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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年4月12日 (木)

被害者意識

 このブログを書き始めた頃、多分何度かそのことについて書いたような気がするんですが、私が何かを話し合おうとすると、パートナーはそれを全てと言っていいくらい、自分が責められていると受け止め、そして被害者のような態度で対応されるので、とても困ったことがありました。

 ふと考えてみると、最近はその点についてはそんなに強く感じることが無くなっているみたいです。ところがそうなってみると、なのかどうかわかりませんが、今度は自分の方に被害者意識が知らず知らずに持ち上がっていることが多いことに気がつくようになりました。

 アスペの方には失礼な内容にもなるかも知れませんし、しかもアスペの方から見れば的外れの感じ方になるような気がするのですが、ここは正直に「自分はこう感じてしまう」ということを大事にして考えていきたいので(それは自分のその感じ方が正しい、という意味ではなくて、なぜかどうしてもそう感じてしまうと言う意味です)、このまま感じるままに書き進めてみます。

 それは、「どうしてこんな当たり前のことが伝わらないんだろう」というような感覚、「何でこんな当然のことを正面から否定されなければならないんだろう」という感覚がどうしてもときどき頭を持ち上げてくると言うことです。以前、玄さんがアスペの方はそういう「普通」とか「当たり前」にどれほど苦しめられていることか、というようなことをアスペルガー当事者の立場から書いていらっしゃいました。それはきっとそうだろうと思います。でもある意味興味深いことに、その同じ言葉で定型は「被害者意識」に陥って苦しんでいる、というところがあるような気がします。

 「当たり前のことが成立しないなんて、ひどいじゃないか」「普通に対応してもらえないなんて不当じゃないか」「なんで自分は<人並み>の扱いをしてもらえないんだ」……そんな被害者意識です。

 これ、相手の人が問題なくできるはずなのにしない、というのならそういう被害者意識を持ってもそれこそ当たり前なんですよね。ところがお互いのズレによって相手にとっては決して当たり前のことではない、と言うときにこの被害者意識はややこしい、やっかいな物になってしまいます。

 だって、自分が文句を言いたくなるのは、自分には当たり前にできる(そう考えられる)ことを相手が「できない」時な訳です。その「できない」ことを「普通じゃない」とか責めて、そして自分を被害者だと感じてしまうわけですから、冷静に考えればひどい考え方だとも言える。それは頭では分かるんだけど、なんか気持ちの上で残ってしまうんですね。そういう感じ方が。

 もちろん、これは定型一般に言えるものかどうかはわかりません。私の性格がすごく関係している可能性もあります。でも、正直やっかいなものとして完全には消えてくれません、今のところは。

 何となく思うんですけれど、「相手と対等」という意識がそこにややこしく絡んできているようにも感じます。私はパートナーとは対等な関係でいたいという思いがやっぱりあって、その「対等」ということの意味が「同じことができる」というようなことに知らず知らずにすり替わっていたりする。 うーん、でもそういう考え方自体、なんか自分が上だという思い上がりの結果なのかなあ。

 なんか、お互いに自分よりもできることを認め合って、それを心から尊敬できるようになればまた違うんでしょうか。ああ、なんかむつかしい…… (^ ^;)ゞ

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コメント

パンダさんの「被害者意識」感、興味深く読みました。
うまくいかない時間の浪費を悔やむ?前進できない徒労感?包容力が足りないことの自責?など可能性を考えましたが、やっぱり以前にも似たことを書きましたが「相手を責めてしまうことの後悔」というストレスの蓄積される状況が、「相手から不当な苦しみを与えられた」という構造認識=被害者意識を引き起こしているのでは?と思いました。定型の方は精神状態によって、怒りや悲しみを感じることと思います。これはASどうしでも感じられるということを申し添えます。
ASは「自分でできそうに思えるのになぜかできない」という理不尽な欠落感と、実際にできないという結果を抱えて悩み、その上で「できるのが普通」と畳みかけられるので、多くが自己評価が非常に低い。責められることはもちろん嬉しいはずはないですが、「不当に」責められているわけではないから、納得感があり「被害者意識」は少ないかも。(これは、かなり場合によるでしょうが)

責めても、できるようにならないのかもしれない。できないことを許すわけではないけども、そこを追求するよりも、視点を変え、できることを探す方がお互いのためかも。

私はこのことで、結果として多くの友人を失ってきました。
「あなたが言うことは正論だけど、世の中は正論だけじゃない」と言われて、
「感情的な話をされても困る」といった態度をとったことが、何度もあったように思います。
そうやって人を責めてきたのだと思います。

事実は事実なんですが、それを偏重しすぎる部分が自分にはあります。
いくら事実だからといって、人を不当に責めていいわけがないのです。
頭でわかるようになって、これから変化するかどうかわからないのですが、今まで考えてもみなかった自分のかたくなさを自覚するようにはなってきました。

