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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年5月28日 (月)

「さびしい」と「甘え」

 パートナーと話をしていて、またいろいろ考えさせられることがありました。ああ、そう言えば最近はパートナーの方から問題を投げかけてくることもしばしばになりましたし、一旦話し出すと2時間3時間というのも珍しくありません。話を成り立たせることそれ自体が大変だった時期を思えば、本当に変わったものです。

 今日書いてみようかなと思ったのは「さびしい」という言葉の感覚について彼女と私(アスペと定型?)の間にあるズレについてです。

 先日、宿泊を伴う外出をすることがあって、パートナーは自分の仕事もあるし、夜は一人でお留守番だったんですが、帰宅後に私が「僕がいなくて、さぞさびしかったでしょう」と、まあ冗談半分本気半分の軽口を叩いていたんですね。そうしたら彼女は「全然さびしくなかった」と言うわけです。まあそう言われるかなあとも思ってはいましたが、でもやっぱり現実にそう言われるとなんとなくこっちが寂しさを覚えます。例の「自分なんて居ても居なくてもどっちでもいい存在なんかなあ」と感じてしまうからですね。

 嘘でもいいから(というとアスペの方は不信感をもたれるかも知れないけど)「ああ、ちょっとはさびしかったわよ~」と言うか、あるいは逆に大げさに「何を言ってるの、あんたなんか居なくてどれだけせいせいしたか、のびのびしてたわよ」とふざけて言って笑うか、なんかそういう展開を何となく期待してしまうわけです。

 で、そういう話をしていたら、彼女が言うには「だって、どこで何をしているのかわかってるんだから、別に不安もないし」という訳です。うーん、それじゃあどこで何してるかわかっていれば、全然一緒じゃなくても平気なんだろうか?会えなくて寂しいという気持ちはおこらないんだろうか?とそこで私は悩んでしまう。

 彼女の方はもし逆の立場だったとしたら、「さびしかった」といわれることはとてもしんどいことだと言います。これがまたすぐにはわかんなくて、何のことだろうと頭の中は?マークだったんですが、話を聞いてみると「さびしかった」と言われると、「出かけてはいけなかったのだ、ずっと側に居なければいけなかったのだ」と責められ、「今後は外出してはいけない」と制約をかけられているような、そんな気持ちになるんだといいます。それを聞いて私はびっくり。

 その中間はないの?と聞きました。別に相手の外出を否定することはないんだけど、でもさびしかったと言うことで相手を求めている気持ちを伝える。そういう「さびしかった」はないのかと聞くんですが、どうもこの辺りが感覚がずれるようで、お互いにうまく話が通じ合いません。

 なんだろう?もしかすると「甘える」という感覚になんかうまく通じ合わないところがあるのかも知れません。

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コメント

私も「さびしい」っていう感情がないことに数年前に気がつきました。
さびしがるのは、すごく面倒だし嘘だなと思うのです。

「さびしい」と訴えることは、相手の迷惑に繋がるという理解があります。
相手がいないことは「うれしいこと」ではないですが、わがままは言えないし
相手に用事や意向があるなら無理は言えない。
この前「別れたくない」というテーマがあったかと思いますが、同じ線上にあります。

パンダさんの「中間」という表現が衝撃でした。
「どこで何しているか分からない」((だからあきらめる)ということは想像力が弱いのかもしれませんが、「我がままを言わない聞き分けのいい子」の状態でもあります。逆は、相手を出張に行かせないほどの我がまま。「死んじゃう」と言うかもしれません。僕にとっての「中間」は、我がままを言い通せないが不安感に囚われており、感情の行ったり来たりで、ほかの事に全く手がつかなくなってしまう状態です。あるいは頻繁に電話をするかもしれない。
パンダさんの求める「中間」は、僕にも理解できませんでした。パンダさんが求める状態は「心がモヤモヤした状態」のように読めます。ASなら落とし所は「モヤモヤが無い」状態を求めると思います。だから、「落とし所」の話をしているはずなのに腑に落ちない提案をされるので話がかみ合わないのでは?
さかなやさんのコメントは端的です。相手に迷惑を掛けないのは自分への嘘つき。自分の気持ちを伝えれば相手に迷惑。中間は相手にも自分にも邪魔で面倒で日常に差し支える。それだったら「さみしいきもち」なんて要らない。。。僕は「感情がない」とは言わない立場です。ASの処世術として感情を考慮しないほうが面倒が起きないという考えは上記の通りで、「トラブルの少ない経験則」と「気持ち」の折り合わせのために「自分には『感情』がない」と解釈しているというASの方は散見されると思います。

