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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年2月 2日 (木)

ズレのしんどさにどう向き合う?

 昨日、アスペと定型の「同じ」という面がいろいろ見えてきた気がするという話を書きました。「同じ」というのは「全く同じ」という意味ではもちろんありません。すごく抽象的にみると、「同じ」面が見えてくるということでした。だから、その「同じ」ことだけど具体的に見るとお互い正反対のことをやっていたりして、本人同士は「同じ」などとはとても考えられないようなものだったりする訳です。

 たとえば落ち込んでいる相手に寄っていって慰めるか、放っておくか、そのやり方は正反対なんだけど、どちらもそれが「相手のため」だと理解しているのは同じ。それが分からないときはお互いに「何で相手はこんな事をするんだろう」と思いますから、それが積み重なれば深刻な不信感にもなります。

 でも、それが実は自分のためにそうしてくれているんだ、ということが本当に実感されてくると、相変わらずそのやり方にはなじめなくても、なにか信頼感がでてくるというのは面白いことだという気がします。信頼感が出てくると、つながりが維持されます。つながりが維持されると、次の可能性が感じられるようになる。

 ただ、ズレの部分のしんどさがそれで消えてしまうわけではないので(少なくとも今の私のレベルではきれいさっぱりとは到底いきません)、その問題にどう向き合っていくのかは私にとってはまだまだこれからの課題です。考えてみると最近パートナーと話す内容はそれに関することが多くなってきているように思います。

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コメント

はじめまして

アスペルガーの要素をもつ夫(未診断)と姑をもつ主婦です。
結婚2年目の突然の失職(一年間)、第一子の誕生をまたぐ夫の社内不倫、現在は二度目の失業状態になり、もうすぐ一年になります。

気持ちにまつわる会話が難しく、日常の連絡事項などの会話しかできないので、何か問題が起こったときに話し合いの機会を持つ事にすら難儀します。今回の失業も事後報告で急に仕事を辞めてしまい、しばらくは生活に困らない蓄えがあるため、本人にはまったく焦りがないようです。冬眠のお話がでたので、夫もその状態なのでしょうか。

このブログでは皆さんの建設的なお話、とても参考になっております。
定型とアスペルガーの問題は、脳タイプの座標軸のどこに位置しているかによって、その苦悩の度合いは違う様に思われます。

我が家の夫に関しては、感情的な話ができないことと、気持ちを共有するという感覚を持てないことと、共感の必要性の違いなどに困っています。

義両親に関しては、義父(定型)がかなり無口でシャイなので、何もない淡々とした毎日に特に問題はないようですが、病気をした場合など、入退院を一人でこなすなど、寂しい思いもしているようです。(義父の入退院も事後に聞きました。)

我が家はアスペルガーの問題については、何度か話題にあげましたが、最初から話を聞くことすら拒絶しているように感じます。ですので、共通の足場をつくる前提にも立てないままです。こちらの困りごとを伝えても、伝わっている様に思えません。自分はこう思うけど、相手は違うのだ。というスタートラインにはどうやったら立てるのでしょうか。

夫の場合は自分はこう思うけどの部分を言語化するのも時間がかかるし、気力もいるようにみえます。こちらがしつこいぐらいの催促を何度も何度もし続けなければ、フェードアウトしていくパターンがほとんどです。お互いにしんどい思いをしているのだろうなとは思います。

わたしが気持ちの問題のところへの執着をうまく手放せればいいのですが、気持ちと気持ちがふれあう感覚が夫と恋愛時代は感じたことだったので、あきらめることができないでいます。定型同士、アスペルガー同士では問題にならない問題だなと思います。違いに憧れて、はじまった恋愛でしたが、今は違いに苦しんでいます。


昨日、自分の体験を書かせていただきましたが、数日前の投稿に大量のコメントがついており、その中で自分の体験のようなものは何階も言い尽くされておりました。
パンダさんが自分の体験はアスペの方に広く共有されているようだとおっしゃった理由がわかりました。
既出の事を改めてかいてしまい、すみませんでした。

おわびにズレの克服法について良い体験談を、と思いましたが何も持ち合わせておりませんでした。
自分の人生自体、もの心ついた時から世間の多数の人たちのように生きようと頑張って大学あたりで挫折し、ウツになり、中年にして適応障害で治療をうけることになった失敗談です。

夫婦関係は幸いなことに、妻が比較的淡白であること、自分が恐らく自閉度が軽く、短時間なら家で雑談対応できるため、目立った破綻の兆候はありません。子どもやペットがいるのもおおきいです。夫婦で情緒的に向かい合うことがそれだけへります。
妻はぼくがストレスに弱いこと、ストレスがたまるとおかしくなること、布団にくるまってあまり口を利かなくなることなど、ウツの症状として、かも知れませんが理解してくれ、自分をおさえてくれるようです。

どこかで少し前にコンビニの買い物でのズレをめぐる議論が紹介されていましたが、読んでびっくりでした。定型の人の言葉の裏をアスペが読まずに失敗した事例ではなく、アスペの発言を誤解したことによる提携の混乱の事例でした。
こういうのを見ると事例集をつくって対応したくなるかもしれませんが、自分の出身地でならたぶんこう言われます。およそアスペらしからぬ言葉ですが。

なーん深刻になっちょっとや!そんげなこつ、てげてげでいっちゃが!もうちっと気楽に考えない!

夫婦間の悩みの深刻さを理解しない失礼な発言かもしれません。ご容赦下さい。

yosakuさん
コメントありがとうございました。

yosakuさんのコメントに近い感覚を夫も持っているような気がします。
何をそんなに大げさに言ってるの。またはじまった。もっと気楽にいけないかな〜。
もしくは、またその話題か。いい加減にしてくれ。

子供がいやなことは夜までは考えるけど、起きたら忘れてる!と言っていましたが、夫もそのようにして子供の頃から、嫌な事の対応をしてきたのかもしれないなと思います。
わたしの問いかけもそうやって忘れる努力をすることで、フラットな気持ちで次の日を迎えているのではないのかなとも思ったりします。
ただ、実際どうなのかの確認の会話もできないことが本当に困っています。

わたしも、夫とのあれこれの末、うつを患った時期があるので、yosakuさんのあわない感覚にあわせすぎて自分を壊してしまうしんどさは少しは理解できるように思います。

また、この場をお借りしていろいろ教えていただければありがたいです。

やっぱり。

性差、地域文化差、家族文化差、教育歴の差、個人の成育歴の違い、諸々による認識の差異、、、それらが複層した中に自閉度の差異が横たわっているのではないでしょうか?

もちろん切り分けは困難です。

環境の変化に伴って自閉度の差が突如大きく肥大して見えてしまうことが有り得るでしょうけど、それだけではないと思いたい…というのは「違い」を認めない独善的な姿勢になるのかな?

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