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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年9月 1日 (木)

記憶と信頼

 このところみなさんの議論の中で、「記憶」の問題がしばしば取り上げられていました。

 考えてみると、「記憶」というのは単に英単語を覚えるとか、年号を覚えるとか、そういう受験用の「知識」を頭に入れる能力のような問題ではなくて、色んな意味でその人の人生に関わっちゃうんですね。

 昔、「朝起きたら自分の名前がわかんなくなっていた」みたいな短編小説を読んだことがありますけど、名刺にも証明書にも、あらゆるところから自分の名前が一斉に消えてしまっていて、自分が何者かわかんなくなっちゃうんです。つまり自分という人間を表す頭の中の記憶も、頭の外の「記憶(記録)」も全部失われてしまう。これ、めちゃくちゃこまっちゃうんですよね。自分が何者か分からないって、ものすごく不安だし、実際問題、社会生活がおくれなくなっちゃう。

 もう古い話になりましたが、昔「僕って何?」という小説が話題になって芥川賞をとったこともありました。自分がわからなくなる状態は、とても深刻なわけですけれど、逆に「自分はどういう人間か」を人に知ってもらうために話すこと、つまり自己紹介の場面を考えてみると、そこで話すことは名前にせよ、経歴にせよ、特技にせよ、趣味にせよ、性格のことにせよ、家族のことにせよ、言ってみればそのすべてが自分に関わる「記憶」とも言える。

 そんな風に考えてみると、「私」って、「私についての私の記憶」とでも言えるところがあるように思います。「私の人生って何?」と聞かれれば、それは「私がこれまでにたどってきた経験について積み重ねられた記憶」と言えるかも知れない。もちろんそこには単なる知識としての記憶だけじゃなくて、「幸せだった」とか「つらかった」とか、そんないろんな思いがそこにこもっているわけですけれど。

 韓国映画に「頭の中の消しゴム」というのがあって、自分と積み重ねてきた思い出が記憶障害で次々に彼女の中から消えていってしまい、最後には自分のことを誰なのかも分かってくれなくなる、というストーリーになっていたと思います。そういう状態の中で、主人公が彼女を愛し続けるみたいな純愛ドラマだったと思うのですが、ということは、記憶というのはたんに自分の問題だけではなくて、自分と相手をつなぐ「思いで」でもあるわけですね。

 そうすると、「幸せな関係」というもののひとつは、「楽しい思い出を沢山積み重ね、共有している関係」と言えるかも知れません。逆に「不幸せな関係」の中には「辛い思いでばかり積み重なって共有されている関係」というのを考えることもできそう。もちろん「こんなに辛い思い出を共有して、それを乗り越えて今の幸せがある」みたいになれば、それはまた「幸せな関係」にもなりうるでしょうから、あんまり単純には言えませんけれど。

 「過去の幸せな記憶」は辛いときにも自分を支えてくれるかも知れません。場合によっては「今の不幸せ」を際だたせる役目を果たしてしまうかも知れない。人間関係の中で、相手の人と思い出をどう共有するか、どう共有できるのか、ということはとても大きな意味を持つと思えます。それは二人の幸福感にもつながる問題になる。

 私自身、こんな経験があります。法事か何かで会った遠い親戚の人が、私はその人のことを全く覚えていないのですが、私の幼児の頃のことを覚えていてくれて、話をしてくれたんです。なんか不思議でした。そこで話されているのはこの私のことなのに、私の記憶の中にその私はいなくて、ほとんど知らないと言ってもいいような人の中に何十年もの間生き続けていたんです。「へえ、私って私の中にだけではなく、沢山の人たちの記憶の中に生きているんだ」と思ったし、その意味で「私って、いろんなひとのつながりの中にひろがって成り立っているんだ」とも感じました。

 だから、ある意味ではたとえ私という「生き物」が死んだとしても、私に関わって私についての思い出を持つ人がいる限り、私は生き続けている、という言い方も、まんざらでたらめというわけではなさそうに思います。反対に私の中ではすでに亡くなった私の祖母や何人かの人たちが思い出として生きていますし、今でもその人達の思い出は私という人間の一部になっています。そんなふうに「私」というのはできあがっている。

 「約束」も人との間に共有された思いでのひとつ、記憶の一種ですよね。そして「約束」は過去に向いているのではなくて、未来に向いています。「こういう約束を交わしたから、そのことを信頼して次の行動をする」わけですから、その「約束」という記憶は自分がこれから安心して次の行動を採り、生きていくための足場になるようなものです。

