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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年12月30日 (金)

耐えること=愛?

今日ちょっとおかしかったんですが、家に帰ってきている娘と三人で
ご飯を食べているときに、パートナーがわりと辛らつな言葉で
私に反論したんですね。

で、昔なら深く傷ついていたような話になるんだろうけど、
パートナーが「パンダだからそういう言い方で言った」と言うんです。

つまり、例の「自分モード」で「正直」に話したわけで、
自分がそれができるのはパンダだけだというわけです。

そうすると娘がすぐにちゃちゃを入れて、
「お、お父さんすごい愛されてるジャン」と言う。

ま、確かに他の人には言わないことを私にだけは言ってくれる(?)
ということだから、ほんとに特別扱いな訳だし、
そういう特別な存在として認めてくれているという意味で
娘の言うことは間違ってはいないわけですよね。

で、私としては喜んでいいのか、悲しんでいいのか、
とても複雑な心境になってしまうというわけです (^ ^;)ゞ
ま、今のところ喜びの方がやや勝っていますが。

なんか「愛って耐えることなのね」とかいう
臭いセリフが昔有りましたけど、そんな感じでしょう?


スキンシップについてはヒロさんの登場で
さらに面白い展開になりそうですけれども、
なんにんしても我が家ではまあ苦手な方な訳で、
定型的には私は非常に寂しい訳なんだけど、
でもそもそも「一緒に暮らしている」と言うこと自体が
アスペにとっては超級の特別待遇だ、
という話を聞かされると、う~ん!と考え込んでしまうのと
ちょっと似てますね。


あと思うのは、この話、ひっくり返して同じように考えることが
できるだろうか、ということです。

つまり、定型の私の側が「自分モード」で話すことで
パートナーには辛さが出てきてしまうんだけど、
でもそれは私が、相手がパートナーだからこそそうしたんだ、
みたいな話があるかどうか、ということですね。

うーん、なんか複雑そう。
だいたいアスペの人の「自分モード」というのと、
定型の「自分モード」もかなり違いがありそうで、
単純に比べられない感じもする。

あたまこんがらがりそうだから、今日はこの辺で退散します paper

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