年末年始に実家に帰ったときに、スカイプで娘が夫に「一人でさみしい?」と聞いたら、「ううん、全然」と返されて、娘はショックを受けていました。最近もお泊り会に出かけていた子どもたちに向かって「おまえらがいなくて仕事がはかどった」と言っていたので、後で夫の言葉の意味を(想像して)子どもたちに説明しました。

こんな風に傷つくのはこっち側ばかりだと思っていたので、パートナーさんの「さびしい」と言われるとしんどいという感覚は衝撃的でした。
そう言えば、夫が数カ月単位の出張が決まったとき、ごく当たり前のように「さみしい」と言ったところ、「仕事が順調なのを喜んでくれるかと思ったのに」と返されました。もちろんそれは嬉しいけど、それとは別に家族が離れ離れで数ヶ月暮らさなきゃいけないのは単純にさみしいと説明したのですが、その二つを並べて考える意味がまったくわからない、と。
パートナーさんと同じような感覚だとしたら、夫は私に責められているように感じたのかもしれません。
そういうのが積み重なって、異常なくらい寂しがりなのは親の愛情が不足していたせい、と夫は結論づけているようです。ただ、夫の言葉で涙をためている娘の様子を見ていると、うまく説明してあげるのが私の役割のように思います。そういう意味で、今回もとても参考になりました!

起き抜けの短文で説明不足があり、すみません。
玄さんのおっしゃる通りだと思いましたが、少し補足します。
かつては「さびしがろう」としていました。
でも上手くいかず、悪い結果になるばかりだったので、やめました。
それで、もともとなかったものを無理に振る舞おうとしていただけなのかなと思うに至りました。

「いないからさびしい」というのを「AだからB」と言い換えると、私にはAとBが「だから」によって結ばれません。
事実Aと感情Bを結びつけるときの「だから」という記号のかたちや、使い方が違うのかもしれないですね。

相手の感情として「いないからさびしい」まではわかりますが、「さびしくないからいなくてもいい」というのは驚きの展開です。
「さびしい、さびしくない」と「そばにいること、不在であること」は全く別のことだと認識していて、結びつかないのだと思います。


引用してしまって恐縮ですが、さかなやさんの発言の

「事実Aと感情Bを結びつけるときの「だから」という記号のかたちや、使い方が違うのかもしれない」

に、なるほどと思いました。

「そばにいるけど(または、そばにいることとは関係なく)、さびしい」
「そばにいないので(または、そばにいないし)、さびしい」
「そばにいるので(または、そばにいるし)、さびしくない」
「そばにいないけど(または、そばにいないこととは関係なく)、さびしくない」

いろいろな形の「さびしい」があることが、コミュニケーションを困難にするのかもしれないと思いました。単なる感想で失礼しました。

玄さん

 玄さんが「中間」にびっくりされたということにびっくりしました (^ ^;)

「パンダさんの求める「中間」は、僕にも理解できませんでした。パンダさんが求める状態は「心がモヤモヤした状態」のように読めます。ASなら落とし所は「モヤモヤが無い」状態を求めると思います。だから、「落とし所」の話をしているはずなのに腑に落ちない提案をされるので話がかみ合わないのでは?」

 これ、「モヤモヤした状態」というのとも違うんですよね。たしかにはっきりしていない状態ではあるんだけど、それは「不安」とか「不快」なものではなくて、「相手に対して気持ちを開いている状態」でむしろ「快」だったり楽しかったりする状態なんだと思います……っていう説明がまたわかりにくいでしょうか???

 アスペの方って何か問題があったときに、自分で考えて自分で結論を出す、ということをすごく重視されて、人に意見を求めることが少ないような気がするし、いずれにせよ「最後は自分が決めること」そして一旦決めたら揺るぎなくそうすることが大事、という感覚を持っていらっしゃるような気がするんですけど、定型は(私は?)もっといい加減で、人に判断をしてもらったり、たよっちゃったりみたいなことも結構平気でするんですよね。個人差はもちろんありますけど。すくなくとも複数の人間でああでもない、こうでもないといいながら、なんかいい結論が見つかればいいや、という感じはある。これも「AかBか」を予めは決めていない中間の状態と言えないでしょうか。そことつながる気がします。


Glassfishさん

 そうですかあ。やっぱり私の所だけじゃないんですねえ!
 なんか変な言い方だけど、「自信」になります (^ ^;)ゞ
 カサンドラ症候群の逆ですね。一種の共感の問題かな?