 だから約束を破られる、ということはとてもショックなことになるし、約束を破るような相手とは「未来を共にしたくない」という思いにもなる。なにせ信頼ができなくなってしまうわけですから。ましてや「約束した」という「記憶」自体が否定されてしまうと、そのショックはますます大きくなる。

 アスペと定型のズレの中で、記憶のことがしばしばとても深刻な問題になるのは、そんな風に記憶というものが「人と人をつなぐ」という大事な役割を果たすからでなのしょうね。それがうまく共有されないとき、相手への信頼が失われるかも知れない。相手の人と積み重ねてきた人生の意味が見えなくなるかも知れない。二人の人生を支える共通の足場が失われてしまうかも知れない。

 もちろん、もうどうやってたってもう直接に思い出を語り合うことができない「死者」とのあいだでさえ、自分は心の中でつながりを保ち、それに支えられさえするのですし、重度の認知症で自分のことを誰だかわからなくなってしまっている家族でも、それだけで自分にとって意味のない存在になっちゃっうということはない。ましてや記憶の仕方や記憶するポイント、記憶の変容の仕方にズレがあって「共有の仕方に難しさがある」という場合には、それだけで相手の人に意味が無くなる、という単純なことではないでしょう。

 けれども、今も、そしてこれからも一緒に生きていく、という可能性を持った間柄であるならば、そのズレの問題はとても大きな意味を持つし、とても大事なこととして丁寧に考えていかなければならない問題のひとつだなあと、そんなことを思ったりします。

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コメント

「私=私についての私の記憶」というの、なるほど〜と思いました。であるとするならば、「私についての私の記憶の否定=私の存在そのものの否定」となっちゃうので苦しいんですね、きっと。

私はおばあちゃん子だったので、祖母が死んだ今も、苦しい時は「おばあちゃん、助けて」と心の中で言います。祖母は私の記憶の中で生きていて、その記憶はもはや「私」なのですね、きっと。「おばあちゃんとの思い出を所持している人=私」ということでもある。「おばあちゃんの記憶に支えられている人=私」ということでもある。

なんだか不思議ですね。そして、(良い)人と人のつながりというものの素晴らしさというのも感じます。おばあちゃんとのリアルな世界での「(良い)つながり」があってこその「つながりの記憶」だと思うから。「(良い)人と人とのつながりの記憶=豊かな人生」ということかもしれません。

「つながり」の記憶も定型同士でも完全に一致する訳ではないですが、でも、やはり、そこには定型同士なら言わなくても通じる確かな「何か」がある気がします。そして、その「何か」を手がかりに「その先」を築いて行っているような気がします。

その「何か」が共有出来ないと、「その前」も「その先」も否定されちゃうんですよね、きっと。そして、その「何か」を否定され続けると、自分の存在そのものの基盤があやうくなり、定型の側は「発狂しそう!」というところに追い込まれる訳ですね、きっと。

非定型の側にしても、逆は真なりなのかもしれません。

「共有出来なさ」の度合いがひどい場合は、お互いが、それぞれのストーリーを信じて、リアルな世界ではふれあわないのが、お互いの「身を守る」ために大事なような気がします。(臨界点?)

結局はすべてのことはそこに戻っちゃうけど、「非定型の凹の深さ」「定型の側の性格や能力」「互いの愛情の強さ」などのもろもろで、臨界点が決まってくるんでしょうね。

仕事の場での「約束事」の記憶のすれ違いは、実害も生むから大変でしょうね。容易に馘首が出来る場合は馘首にいたるのでしょう。でも、容易に馘首出来ない場合は、定型の側が苦労を強いられたり、非定型の側が「職場のいじめ」にあったり、ということもありそうに思います。管理職の友人が「職場の困ったちゃんのお世話は仕事のかなりの部分を占める。仏の心にならないとやってられない」と言ってました。「困ったちゃん」が非定型とは限りませんが。

こちらも、発達障がいの人の特性がもっと知られるようになり、を社会全体が彼らを温かい目で見るようになり、いろいろな工夫が発見され、その技術が普及すれば、今よりも彼らの就職は容易になるだろうし、彼らの凸を社会全体で有効利用できるようになるのだと思います。

