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2012年4月 9日 (月)

お花見

 昨日パートナーと散歩がてらお花見に行ってきました。

 といっても私はこの辺、どこに咲いてたっけなあという感じでわかんなくて、普段から仕事柄よく場所を知っている彼女の後を付いていくだけでした。

 1時間半くらい歩いて、全部で三カ所の桜を見て回りました。そのたびに私は、ああ、ここにも咲いていたっけ、というような感じだったんですが、最後の公園の桜でベンチに腰掛けながら周囲の花を見ていてふと思い出しました。

 パートナーはいつものように、特に「きれいだね」とか「満開にはもうちょっとかな」とか、花を見ながら何かを話しかけるでもなく、ただだまって桜を見ています。で、私がぼそぼそと気がついたことを話したりしている。でもパートナーは別に機嫌が悪いわけではないんですよね。なんとなく楽しんでいる雰囲気で私の横で一人で桜を見ている。

 以前繭さんがそういうことについて解説をして下さいました。それはパートナーとつきあい始めた頃の小さな思い出をとてもよく説明してくれるように感じられました。そのことをふと思い出したんです。

 定型の感覚では折角一緒に景色を楽しみながら、なにか話をしたいところでしょう。もちろん美しさに圧倒されて声も出ないようなこともあるでしょうけれど、それはそれで「言葉にならないねえ」とかくらいは言葉にしたりすると思います。でもアスペの彼女は違う。ただ、自分の知っている、お気に入りの場所に連れて行ってくれて、あとはただ何も言わずに私が桜を楽しむに任せるのです。

 それがアスペ的な「好意」の表し方なんだなあ、ということを、昨日はちょっと感覚的にも実感する思いがしました。そしてパートナーに「これって好意の表し方なんだよね」と言ったら、「そう?」とか言うので、「きれいだねとか、何も言わずにただ見せてくれている」という話をしたら、「きれいかどうか、それはその人その人が感じることで、私がどうこういうことじゃないし」と繭さんと同じようなことを言っていました。でも自分が気に入ったところを見せてくれる、というのはやはり「特別待遇」なわけです。だから「好意なんでしょう」と言うと「ふーん」というような感じで、積極的に否定するでもなく、肯定するでもなく、でもなんとなく「そういうことかな」という雰囲気でした。

 アスペ的な好意は桜の花びらの色のように淡く静かに楽しむべきものなのかも知れませんね。

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