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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年5月18日 (金)

笑いのツボ

 一つ仕事を終えてはふーっとため息をついて休み、また少し力を貯めて次の仕事に取りかかる、という感じの日々を送っています。一日にいくつでも並行して仕事を切り換えながら進めていたころとはやっぱり違いますね。本来の私は今のようなテンポの方が合って居るんだと思うんですが (^ ^;)ゞ

 パートナーとやりとりしていて、「冗談」というのがなかなかお互いに難しいなあと思います。こっちはユーモアのつもりで言ったことで気分を非常に害されてしまったり、パートナーが気楽に言った言葉にこっちが傷ついてしまったり。

 アスペの方は「常に文字通りに理解する」とよく言われますが、もしそうだとするとそもそも「冗談」は一切成り立たないことになります。だって「冗談」っていうのは「本気」でないことを言うわけで、でもほんのちょっと本気も混じってたりするっこともあったりなかったり、その微妙なズレや曖昧さを楽しむわけですからね。「文字どおり」の世界しか無ければ通用しないことになります。

 ただ、ほんとにそんなに単純なのかなとは思うんです。だってアスペの方だって意外に冗談ぽいことを言うことがあるような気がするし……具体例を今すぐ思いつかないので説得力が無いんですが (^ ^;)ゞ


 いずれにせよ、仮にアスペ的冗談があったとしても、定型的冗談とはその「ツボ」がすごく違う場合が多いんでしょうね。ああそういえばテレビを見ていてパートナーが面白い場面で「ツボにはまった」と笑い続けることがたまにあります。その場合は私もちょっと面白く感じていたりしているので、全然重ならないわけではないと思うんですが。

 あと、私の場合はそうやって彼女が楽しそうに笑っているのを見ると、こちらも笑いたくなるし、なんかほんわかと幸せな気分になるんですが、その逆はどうなんでしょう?ないとも断言できないけど、やっぱり少ないとは言えると思います。そこは定型的には残念というか、悲しいところですね。もっともアスペの方でも人によっていろいろかもしれませんけれど。

 定型にとっては「冗談」は人間関係の潤滑油みたいなもんですから、いい関係作りには欠かせないもののように思いますし、だからこそ、そこにズレがあったりすると、関係がぎくしゃくしてしまいますね。

 それがどういうズレなのか、なんか今の私にはわかりません。大きな謎の壁として立ちはだかっている感じです。みなさんはどう感じられるのでしょう。

 

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コメント

ぱんださん、こんにちは。

笑いのツボについて、私が思っていることを書きたいと思います。

私と彼は、笑いのツボが全く違います。テレビを見ていても、それぞれ笑うタイミングが違います。彼が笑うときは、あぁ、彼にとってこれが面白いんだなぁと新たな発見があったり、笑ってる彼を見て、ほのぼのしたりします。
でも、逆はなく、私が一人で笑って寂しくなる…というパターンが多いです。ぱんださんの書かれた内容に近い感じでしょうか!?

そういえば…彼は冗談をあまり言わないことに気付きました。新たな発見です。パンダさん、ありがとうございました(笑)振り返ってみると、冗談を言うのは私で、サラッとそれを聞き流され、反応がなく、寂しくなる…これは何度も経験し、今では全く気にしませんが…
彼は冗談を言わないなぁ…むしろ、物事を一生懸命説明するというか、真面目というか、そんな感じに思えます。もっと冗談っぽく、気楽に考えられるといいのになぁと、何度か思ったことがありました。
冗談を言い合うこともなく、冗談も通じず、一緒にいて楽しいの!?と、周囲からは言われるのが目に見えています。私はそれなりに居心地良く、楽しんでいるのに、それを分かってくれる人がいない、彼との関係を否定される…そちらの方が、今は寂しく、辛いです。きっと周囲の友人は、私のことをすごく心配してくれてるんだとは思ってますし、ありがたいとも思ってます。

いろいろ書いてしまいました。まとまらずごめんなさい。でも今、こうして落ち着いて考えられるのも、このブログのおかげです。また、このブログで知ったことや気づいたことに関係する本を読んだことです。
また、いろいろ勉強させてください。本の出版、楽しみにしています。

笑いのツボは、違うかもしれませんね。でも、違うことが寂しい感情につながるのは残念です。テレビは想像するに、ASが「各人が必要な部分を抽出して楽しむもの」と捉えているのに対して、定型は「一緒の部分で同じ反応をして、楽しむポイントが同じであることを確認しあうもの」という認識??僕が、むやみに笑わないのは、反応のポイントが違うことが周囲に伝わって面倒だからかもしれません。

冗談は、すごく難しいです。なぜなら捉え方として、嘘と冗談の区別がつき難いからです。起きて欲しくないことを相手が口走ったとき、本当にそうしたいのか、こちらを試しているのか、ありえない事を冗談として言ったのか、判断がつかなくて硬直してしまいます。同時に、嘘も冗談も、「本当でないこと」ならば、気付かなかったフリをして聞き過ごせば、「相手が嘘をつかなかったことにできる」、、、という結果に賭ける期待もあります。
僕は、冗談は言いますよ。全く起きえないこと、あるいは「こうなったらいいけど、まさかね!」といえるポジティブネタ限定にしています。ネガティブネタは、言わないでおきます。

れおなるどさん

 最近の「彼(?)」との様子をうかがっていると、最初のころとはほんとに変わられたんだなあとちょっとおどろきます。一度は別れられたと言うことがかえってふたりにあった関係を改めて作るきっかけになったのでしょうか。結婚した夫婦の場合には一度離婚話までいって変わると言う場合があるわけですけれど、それをもしかしたらすごく早い時期にすませてしまわれたのかも知れないですね。今後どんな風にお二人が進んで行かれるのか、そういうと失礼かも知れませんがちょっと楽しみです。

