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アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年2月 1日 (水)

「同じ」が見えてくること

 今日パートナーと話していて、「相手に自分を認めて欲しい」という思いは同じなんだという話になりました。そして認めてもらえればとても嬉しいと言うことも。
 
 ただ、何を認めて欲しいのか、どういう風に認めて欲しいのか、どうすれば認めることになるのか、そこにアスペと定型のズレが生まれるのですね。

 共感の話も微妙な問題が残っているようでもありますが、でもやはりアスペであれ定型であれ共感はするし、そして共感は決してマイナスのものではない。ただ、どういうことにどんなふうに、どんな強さで共感するのかがやっぱり異なる。

 側にいて欲しい、ということも同じなのかも知れません。ただ側にいてどうして欲しいのか、どのくらい側にいて欲しいのか(距離のこと)、そう言うことにズレがある。

 そんなふうにアスペと定型の間で、ある程度一般的に言えば「お互い同じじゃない」言えるところがこのところほんとに次々と見えてきているような気がするんです。ただ、その中味がすごく違ったりするので、ふつうはとても同じに思えなかったりするだけとも言えそうです。

 同じと言うことが大切なのか、それともズレの方が重要なのか、私はどちらとも決められません。どちらも大事だと思います。「同じ」という面を感じていられるからズレの問題にも取り組めるのだし、ズレの問題を深めて考えていくから「同じ」という面も見えてくる。それは言ってみればひとつのことの二つの面なのかも知れません。

 これまで私は異文化のことについて、そういう「同じ」と「ズレ」の関係のことを感じることが良くありました。それはとりあえず定型同士の関係の問題でした。でも異文化問題そのものとは違うんですが、やっぱり定型とアスペの間にも「同じ」と「ズレ」の問題がある意味で似たような形であるんだなと、そういう確信に近い思いができあがってきています。

 これからも大事に考えていきたいポイントです。

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