として彼が言うには、私が他のスタッフの愚痴を言ったり、腹を立てたりするのを聞くと、どうしていいかわからなくなって怖い、ちゃんと整理して話をしないと私をいやな気にさせてしまって怒らせるのが怖い、と。

確かに、私はスタッフの生意気な態度に対して「バカにされている」と愚痴っていましたし、イライラしている態度を彼に見せていました。彼の発言に私が勝手に傷ついて、怒り出したり、悲しくなって落ち込んでしまったこともあります。
彼のことを、アスペルガーではないかと気づいてからは、私のほうでも気をつけて感情的にならないように努力はしていたのですが・・・。
私のこと以外でも、仕事そのものも難問が多く、仕事仲間の人間関係でのトラブルも多少はあったようですので、たくさんのことが本当に積もり積もってしまい、とうとう彼の中で何かが壊れてしまった・・・のだろうと思います。

現在、私以外の仕事上の人たちに対しては、ほとんど今までと変わらない態度で接することはできているようです。が、私とは話ができません。仕事が滞るのはもちろん問題ですが、それよりも何よりも、彼が苦しんでいるのをそばで感じるのが本当につらいです。
これまで、彼と言い合いになったりすると、彼は「全部、自分が悪い」と自分を責めます。
あまりに自分を責めるので、ちょっとマズいのでは、と思っていたところで、こういう状態になりました。私自身、もっと彼に対してどうにかできなかったのか、とずっと考えています。

どうにか少しずつでも彼の状態が落ち着くように、少しずつでも話ができるように、なんとかしたいと思っているものの、どうしてよいかわからず、途方にくれています。
パンダさん、そしてこのブログを読んでいる方々、皆さんのご経験の中で何かヒントになりそうなことがあれば教えていただけるとうれしいです。
いま彼が、いったいどういう状態にあるのか、それさえも多分、私は理解できていないと思います。彼と現在の状態について、話をすることもできません。自分以外の人間のことを100%理解するのは不可能だとはわかっていますが、理解する努力は続けたいと思っています。

初めてのコメントでなんとも重い内容ですが、どうぞよろしくお願いします。


kaiさん

 はじめまして。よろしくお願いします。

 重たいというか、むつかしいなあ、というのが私の素直な感想です。
 「怖い」とか「私が悪いんです」とか話ができなくなるとか、
 なんか共通するような例を私も体験したように思うんだけど、
 私自身、その例についてはどうしていいものだかほんとにわからなくて、
 いまだにいろいろかんがえたりしているという感じです。

 話しも出来なくなるくらい怖いってどうしてなんでしょうね。
 特に相手の方は男性な訳で、単に力の問題ではないでしょうし。
 もちろん心理的に怖いということなんでしょうが、
 その中身が私にはぴんときません。

 もしかするとKaiさんも私も「精神的な強者」に属していて、
 弱者の気持ちを理解しにくいのかなあと思ったりもします。

 とりあえず私が書けるのはこの程度のことでしか無くて、
 またみなさんのお話しとかヒントがあれば考えたいです。
 たよんないはなしですみません。

パンダさん

「回復への階段」は解釈の通りです。
私もASさんたちのコメントを読んでしっくりこなかったので、
アスペルガー症候群の問題を端的に表現しました。

しっくりこないのは、
 そこまで他のASの方の気持ちがわかるのなら、普通の人の気持ちも分かるのでは?
 コミュニケーションもできるでしょう。なぜ、そこになるとしんどいというの?
 しんどいだろうけど、実害を被るのは伝えた側だよ。
 だから、しんどいのは分かるが努力してくれよ。そうすれば、こっちも努力するから。
 そこからコミュニケーションが始まるんでしょう。
という、気持ちがあるから。

普通の人とコミュニケーションのとれな人で、コミュニケーション?
という興味から、コメントを拝見していたら、どうもASとACのコミュニケーション
になっているようなので、根本のアスペルガー症候群に一度もどる方が
いいのではと思い、ストレートな表現をあえて使いました。

そういうことですので、パンダさんに解釈に間違いないです。

荒らすつもりはありませんので、これで失礼します。


トマトさん

幼児期に悟性は発達していませんから、無駄ですよ。
無駄というよりも、脳の発達障害をまねきますから
しないほうがいいですよ。

早期教育や長時間の画面視聴が脳の発達を阻害することが
分かってます。
親の愛情不足や躾ではないと言ってきてるので、不都合な結果は
あまりとりあげられないのかな?
調べてみると面白いと思いますよ。

ゆったりのんびりさん

 「 そこまで他のASの方の気持ちがわかるのなら、普通の人の気持ちも分かるのでは?
 コミュニケーションもできるでしょう。なぜ、そこになるとしんどいというの?」

 これ、ASと定型を立場入れ替えて読んでもそのまま通用しません?