タイトルとは関係ないですが…

久々に彼の家に行きました。鼻をズズッと何度も吸っていたので、花粉症か風邪かを確認するために何気なく、「花粉症?」と聞きました。すると、「当たり前だろ!今さらなんなんだ!」と、突然八つ当たり?みたいな感じで言われました。「花粉症なのは知ってるけど、あんまりズルズルしてるから、風邪でも引いたのかと思って…」「風邪じゃないに決まってるじゃないか!」「あまりにズルズルしてるから、心配になって…」「違うに決まってるじゃない!」「わかったけど、心配したんだよ」

そんなやり取りをしました。なぜ喧嘩口調で言うのか、なぜ私が怒られないといけないのか…いや、でも、風邪引いたなら自分で言うか…今さら分かってることを確認することはないのか…でも、何気なく聞いただけなのに…いろんな思いが巡りました。そんな彼は、ふてくされたのか?、いちいちうるさいなぁと感じたのか、お昼寝していました。

でも今の私はなぜかすっきりしています。彼はイライラしてたりして…

玄さん

「「相手を責めてしまうことの後悔」というストレスの蓄積される状況が、「相手から不当な苦しみを与えられた」という構造認識=被害者意識を引き起こしているのでは?と思いました。」

 ここがどうも私には理解が難しいんですが、もうちょっと素朴に「なんで<こんなつまらないこと>のために自分はこんな風に苦労しなきゃいけないんだ」という被害意識に近いんだろうという気がします。でも<こんなつまんないこと>と考えてもパートナーにとってはそれは大事な問題だったりするわけですから、それをそんな風に考えてしまうことについてためらいがあって、そこでまた矛盾した思いになっている感じかなあ。

「定型の方は精神状態によって、怒りや悲しみを感じることと思います。これはASどうしでも感じられるということを申し添えます。」

 この、「精神状態によって、怒りや悲しみを感じる」と書かれたことの意味がちょっとぴんとこないのですが、「怒りや悲しみという精神状態になる」ということとはまた違うんでしょうか?


さかなやさん

 「感情的な話をされても困る」というの、アスペの方の気持ちとしてはああそうなんだろうなあというふうに思うようになりました。私も同じ定型同士でもあんまり感情に振り回されてメチャクチャ言う人には同じような思いになることがあります (^ ^;)ゞ
 そのもう少し厳しい版なのかなと思ったりしました。


れおなるどさん

 なんか、以前と関係がちょっと変わってこられたような気もして、正直な話、面白く読ませていただきました (^ ^;)ゞ 人が喧嘩してるのにそれ読んで面白がっているなんて、私も性格悪いですね~。

パンダさんコメント有難うございます。
先の私の書き込みは詰め込み過ぎでしたね。済みません。
<こんなつまんないこと>というのは、案外お互いにそう思っているのかもしれないですよ。お互いにイラついていませんか?(うちはしばしばです)
お互いに「こだわりそのもの」について角突き合わせると合意点に辿りつかないのですが、「なぜ、何のためにそうするのか」の視点を話題に盛り込むと、目先が変わって相手への理解が深まるかもです。

<怒り・悲しみ>についても説明不足でした。
私の考えでは、精神力の土台のようなものがあって、人物によって(あるいは状況によって)物事を受け止める時にその土台の強度の強さや弱さが、結果として表れる感情に影響を与えると思うのです。コミュニケーション上の失望のフラストレーションが溜まってそれが噴出する時に、土台が強ければ「怒り」に、弱ければ「悲しみ」になって現れるのではないかと想像しています。
私はこのサイトに「カサンドラ症候群」のキーワード検索でやって来ました。カサンドラ症候群はASのパートナーの心理を指した概念と思いますが、AS自身もコミュニケーションが相手とうまくいかないことで傷付いています。(自分が傷付いていることに無関心な場合もあります) また、ASがカサンドラ症候群を学ぶことは、生活上、大切と思います。
「なぜ悲しい感情が起こるのか、なぜ怒りを感じるのか」を個々に追求しても理不尽な食い違いしか見えない事が、「感情の乱れ」で説明できるかも。ASの言動は感情を乱すボタンを押してしまうのでは、という仮説です。まだ道半ばですが。

玄さん

 解説をありがとうございました。
 まだ「よく分かった!」というところまではたどり着いていませんが、
 玄さんがこんな風にしっかりと分析を進めていらっしゃる姿勢に
 とても心を打たれる思いがします。

 ある意味では私が定型の立場からやろうとしていることを
 玄さんがアスペの立場からされようとしている、という感じもするんです。
 いずれ議論がしっかり噛み合ってくるようになることがあれば
 それは結構すばらしいことじゃないかと思います。

 今後ともどうぞよろしくお願いします。
 

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