現在は、非定型に関する知識や、逆に定型の側が「あたりまえ」すぎて問題にしてこなかった「定型のクセ」に関する知識が、まだまだ普及してないので、決裂しなくていいケースでも決裂しているというのはあると思います。

でも、そこまで至っていない今、記憶が共有出来なくて、家庭でも職場でも、気が狂いそうになってる定型はいっぱいいると思います。

「記憶」に関するズレによって"も"、以前は争いが絶えませんでした。

KSさんのコンビニ事件のようなことも頻繁に起こっていましたし(あまりにも日常的にありすぎて特別なことではなくなっていたせいか、かえって、その詳細を覚えていないのですが)、夫が私との約束を忘れて他の人との約束を入れてしまったことで大喧嘩に発展してしまったり。

ですが、公私ともども書類関係の提出等々に関しては、パンダさんが前のテーマ(でしたっけ)で書かれているように、夫はきっちりやっています。そういうことは、締切が決まっていたり、その期日なども明記されていることが多いので、夫にとってはむしろ得意分野かもしれません。

問題は、文字にされない部分、日常会話など口頭でのやり取りのみになったときに起こりやすいのでしょうね。「記憶がない」とか「記憶の時系列が違っている」など。

記憶に関することは、なぜなのか理由は自分でもわからないのですが、かなり昔、遅くとも20歳の頃にはかなり興味を持っていました。そして、「記憶をなくすとはどういうこと」かにもとても関心があり、

坪倉俊介さんの本「ぼくらはみんな 生きている」、本&映画では「明日の記憶」「博士の愛した数式」などと好んで読んだり観たりしていた時期があります。

まだアスペルガーの「ア」の字も知らない頃、6年ぐらい前のことだと思うのですが、「博士の愛した数式」にはなぜかものすごく惹かれ、1週間のレンタル期間に4回観たほどです。

この映画の中の、寺尾聡扮する博士は、交通事故の後遺症によって「記憶が24時間しか持たない」という状態になっていて、前の日のことはすっかり忘れている。博士自身その記憶障がいに苦しんでいるのですが、

そこへ、あるお手伝いさんとその息子が毎日通ってくれるようになる。そして、毎日、初対面のように自己紹介をかわしあって1日をまた初めからやり直し、その中で、お手伝いさんや息子さんとの交流を楽しむ、

お手伝いさんの方は、「博士に昨日の記憶がなくなっていても、いいんです。博士とまた新たな1日をすごせればそれで幸せなんです」というようなことを言って、毎日通い続ける・・・ザザッとあらすじを言うとこんなところです。

前置きが長くなりましたが、私は、初めてこの映画を観たとき、記憶が24時間しか持たない博士のことがとても羨ましくてたまりませんでした。「私のこれまでのことをすべて忘れてしまえたら」「過去を忘れて、今だけに生きることができたら」・・・そんなことを切実に考えていた時期のことです。

何回目かに観たときには、このお手伝いさんに強烈に憧れました。博士には記憶を失う苦しみがあり、お手伝いさんには忘れられてしまう寂しさや虚しさがあるけれでも、それでも博士と1日1日を一緒に新鮮な気持ちで過ごしたいと思う、そのお手伝いさんのような人になりたいと思ったことを、今思い出します。

10数年間の摂食食害と、その間に起こったもろもろの葛藤・失望・悲しみ・怒り・投げやりな気持ち・絶望・・・そんなものに支配されていた私だったので、本当にすべての記憶を失いたかったんですよね、その時期って。

過去の記憶をなくして新たな気持ちで1日を過ごせたらどんなにいいか、1日1日を新たな気持ちで過ごしている人と一緒にいられたらどんなにいいか・・・その頃の私にとってはとても切実な願いでした。

それから数年後、アスペルガーというものを知って、夫の記憶にあいまいなところがあると気づき、反対に自分は、ほかの大部分の人が忘れているようなことを、忘れたくても忘れないような記憶の仕方をしているのではないかということに気づき、

「博士の愛した数式」は、実は、夫と私のことと重ねながら見ていたのではないか、とずいぶん後になって思いました。

私の脳は、ちょっと前まで、どうも記憶を消去する機能が劣っていたように思うんですよね。一般的には短期記憶だけですぐに消去されるようなことでも、なぜか長期記憶に入ってしまっていて、それがまた辛い記憶だったりするものだから、その記憶に長いこと苦しめられて・・・ということが、以前はよくありました。