「回復」には正常なものが損傷を受けて、時間を掛けて戻るイメージがありますが、ASは「正常・損傷、戻る」という概念にそぐわないものだと私は思っています。成人ASのありようは、成長結果のバリエーションとして解されるのが、実態に合う気がするのです。(小児は、どの様にとらえどうしたら良いのか、まだ勉強不足です)

私は、他のASの方の「気持ちが分かる」と思ったことはありません。他人の気持ちが分からないという点で、その「他人」が定型かASかどうかは関係ないです。ただ、経験的にASはインプットされた「情報」とアウトプットされる「言動」の関係が自分と非常に似通っていると感じられるので、その「他人」がASだとしたら?という場合の「次の言動」を予測することには慣れています。結局、私にとってブラックボックスなことには変わりありません。さらに言えば、自分自身の気持ちの捉え方も同様で、「次の言動を予測し慣れたブラックボックス」です。
個人的な「悩み」の域かもしれませんが、1、定型の方はコミュニケーションを本能的にやっている。2、定型の方はASにもコミュニケーションを求めている。というベースがあり、3、ASは定型の求める「ニーズ」を掴めていない。

特にこの3番を互いに「共有」できていないことが、互いに徒労感を抱く原因なのではないでしょうか?

定型は1番3番で「言わなくても分かるようなことを、やってくれない」と感じ、ASは2番3番を薄々気づきながらも、自分の対人スタイルが変わることによるリスク(インプット情報過多でオーバーフロー→パニック)の懸念が大きく、より事態が悪化することを恐れて踏み込めない、という状態を想像します。
努力、ってよくわかりません。何か物事をするときに、当たり前のことをしているのに「努力してるね」と言われることもあります。不十分なこともあります。「努力しろ」は、非常に曖昧なアドバイスと思われます。

玄さん、またコメントをありがとうございます。
夫はもともとよくしゃべるし優しい人でしたが、時々それと反して急に冷たかったり悪意があるかのような言動をされ、その都度私が泣いたりキレたりしていました。
環境の変化が重なって私のうつ症状がひどくなり、夫から「結局俺が何をやっても不満に思うんだろ。お前は狭量すぎる。もう無駄な努力はしないから俺には期待するな。俺達は合わなかったということだ。夫婦としてはもう無理だから、ただの共同生活者になる。子どもたちのためだけに我慢する。お前がどうしても嫌だというなら出ていってやる。」と言われました。それ以来、目も合わせず、必要最小限の事務連絡以外は夫と話すことはなくなりました。子どもたちの相手は時々するし、自分の分担だと決めた家事はしてくれます。自分の目標に向かって仕事?をしていますが、3年ほど収入はありません。
こういう現在の夫の態度が、私がキレたりして夫を苦しめてきたことへの仕返しなのか、アスペ的「自分モード」への切り替えなのかわかりません。アスペだと思えば今までのズレも納得できることが多いので、「ひきずる」ことがないという玄さんのコメントにすがりたい気分です。ちなみに私はずっとひきずってます。(笑)

トマトさんや玄さんの教育に関するコメントで思い出したのですが、子どものために特に教育面で個性を尊重する国に移住したいと言い出したのは夫でした。日本企業の会議やワークスタイルも「無駄で疲れる」と言ってたので、ちょうどよかったのかもしれません。

今更ですが、とりあげていただいてありがとうございます。

意味もなく会話するの意味ですが
その気持がないのに相手に合わせて話をするという感じでしょうか。
なんというか核心がない話というか。

相手「暑いねー。」
自分「そうだねー。」
相手「昨日よりも暑いねー。」
自分「そうだねー。」
相手「昨日テレビで○○さんが出てたよねー。」
自分「へー、そうなんだー。」
相手「うん。出てたよ!観てない?」
自分「観てないなー。ごめんね」
相手「じゃあ、いいよ。またねー」

これだとぽかーんってなります。何が話したかったんだろう??という疑問が消えない。
とりあえず「そうだねー。」って言えばいいんだろうなってことは理解していますが
何が言いたいのか見えてこない話はモヤモヤします。

なので、私が話せるジャンルは
「仕事のこと」「趣味のこと」「相談」「ブレーンストーミング」
といった目的を伴う話です。
そういう話だったら話ができますし
「コミュニケーションを取る」という目的を持てば
冗談を交えながら会話するということも出来ます。
なので、いわゆる雑談と呼ばれるものは自分としては
「相手の情報を収集し、コミュニケーションを取る目的の会話」
と判断しているのかもしれないです。
仲良くなりたいなぁって思いながら話をしてるからですね。

これは大人になってから出来るようになったことなので
自然に出来たことと言うよりは学習して学んだことですね。
相手を不快にさせないように会話する事も意識しています。
その為か、アスペルガーだと言っても「わからなかった」って
言ってもらえることのほうが多いです。
特性だけ見るとがっつりアスペルガーなんですけどね(笑)

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