さかなやさん

 「相手の感情として「いないからさびしい」まではわかりますが、「さびしくないからいなくてもいい」というのは驚きの展開です。
「さびしい、さびしくない」と「そばにいること、不在であること」は全く別のことだと認識していて、結びつかないのだと思います。」

 というのは驚きの展開です (笑)。

 アスペの方には「君が側にいてくれるから、僕はさびしくなんかないんだ」
 という言葉は意味無いわけでしょうか。うーん、面白い!

パンダさま

パンダさんがさびしがりというのはわかるのですが(笑)

>アスペの方には「君が側にいてくれるから、僕はさびしくなんかないんだ」
 という言葉は意味無いわけでしょうか。

そうか!ひとつわかりました。
「さびしい」よりも「さびしくない」の方が想像しにくいんですね。
なぜなら「さびしくない」のがデフォルトだからわざわざ意識しないし、人に伝える情報としてあまり価値を感じない。
「病気のときにそばにいられたくない」というのと繋がりそうですね。

FOXさま

わかりやすく整理して下さってありがとうございます。そうなんです。
この「だから」問題でギョッとされるようなことを言いがちなので、
「面倒だから黙っちゃえ」というズルもいたします。

デフォルトをもういっちょ。
「ひとりぼっち」がデフォルトで、その心理状態は「寂しくない」。これが基本。
「一緒にいる=寂しくない」とは出発点が違うと思いました。
だから、「一緒」状態は相対的には賑やかだけど、離れた状態になったとしても絶対的にはゼロに戻った程度かも。

さかなやさん、こんにちは。はじめまして。

私も、「そばにいる、いない」という物理的事実と「さびしい、さびしくない」という感情は、自分の中ではあまりリンクしないもので、さかなやさんの発言を契機に、(順列組み合わせで)ちょっと自分の頭の中を整理させていただきました。

「だから」問題・・・他にどんなものがありますかね。私の場合、自分で自覚していないものも多いのかもしれません。


FOXさん

私がよく人とすれ違うのはこんな感じです。
(私AS)理屈はこうだと説明した +「だから」+相手は納得するはず(しない相手がおかしい)
(相手 定型)理屈はそうだ+「けれど」+人間ってそういうもんじゃない(さかなやがおかしい)

仕事でもあります。
(私)仕事+「だから」+結果が大事で、雰囲気関係ないだろ
(相手)仕事+「だからこそ」+円滑な雰囲気のなかで最大の結果が出せる

こうなるともう、収集つかないので「黙るモード」発動になります。

さかなやさん、

ご説明ありがとうございます。「だから」問題と「黙るモード」、よくわかりました。

私の場合だと、仕事の場面で、

(私):理屈はこうだと説明した(正論である)+「だから」+こうすべきである
(相手):理屈はそうだ(正論だ)+「けれど」+現実的には諸事情あるため難しい(察してほしい)
(周囲):事情を察して空気を読めといったオーラ全開(おそらく)
(私):気づかず
(相手):諦めて(?)黙る
(私):話が尻切れトンボに終わって不可解

といった「相手が黙ってしまう」パターンが多いかもしれません。後になって気づくこともあるのですが(直後に周囲に言われたり、場合によっては何年も経ってから理解したり)、もう後の祭りで、その出来事に関しては修正がききません。

経験は蓄積されますので、そのたびごとに学習しているつもりではありますが、なかなか応用がきかないことも多そうです。

同じ相手と、同じ話題で何度も繰り返せば、相手が期待しているであろう応答もできるようになったりするのですが・・・

比較的「変わり者」に寛容な職場で働いているので、今のところなんとかなっていますが、私も「黙るモード」を発動できるようになった方がいいのかもしれません。次の機会があったら(気づいたら)チャレンジしてみることにします。

ちょっと本題からはずれた話になってしまったのに、お付き合いいただいてありがとうございました。

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