(小・中・高・大学それぞれの友人たちから、私は「ただ普通に覚えている」ようなことでも「よくそんなこと覚えてるね!」と言われることが多く、どうも一般的な記憶よりもよけいな記憶が残っているではないかと思い始めたのが、数年前のことでした。)

まとまりませんが、夫とは「記憶」のことで揉めに揉めた、そしてずいぶんややこしい喧嘩にも発展した、困ったこともたくさんあった、

でも、もともと私には「忘却できることに憧れていた」という面があったんです。今回のテーマの文章を読んで思い出したことですけど。

すみません、ただ、こういう側面があった、ということだけで、何も結論はありません。自分でもまだ漠然として、整理できるとこまでには至っていないので。

>カレンさん
私の「コンビニ事件」は、カレンさんの体験と同じ種類のもののような気もするけど、なんか違うような気もします。私の「恐い!」「いやだ!」という感覚とカレンさんの「我が家にもありました」は、同じかもしれないけど、なんだか違う気がします。

言葉が不足してたかもしれませんが、「足りない物があったら僕がコンビニに寄って買物していこうか」以下、5分くらいの間、「卵はあったっけ?」とか「明日の朝何が食べたい?(それに照らして不足な物は何かを明らかにするため)」とか、たわいもない会話を続けていましたが、「私がコンビニに行く」という「合意」はその中で、一度も、出来ていません。

「じゃあ、KSが行ってくれるんだね」の「じゃあ」って何????

「言った」「言わない」も困るけど、なにをどうやったら、「じゃあ」というのが出てくるの? 「じゃあ」は「では」ですよね。「これまでの話を受けて」「それでは」ですよね。でも、「これまでの話」を全然受けてないんです。「今さっきまで」「ほんの1秒前まで」の会話なのに。

それじゃ、話したって無意味ですよね。話してた時間も、その時の私の発言も、その時に私が考えていたことも、ぜ〜んぶ、「消去」です。「頭の中の消しゴム」で「記憶」が消されるのもイヤですけど、「消された上」に「書き換え」が起こるのは、さらにイヤ〜な感じです。

話したって話したって、私が言ったことも考えたことも全部ゼロにされてしまう。その上、全く身に覚えのないストーリーが上書きされていく。

自分が粘土細工になって、踏みつぶされて、ちぎられて、また練られて違う形にされるような不快さがあります。「忘れる」とは違った「底知れぬ恐さ」があります。本当に恐ろしかった。私の目の前にいる「物体」は、何なんだろう、と思いました。
(>当事者の方へ ひどい表現でごめんなさい。でも、カレンさんに迫るこの私の「しつこさ」も「後天的アスペ」のなせる技だと思うので、「お仲間」と思って許してね。)

記憶の曖昧さについては、前に紹介したと思いますが、香川大学坂井先生の講演で自分が自信ある記憶がいかに間違っているかというのを見せてもらいました。

http://www.sunface.or.jp/sakai/

ネタはばらしませんが、一定の文脈の中で一連の動画を見せて何を見たか報告するという型どおりの実験です。「ほんとは自分は事実を見ていない、世界を自分の見たいように激しく歪曲して見ている」という事実が示されました。後で同じ動画を繰り返し見せてくれましたが、「なんでアレが見えてないんだ、そんなバカな」「なんでアレがあんな風に見えたんだ、俺の目はどうなってんだ」という感じです。そして、聴衆のほぼ全員95%以上(98%位かな)が同じように地団太ふんでました。

後で確認させてくれるときは、初見のときの文脈が外れていますから、画面のどまん中でとんでもない事実がはっきり見えるんですよ。で、100%ではないところがミソ。100%だったら、「坂井先生が別の動画を見せた」と全員が思うわけでしょうが、与えられた文脈の影響を受けないで「画像を文字通りに見た」人がごくわずかですがいたのです。この人らがたぶん共同幻想にとらわれず、定型が見えない世界を見ているのです。

定型の人が「間違えてる」と言うのではありません。教養の心理学の教科書でよく出てくる「パックマンが三つ向き合ってるのが三角形に見える絵」とか、「ダック・ラビット」とか、「若い婦人・老女」とかと同じで、フツウの人間の認知機構には合理化が自動的に働いてる、ということです。