玄さん

 やっぱりアスペの人でも冗談いいますよね。それと相手が冗談ぽいことを言ったときに、それが本気なのか冗談なのかを迷う、ということは定型同士の場合にもあります。「冗談とも本気ともつかない」と表現されるような場面ですね。でも大体は「自然に」区別してしまうことが多いわけですけど、それは何でなんでしょう?
 一つには話ながら「これは冗談だよ」というサインを出していることがあります。たとえばにやにやしながら話をする場合。このにやにやは「冗談」サインのことが多いですね。あとは必要以上に大まじめな顔をして言うときもあるかな。これも大げさに言うことで「冗談だよ」というサインにしています。むつかしいのは普通にサラッと言うときかも知れませんね。そのときは話の流れで判断したり、相手がそういう場面で冗談を言う人かどうかの性格から考えて判断したり、そんなことをしているような気がします。

私の友人のASの男性は、よく冗談を言います。
と、いうよりほとんどの会話にジョークが付きまくります。そのせいか、友人も多く特に女性友達が多いです。
先日・・・友人の父親の施設探しに同行し「大切な事」は、友人の代行で私が施設職員さんや福祉の人に質問したり交渉したりしていました。(彼は相手の言った要点を記憶しないし勘違いしまくるからです)
6件目で良い物件があり、無事、友人の父親の受け入れ先が決まりました。

ファミレスで乾杯して、つい「あぁ、疲れた。くたくただわよ」と愚痴をこぼしてしまいました。
すると友人も「僕だって、今日はすごく我慢したんですよ。あなたに怒られると思って!」と真剣に猛抗議されました。
彼の我慢したこと。それは「冗談やダジャレを言わない努力」だったのです。
そういえば・・6件目で決定したとき、施設の職員さんが「カーテンは防炎タイプを購入して下さい」と説明した瞬間「望遠・・・なぁんちゃって」と両手を丸めて望遠鏡をながめるポーズを
した彼に、周囲はつい笑ったのでした。
いや、それが悪い・・というのではありません。和んで良かったですよ。
ただ・・・真剣な場面でも、真剣であるべき場面でも、つい茶化すようなジョークを飛ばし、相手を怒らすようなことが多々あったので「とにかく今日は、ダジャレやジョーク禁止ね」と言い聞かせて、施設探しをしていたから、彼は「僕もとても苦労した」と切々と訴えたのです。

ジョークやダジャレはコミュニケーションの楽しい潤滑剤です。
でも、それらを言っても良い状況かタイミングか、がさっぱり解らなくてクセのように茶化してしまうのは、人間関係を悪化させてり悪く誤解をされてしまいます。
「楽しい人」という印象が「腹立たしい人」から「奇妙な人」になってしまうことも多々です。
警察官も医者も近所の人も福祉の人も・・・皆、この「ジョーク返答」のせいで彼を一端は誤解していろんなトラブルが起きました。
でも、ASで悪気が無い・・と知ると、皆、好意的に接してくれています。
私も、明るくてついジョークを言ってしまう友人を、腹が立っても見捨てられません。

トマトさん、なごむ話を有難うございます。気持ちが和らぎました。
ご友人は、努力すればジョークを堰き止められるし、ジョーク禁止をトマトさんから言われて、それを受け入れることができるという点で、素晴らしいですね。
「ジョークを言ってしまう」は、語感の似たフレーズを思いつくと口に出さずにいられないのだと思います。僕もたまーに、あります。衝動が抑えられない、という特性という点ではADHD寄りか、合併かもしれません。
悪気はないのですが、その瞬間芸は、思いやりの成分もないので、人間関係維持としては失敗するリスクがありますよね。

FOXです。

自閉圏の人もjokeを言います。長年つきあっている私の現在のパートナー(結婚しているわけでもなく、一緒に住んでいるわけでもないので、この言葉が正しいかは難しいところですが)も、実は自閉圏の範疇の人なのだろう、と最近は思うに至りました。

私とその人は、いつもjokeで笑い転げています。笑いのツボが近いのだろうと思います。が、いわゆる”自閉症joke”なので、傍から見たらさっぱり意味がわからないかもしれません。

社会生活において、私がjokeと思って発言しているものは、どうもjokeだと受け取られることが少なく、かえって、自閉圏外の人が深読みして、不審に思っているように感じることもあります。「冗談です」という言葉を付け加えるようにはしているのですが・・・

私の場合、私が真面目に話していることが、かえってjokeと思われることが多いようです。意図していることとは違うのですが、場の空気が和んでいるようなので、それはそれでいいか、と思って暮らしています(そして、私はよくjokeを言うと思われているようです)。

逆に、ほかの一般の人の言うjokeを認識するのは、非常に難しいです。大体は、真面目に受け答えしてしまって、相手が呆れる(?)か、相手があきらめて「冗談だよ」と言ってくれるまで話が収束しなかったりします。とりあえず、職場では「天然」だと思われているようなので、大きな問題に発展することもありませんが・・・

「冗談だよ」と言葉で表明しながらならjokeのやりとりもできると思うのですが、即物的すぎて、一般の方々には、それではjokeのやりとりということにはならないのでしょうね。

とりあえず職場では「天然」ポジションをキープしつつ、jokeに対する周囲の人の反応をみながら合わせるようにしています(はずすことも少なくないですが)。

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