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アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年3月31日 (土)

「大人数について」byさかなやさん

以下、さかなやさんからいただいたメールです。折角ですので記事の方に載せさせていただきます。

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私は大人数で集まるのが苦手です。
たとえば、正月などで家族が集まるのがつらいです。
両親、兄夫婦、姉夫婦とはそこそこの好意を持ってつきあっているつもりなのですが、
全員そろって7人になると半ばパニックになってしまいます。イライラすることもあります。
仕事の打ち合わせなどでも、よく知っている人がいれば合計4人までは大丈夫ですが、
いろいろ用事が重なって合計5人、6人で、自宅でお茶出しなど加わると、もう限界を超えてなにがなんだかわからない、ということになります。
「そろってお邪魔します」なんて言われると夜逃げしたくなります。
でも、定型のひとは大勢揃うの好きですよね。みんなじゃないのでしょうか? 
大人数の飲み会は、昔から苦手です。パーティーなんて必要がなければ絶対行きません。
仕事上や地域の行事などで仕方ないこともありますが、へとへとになります。

同窓会とか絶対に出ません。
ツイッター、フェイスブックなどが出てきたときに、一応アカウントだけは持っていますが、
同級生とか昔の同僚とか知らないひととか無差別に繋がっていったいなにが楽しいのか、と強い反発を感じました。
群れるのが嫌いというのは以前から言っていたのですが、それは体質的に苦手なことなのだなと思うようになりました。

アスペのひとにはそういった傾向はままあると思われるのですが、
大人数問題、群れる問題を皆さんがどう考え、どのように対応したり回避したりしているのか、
またパートナーの方がどういうふうにお考えになったりパニックになりがちな相手を支えてくださっているのか、興味があります。

大人数はダメだけど1対1なら全く問題なしと私は、深く考えずに思っていますが、
これも友人知人ならいいけれど、結婚するとなると新たな問題がたくさん出てくるということになるのでしょうね。
このあたりは未だに想像もつかない分野です。

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コメント

あぁ、そうだったのか…と、今さらですが、また納得です。

一緒に住んでた彼(アスペの疑い)は、同窓会、結婚式、結婚式二次会、飲み会、年末年始など、人と集まることを嫌がっていました。私は、楽しめそうもないから、そういう会に行きたくない!と思うことはあっても、断ると、相手や周りを嫌な気持ちにさせるような気がして、自分が我慢して行く派です。だから、会の参加を断る彼の気持ちは理解できませんでした。しかも、一緒に住んでた時は、私の家族と年末に食事をしていたので、辛く苦しい時間を過ごさせていた、でも来てくれたんだ…ということに、今さらですがまた気付きました。

そんな彼が最近高い熱を出し(2〜3か月に1回は発熱します…)、別室で寝泊まりしながら3日間、面倒を見てきました。来てほしいと言われた訳ではないのですが、行こうか?と聞くと、どっちでもいい…とのことで、結局行きました。
食事、洗濯などをしただけですが、治ってしまえば、はい、さよなら。ありがとうも言ってもらえず、悲しくなってしまいます。私が彼の家に行くと決めたし、世話を焼きすぎなのでしょうけど…

私が必要なときはあるけど、いると鬱陶しいときもある、やっぱり結婚はしたくないと言う彼です。私はもう彼とは一緒にいちゃいけないんだなぁと思った3日間でした。今なら彼の気持ちを汲むことができるのに…気付くのが遅すぎました。

ごめんなさい。話が変わってしまいましたが、吐き出すところがなくて、書いてしまいました。長々とごめんなさい。

今の私なら、大人数で群れる会は設定しないです。以前の私は、「なんで行かないの?」と不思議に思い、そう言ってましたね…反省です。

ASについて、まだまだ勉強中の私がコメントさせていただくのも大変恐縮ではありますが、ASと思われる私の夫もパーティーは苦手です。厳密に言うと、不特定多数の人が集まるようなパーティーが苦手で、自宅でごくたまにやるホームパーティーはリラックスして楽しんでいるような感じがします。気心の知れた夫婦共通の昔からの友人で、夫の「ちょっと違う」ことを全く気にせず、むしろ楽しんでくれるような人だけを招待します。
夫が居心地が悪そうにしているのは私の親族が集まる法事です。初めて会った、もしくは滅多に会わない人から、馴れ馴れしくされるのが苦手なようなので、「お茶を準備してくれるかな?」とか「お菓子を買ってきてくれるかな?」など、夫が一人でできる作業を頼んだりして少し逃げ場を作るようにしています。親族からは、私は夫をこき使う鬼嫁と思われますが、最近の男性は色々とやってくれていいわね~と羨ましがられたりもして、私の親族からしてみれば夫は、いわゆる「イケダン」です。
旧友の結婚パーティーなどでは、夫が友人と楽しそうに話している場合は放っておきますが、居心地悪そうなときは二人だけで話したり。苦手な人に捕まっちゃつてるときは、会話に割り込んで、飲み物とってきてくれる?とか言って逃げさせます。
はたしてこれが手助けになっているのかは疑問ですが。
ちなみに夫もフェイスブックは嫌いなようで、アカウントは持っていますが殆ど開いていません。ある程度親しい人からのフレンドリクエストは承認だけはしてるようです。

 ミドリさんのコメントは、なんか「アスペルガー夫との上手な付き合い方」のオンパレードみたいな感じですね。そういうのをさっとこなす所なんて、なんかすごいなあと尊敬してしまいます。私そういうの鈍くさいです (^ ^;)ゞ