これが大多数の人と少数の人で記憶が食い違う場合を実験環境で再現した場合です。これは、認知の段階でおきてるので、KSさん、事実の食い違いになってるのです。解釈がちがうというものではありません。それだけに本人には認められないことです。コンビニ事件でも会話のはじめに設定してある文脈が2人の間で異なってたのではないでしょうか。夫さんは、(KSが行ってくれる)を前提に「あれがいるな、これもいるな」と話していて、KSさんは(どっちがいくかはおいといて--- 荷物の量とか財布の中を確認して後で決めればいい)という前提で「あれがいるね、これもいるね」と話をしていたのでしょうねえ。

うちで夕べもありました。子が新学期に必要なもの、母ちゃんが手にもってた(私の記憶)ので「あ用意してくれてるんだな」と思ってたら、朝になって「ないない、どこ」って。「昨日、君が手に持ってたのを見たけど」というと完全否定されました。「夏休みの間、私は一度も触っていない、どこにあるかも知らない」と。仰天するしかないです。私の記憶はなんだったんでしょう。このときはかなり確かな記憶だったし、ブツは私がすぐに見つけました。ン?私が見つけたということは、私が(潜在意識で)知ってた、すると手に持っていたのは母ちゃんでなく私か?ああ、いよいよ私の頭はおかしくなったのか?こんな感じでカサンドラになるんですよね。今回のは「母さんがそれを持ってる視覚的なイメージ」が記憶にあったので、そこまで深刻にはなりませんでしたが、そういうイメージが脳で整理されたあとで言語的な情報に置き換わってたりすると、もうダメです。完全に混乱します。

やっぱり、一緒に生活しない方がお互いにとってイヤな記憶を積み重ねないですむだろうなぁ、と思いました。イヤな感じというのは、その人間の活力を奪い、低い活力で活動することを常とすることで能力を奪い、向かう先は廃人。そんな感じがしています。一旦離職→能力低下→復帰不能→専業主夫→パート→ますます能力低下、という構図とみごとに整合して見えてしまうのが定型的推論体系ですから。--- KSさんのいう「底知れぬ怖さ」は私にとってこういう感じです。

私の場合、「期待したことをやってくれない」程度では、それほどへこみません。私がやればいいだけのことだから。戦力にカウントしなければいいだけのことだから。そりゃ「一緒にいてもひとり」で虚しいですけれど。ペットにお手伝いを期待しなくても、癒してもらえたりするじゃないですか。子供が来る以前そういう感じでした。でも、「困ったこと、イヤなことをされる」方は、もっとずっとこたえる。しかも悪意があって我慢できないほどのことなら、こっちも本気で応戦できるけど、悪意がなく、どうにか必死で我慢できる程度のことを繰り返し繰り返し積み重ねていくと、「無気力」が学習されていくんです。イヤな環境から逃げ出す能力が残っているのに、逃げ出そうともしなくなるんです。これは心理学の本読めば「ワンコに電気ショックの実験」でも確認されてます。これが鬱病の正体です。

>joさん
そもそもの出発点はね、「僕が行こうか」なんだよね。それがどこで「KSが行く」になったのかが不明なのよね。出発点もズレちゃってるの。

人間、「悪意のあるイヤな行為」に対しては「闘う」とか「逃げる」ことが出来るけど、「悪意のないイヤな行為」の対しては、どう対処していいか分らなくなってしまいますよね。

難しいなぁ。

そういえば、アストン博士もワークショップで「学習性無力症」に言及されていました。繰り返し、(定型側からすると)因果関係の分らない、(定型にとっては)何故そうなるのかのロジックの分らない相手の言動にさらされていえるうちに、なにも出来なくなっていく・・・と習いました。

joさんは「能力低下」してないと思います。それどころか、普通の男性は身につけていない、いや、普通の女性の専業主婦も身につけていない、(発達障がいを持つ)子どもに対する観察力、その観察に基づいた適切な対応をなさってるじゃないですか。だから、子どもさんが、joさんのことをかばったり出来るようになってる訳ですもん。

iroriaさんとこを見ても、療育をきちんとやるかどうか、が子どものその後に及ぼす影響は大きいですよね。それが、出来ない親が多いから(決して簡単なことじゃないから)、私の夫みたいな激しい記憶障害の出る人が現れるんじゃないでしょうか。

それを思えば、joさんがなさってることは偉業です。自信もってくださいね。子どもさんが、いい感じに育ってることがその証拠。子どもさんと金網に昇ったり「いい時間」を持ててるのがその証拠。

発達障がいにこれだけ詳しいというのも能力ですよ。ほんと、よくご存知ですもの。

坂井先生のご紹介、ありがとうございました。以前にもお名前を教えていただいたことあったと思いますが、当時は「読んでみよう」という気持ちになれずにいました。NHKのニュースで携帯を使った自閉症児のコミュニケーションの可能性をやってたことがあったけど、あれ、坂井先生なのかしら?

