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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2012年1月18日 (水)

アスペの恋はドライ?純愛?

 ジョンキルさんが私にとってまたとても刺激的で考えさせられるコメントを下さいました。

「私は、今の夫に会った時、自分と同じ疎外感をずっと感じながら生きてきた人に初めて会った、そして多分最後の人だと思いました。」

 定型の場合だと、中々他人に理解してもらえない深い苦しみの体験を共有し、「共感してもらえる」人というのはとても大事な人であることが多いと思います。そのつらさを分かってもらえることで「癒される」思いもするし、また相手のつらさを理解することで同情もする。男女であればそれが恋愛感情につながっていくことも少なくないと思います。ジョンキルさんにとってもそれは劇的な出会い、と私には感じられたのですけれど、それはやはり恋愛感情にそのままつながって行かれたのかどうか、次の文章を読んでちょっと分からなくなりました。

「でも、結婚は嫌でした(それまで私の恋愛対象は、常に自分の欠点をカバーしてくれそうな人ばかりでした)。何より、今の夫とは、どうしても子供を育てていくことが考えられなかったからです(当時、アスぺの知識はなかったのですが、本能的にそう思ったのですね。そして、それは正解だったと今でも思います。)。」

 「それまでの恋愛対象は」と書かれているので、多分夫さんにも恋愛感情を持たれたけれど、結婚は考えられなかったという意味でしょうか。自分の欠点をカバーしてくれる人で、一緒に子どもを育てられる人ならば結婚を考えたけれど、それがないので恋愛に終わると最初は考えられたと言うことなのかな。

 そして何より次の文章は本当に驚きでした。

「それなのに結婚に踏み切ったきっかけは、彼が仕事で海外に行くことになったことでした。それは、当時、治安がよくないと言われていた場所でした。「もしこの人が傷ついたり死んだりしら、その連絡は、彼の年老いたご両親に行くんだな。なんか残酷だな。私に最初に知らせてもらえればその方がいいな。」と考えたのです。そしてその数日後、役所に婚姻届を出しました。私は、結婚とは、社会的に連帯責任者を明確に定義するための制度だと考えています。」

 定型的に考えれば、自分にとって一番失いたくない人であるはずの恋愛相手の「死」を考えることが結婚の直接の理由になる。ちょっと普通には想像できないような理由でした。しかも「結婚とは、社会的に連帯責任者を明確にするための制度」と書かれていて、この表現だけだとなんだか相手の借金の連帯保証人になってあげる、みたいなものすごくドライな関係を想像してしまったりします。そこに「愛情」というようなものが全然関係ないように見えてしまって驚くのです。

 で、私なりに可能な限り想像力を使って定型的に言い換えてみると、こういう事なのでしょうか。「自分はこの人の死という一番大変な事態、最悪の事態まですべてを想定して、そこまで考えてそれでも最後まで面倒を見てあげられるように一緒になりたいと思う。そしてそういうことができる関係になるためには、この社会では「結婚」という制度を利用するしかないから、自分はこの人と結婚するのだ」

 もしそう言う意味なら、逆にすごく純粋に相手の人を深く深く思ったから、結婚されたんだと理解できるようになります。ドライな関係などと言うよりむしろ「純愛」とでもいうような感じ。そのどちらなのか、あるいはどちらでもないのか、今の私にはわからないままです。

「定型の方は、一緒にいることで共感しあう関係を作っていけることこそが、結婚の意味だと思われるのだなあ、と、改めて少し驚き、というか感動しました。私は、同じ価値観なので邪魔にならない人が、いざという時に役立てる距離にいることこそが、結婚の意味だと、今も思っています。」

 定型の結婚と言っても、家同士の結婚で本人たちは二の次、みたいな場合には、それこそ結婚の意味は「一緒に家を守ること」とかになるんだと思いますが、そこでも「一緒に守る」みたいなことが入るわけですし、「同じ価値観で邪魔にならない」というのではなく、「同じ価値観をもって一緒に家族生活を作る」というような表現の方がたぶんしっくり来る人が多いと思います。やっぱり「一緒に」がポイントかも知れないですね。そこが薄れてくると、なんだかバラバラの家族で幸せ感がないように感じてしまう。

 それに対してジョンキルさんの書かれていることで言えば、アスペ同士の夫婦の場合は「一緒にいること」ではなくて、必要なときに助けられるように「適切な距離を保っておく」ことが結婚というわけですね。この「一緒にいる」と「適切な距離を保つ」ということと、なんだかそれぞれの夫婦の特徴の違いを表す言葉として、意外に重要かもしれません。

 「夫に不満があるとすれば、苦手なことが似ているので、私がいざ助けを求めたくなる時に、彼は私以上にパニックになっていることですね。・・・あれ、これって、定型の女性がアスぺの男性に抱きがちな不満によく似ていますね(苦笑)。」

 これは私もしばしば経験してきたことです (^ ^;)ゞ

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