 れおなるどさんの三日間のお手伝いはビミョーなところですね。悪い意味で微妙というわけではなくて、「どっちでもいい」という言い方もいかにもアスペ的で、定型が聞くとなんか投げやりな、どうでもいいと思われているようにも聞こえるんだけど、実際はアスペの人の気持ちとしては「それはあなたが決めること(決めていいこと)」という意味だったりもするみたいで。その限りではレオナルドさんのことを拒絶せずに「受け入れている」とも言える。でもだからといって来てくれたから感動して感謝の嵐になるわけじゃないですしね。だかられおなるどさんとしてはほんとに辛いと思います。
 なんというか、「相手を必要とする」その仕方がすごく違うんですよね。その違い方はお互いに結構しんどかったりするし、相手を強く求める定型の人は特に辛い思いが募ると思います。その辛さを上回る喜びが見いだせるかどうか、というのが一つのポイントかも知れないと思う今日この頃です……

れおなるどさん
ミドリさん

貴重なお話をありがとうございます。
お二人ともパートナーさんに、優しく細やかな気遣いをなさっている(いた)のですね。
当事者はそういうこと、気がつきにくいと思うのです。
定型の方は気遣いのしすぎで疲れてしまったり、負担に思われることも多いのでしょう。

人の気遣いがわかりにくい自分が、この場でお話を聞くことで、とても感激しますし、
頑固さを少し解いて、いろいろ受け入れたいなという気持ちになってきたということも、
(簡単ではありませんが)
パンダさんが最近書かれた「機が熟す」ということに繋がっていくと思います。

パンダさん
ありがとうございます。
辛いことも多いですが、彼といると楽しいこともあるんです。すねたりわがままを言ったりするような子どもっぽい姿を見たとき、大好きな野球を一緒に見るとき…
熱が下がってからは、どうやら私という存在はあまり必要ではなさそうなので、ちょっと距離を置こうかなぁと考えています。

さかなやさん
こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。機が熟すとき…私たちはまだだと思われます。

パンダさん

ありがとうございます。私なんてまだまだです。
これらのことは夫がASだと思っていないうちからやっていることで、この記事を拝見して、あーそういえばこんなことしてるなーと自分の行動を振り返ってみました。
あまり意識してやってきたことではないのですが、これを気遣いと呼んでいただけると励みになるような、うれしい気持ちです。

さかなやさん

そうですね、夫は気づいてないと思います。
私自身も気遣いでやってあげているという気持ちではなく、この記事で自分の行動を振り返ってみて私自身も気づいたという感じなので、夫の個性に合わせてなんとなくやっていることという感じです。でもそれを優しさととらえていただけるならうれしいです。

負担になるほどの気遣いは定型とかASとか関係なく、誰に対してもできるだけしたくないと私は思っています。気遣いは必要なものだとは思っていますが、それが過剰になると、どうしても見返りを求める態度になってしまうと思うんですよね。
簡単な例で言うと、誰かに誕生日プレゼントをあげたのに、自分の誕生日にはなにも貰えなかったとか。「まいっか、忘れてるのかなー」という具合に流せたり、そもそもプレゼントをあげたことを忘れてるとかならいいと思うのですが、「何でプレゼントをくれないの?(私があなたにしてあげたことを何故あなたはしてくれないの?)」と思ってしまうと、この場合、相手に誕生日プレゼントを渡した時点で自分の誕生日にはプレゼントをちょうだいねという見返りを求めているのかなと思います。
見返りを求めて気遣いをしていると、それが自分に返ってこない場合に、相手に対して「気遣いができない人」とか、「そこまでの友情(愛情)ではなかったんだ」とかの思い込みが生じて、自分で自分の首を絞めるような具合に人間関係がこんがらがっていくように思います。
こういった見返りを求めない態度については夫から学んだ部分が多いです。夫は私に何も期待してなく、何かを頼まれることも滅多にありません。(私が作った料理で気に入ったものがあると、「また作ってね」みたいな軽い頼まれごとはありますが)私としては、期待されないのは寂しいことだと思っていましたし、今も多少その思いはあります。でも期待されない分、自由にどんな自分にもなれると思うと、ASの特徴なのでしょうか、そのおおらかさに包まれているような気持ちにもなります。

定型同士の人間関係でも気遣いのすれ違いみたいな場面って結構あります。
なので、人から何かしてもらったらできるだけそれを返す、自分がなにか人にしてあげる場合は見返りは期待しないという態度でいられるといいなと私は思っています。
こう書くと、なんだか私は「清く正しい人間」のようになってしまいますね・・・。
実際は日常の様々な場面で見返りを期待しているし、気遣いと見返りのバランスが崩れて人間関係に悩んだり、日々調整しながら生きているという感じですかね。

れおなるどさん

 辛いだけじゃないと聞いて、ちょっとよかったなと思いました。
 どういう方向に進むにせよ、あまり思い詰めて無理をなさらず、
 お互いの気持ちが自然に流れる方向にすすめるといいなあと感じます。
 ほんとに無理だけはお互いのために痛々しいので……

ミドリさん

 清く正しいかどうかは知りませんが(笑)、夫さんがアスペと気づく前から
 そんな風に気遣いをされていらしたと聞いてますます尊敬します。
 そういうのってなんかお人柄なんでしょうね。
 そういうお人柄の有無で、関係もまた全然変わるんだろうなあ。

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