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2012年3月 6日 (火)

性愛とプラトニックラブ

 玄さんyukipomさんが性愛やセックスの問題についてあえて書いて下さいました。夫婦関係ではとても大事なことなんだけど、なかなか表だって話ができにくいところでもありますよね。ありがとうございます。

 玄さんが「「相手への性愛」と名付くものは?と問われると明確でないかな〜」と書かれたところに、「ああ、やっぱりそうなのか!」と深く頷くところがありました。長年の疑問が少なくとも部分的に解けた感じがあります。こういう問題については「定型はこうだ」という決めつけ的な言い方はもちろん、「定型はこういう傾向が強い」といった少しマイルドな言い方についても、そういうふうに言うことに私は自信が持ちにくいのですが、ただ、すくなくとも私自身についていえば、「相手への性愛」というのはとても大事なことなんですね。

 もちろん一般的には男性の方は性愛の対象は「誰でもいいんだ(あるいは幅広いんだ)」というような傾向があるということは言われていますけれど、でも少なくとも「好き」という感情とその「相手への性愛」はやっぱり結びつきが強いと思います。なにか特殊な事情がない限りはそこを切り離す、ということは考えにくい感じがするんです。

 ですから、玄さんがそこで「明確でないかな~」と言われたことが、とても印象深いんです。ああ、アスペの方はやっぱりそこが切り離せるんだ、と思えて。そしてそう思うと、パートナーの言うことがわかりやすくなる感じがあるんです。なんかパートナーの言う「愛」は言ってみればプラトニックラブの世界のように感じます。あるいはもうすこし広げて言えば家族愛的な感じかな。でももちろん博愛とかいうものではなくて、もっと限定されたものです。

 「恋人」「夫婦」「家族」といった関係についての理解にも、お互いに結構大きなズレがあるんじゃないだろうか。そんなことを思います。これから考えていくべき大きな課題の一つですね。

 yukipomさんの場合は、元の夫さんにも相当の葛藤があって後のことなんでしょうけれど、定型の一人の私としてはその言い方や離婚理由などを伺っていると、「それにしてもそういう言い方は無いでしょう」、という気がしました。そしてそれを素直に受け入れたyukipomさんはほんとに素直で優しい方なんだなと思いました。

 

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コメント

こんばんは。突然すいません。アスペルガーではありませんが、発達障害の診断済みの成人です。

〉ただ、すくなくとも私自身についていえば、「相手への性愛」というのはとても大事なことなんですね。

そうなんですよね。きっと。だから私の『好き』は理解されないんですよね。多分。

適切な言葉かどうかはわかりませんが、
私は『男性として好き』にはなりますが、『オスとして好き』にはなれません。
自分自身としても、『女性である』ことはなんとか認めはじめましたが、まだ『メス』としての自分は受け入れられません。

動物的として言ってるのではなくて、『触れ合い、交わり、一つになる』ことに対する怖さのような気がします。

感覚過敏だからか、昔から握手やハグもダメです。お互いのいろんな物が『繋がった箇所』から混ざり合いそうな感覚になります。

こんな私でも『愛情深いよね』と言われたりはするので、何かしらの愛情は持ち得てるんだろうなぁとはおもってますが、、、

プラトニックな関係でも全く問題無いよ、と言ってくれたら恋人関係も夫婦関係も築けそうな気はしてますが、まぁ難しいだろうな、と思ってます。

小梅さん

 小梅さんは、いわゆる「性同一性障害」とかすごい名前がついている、要するに自分の生まれながらの性別に違和感を感じている方でもあるんですね?
 だけども「男性」の気持ちにはなっても、性愛的な意味では「オス」にはならないし、もちろん「メス」もいやだ。そんな感じなんでしょうか。

 「プラトニックな関係でも全く問題ないよ」というより、「プラトニックじゃなきゃだめだよ」という人もそれなりにいるんじゃないかと思うので、もしかしたらそのうちに言い出会いがあるかも知れないですね。もしそういうときがあったら、是非ご報告をお待ちしています (^_^)v

「愛とは何ぞや、定義不能、即ち回答不能」
と、うちのASさんは言いました。

が、突っ込んで聞いてみると「キリスト教の夫婦愛」のようなものが
一番しっくりくる、とのことです。
ただし自分の人生の優先順位としてはかなり低い、らしいです。

小梅さんのお話は、肉体的な性ではなく、社会的性別の問題が
大きいのではないでしょうか。
間違っていたらすみませんが、うちのAS母娘はジェンダーの押し付けが
とても苦手なようです。

オレンジさん

 キリスト教の夫婦愛って定義するとどういうものなんでしょう (^ ^;)ゞ
 昔、聖書を日本語に訳すときに「愛」をどう訳すかだいぶ困ったらしい、という話を聞いたことがあります。その頃の「愛」はやっぱり「性愛」に強く結びついていたのかも知れません。で、どう訳したかというと「お大切」。
 なるほどなあ、と思います。神の愛は人々を「お大切」に思うことなんですね。

 で「自分の人生の優先順位としてはかなり低い、らしい」というところがやっぱり寂しく感じてしまいました。そんなの余計なお世話だよ。とご本人には言われそうな気がしますけど。

 小梅さんの話は私がどこか読み違いをしているのかも知れないですね。いずれにせよ、アスペの女性でジェンダーの押しつけ、というか、自分の「女性」と言われる部分に拒絶感を持つ方がそれなりにありそうということは私もそう感じます。

「性愛」はずいぶん踏み込んだ感がありますが、それよりもっと手前でポイントになりそうなことに「スキンシップが苦手な傾向がある場合」があると思うんです。。。
(僕の場合は)気持ちの上で、接触に抵抗があるのです。手をつないだり手を握ったり。あるいは男性同士でも親交のボディランゲージとして肩を叩いたり背中に手を廻したりがありますが、そういった接触全般が生理的に微妙にネガティブなのです。「互いにそういうことをし合う」という交流レベルがあり、実際にそうすることで関係を維持するプロトコルなのだと認識しています。ですので、我ながらぎこちないですが、日常生活でボディランゲージを試みています。
この状態に至るまでは、接触拒否(あるいは触られる事をガマン)の時代が長かったです。発想が変わったのは、子供の存在が大きいです。無邪気にこちらに触れてくる。何より、子供の髪や頬を撫でるのは気持ちが安らぐ!という心理を発見。、、、こちらが触れたい時に拒否されたら傷つくわな、と気付いたのです。
結婚し子を設け育てる体験は、アスペルガーの心に発達成長を促す可能性がある、アスペルガーにはその余地があると思えるのです。

私もスキンシップは苦手です。
でも、セックスは別です。だって、はじめて他人と本当に関われたという実感を持てた行為でしたもの。若かったあの頃、「私の存在そのものが他の人に受け入れてもらえている。やっとわかった、こんないい方法があったんだ。これさえあれば生きていける」って、真剣に思いましたもの。
でも、それは、私の慣れ親しんだ日常とは別のもの。
そして、結婚って日常生活ですよね。ですから、セックスがなくても一緒にいられる相手が見つかったからこそ、私は結婚したのだと思います。

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