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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年2月15日 (水)

いろんな交流の在り方

 ジョンキルさんがコメントでこんなことを書いてくださいました。

 「定型との真の交流をあきらめてアスぺ同士の結婚に逃げ、自分はよくても子供ができたらその子を幸せにできないだろうという確信のもと子作りからも逃げ、日常会話が全く成立しない自分でも、本能的な社会に関わりたい欲望を満たすための手段として仕事を利用して生きて、本来の人間的交流とやらから逃げながらも、何とか生き延びている私は、何も語る資格はないように思います。」

 いつもするどいコメントを頂いて喜んでいたので、「何も語る資格はない」と書かれていたことに驚きを感じました。ご自分の状況をとても真剣に、真面目に考えてそう自分のことを考えられたのだと思います。それはそれとして分かる気もします。と同時に、このブログにいろいろ真剣なコメントを下さっていたことも間違いのないことだと思います。そしてそれもまた「定型との交流」の一部だと思うんですね。

 アスペと定型の交流というのは、いろんな形があっていいのだと思います。ある時は夫婦のように密接な他人の(?)関係、ある時は親子のように密接な切れない関係、ある時は友人のように適度に距離を置く関係、またある時はネット上での遣り取りのように、識らない者同士の関係。

 それぞれにそれぞれの関係の取り方があって、それぞれの人が自分にあった形でやりやすい交流の形を模索していけばいいのではないでしょうか。その中でネット上でブログのコメントを書く、というような交流の仕方が何か「芯の交流ではない」というようなことはないのではないか、いや、とても大事な交流の一つだと私は感じています。

 そんな風に感じられるのは、私自身がこのブログに記事を書いたり、皆さんからコメントを頂いたりすることで、ほんとに沢山のことを考えたり、あるいは教えていただいたりしてきたからです。それは決して何かアスペルガー問題の「専門書」を読めば分かるようなことではなくて、もっと身近に大事な問題だったりする。少なくとも私自身にとってはそういう大事な意味を持つ交流の場ですし、ときどきコメントの中でそういう意味のことを書いてくださる方も何人かいらっしゃいます。

 ということで、ジョンキルさんもみなさんも、今後とも是非、いろんな交流の仕方の一つとして、そしてその中でも多分直接話し合うのには困難が伴いがちなアスペと定型の関係では使いやすい道具の一つとして、このブログなどをせいぜいご利用下さい。

 

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