>カレンさん
摂食障害のことは詳しくないんですが、摂食障害で苦しんでる若い女性と話したことがあります。克服するの、とても大変みたいですけれど、脱却出来て良かったですね。

>joさん
男性がね、子どもに対する観察力をそこまでつけること、それに対応して子どもの状況に応じた対応するのは、並たいていのことじゃないです。女性は、小さい頃から、「相手の気持ちに沿うこと」「相手に合わせること」を求められ(強制され?)、身につけてますからね。男性がそれを大人になってからやるのは、女性の何倍も何十倍も大変です。joさん、ほんとにすごいことやってるんですよ、実際。

社会的には(不当にも)評価されないし、そのスキルに金銭的な対価が伴う事は(不当にも)ないけど、多くの女性も、本当に細やかなスキルを持っているのだと思います。看護婦さんが、患者さんの顔つきみただけで、今日は調子いいとか、あれ?どっかヘンだ・・・と思う「能力」も、医者の数値に頼った判断よりずっと難しいかもしれないでしょ?

KSさん

「その「何か」が共有出来ないと、「その前」も「その先」も否定されちゃうんですよね、きっと。そして、その「何か」を否定され続けると、自分の存在そのものの基盤があやうくなり」

 ほんとにそうだと思います。逆も又真なりと書かれているのもその通りという気がして、うちの場合はパートナーの方も「共有されない」ことで苦しんできた、ということを時々しんどそうに語ります。ただ、哀しいことにその「共有されない」ものが何なのか、ということが、話を聞いていても私の方がもうひとつぴんと来ないです。だからそこで共感的に接することもできなくて、そのことでまた彼女がしんどそうになったりします。そういうことについて、最近パートナーがしみじみと「本当にお互い様なんだね」と言ってくれるようになって、そこは一歩前進、という気は私の方はしているんですが、彼女の方は必ずしもそう感じていない気もして、そこもむつかしいなあ。 


カレンさんの

「でも、もともと私には「忘却できることに憧れていた」という面があったんです。今回のテーマの文章を読んで思い出したことですけど。」

 というところ、面白い(興味深い)なあと思いました。

 カレンさんほどの「天才型の記憶力(見たものは忘れない)」はないですけれど、私でも思い出したくもない記憶はありますね、やっぱり。超記憶能力者の話を読んだことがありますけれど、ほんとに一度見たものが忘れられないという人らしくて、記憶力の悪い私なんかはある意味うらやましいんだけど、でも本人はすごくつらい人生を送ったんですって。「適度に忘れることができない」というのはそれ自体、一種の「障がい」になってしまうんですね。私のように忘れすぎるのも「障がい」でしょうけれど (^ ^;)ゞ

 ということで、「博士の愛した数式」はみていないので分かんないところがありますが、書いて下さった話からすると、博士をケアする女性がそのことに幸せを感じる一方で、博士自身は苦しんでいる、という矛盾した構図をどんな風に考えたらいいのかなと思いました。なんか結構難しい問題を含んでいそうな気もします。博士が苦しんでいない場合はそのままハッピーなんですけれどもね。

 

KSさん

>言葉が不足してたかもしれませんが、「足りない物があったら僕がコンビニに寄って買物していこうか」以下、5分くらいの間、「卵はあったっけ?」とか「明日の朝何が食べたい?(それに照らして不足な物は何かを明らかにするため)」とか、たわいもない会話を続けていましたが、「私がコンビニに行く」という「合意」はその中で、一度も、出来ていません。

「じゃあ、KSが行ってくれるんだね」の「じゃあ」って何????


上のお話、うちの場合で言うと、たとえばこんな会話かな。これは数年前の私の入院中に夫が面会に来た時のことです。(アスペルガーの「ア」の字も知らなかった頃)

夫:「今から一緒に出かける?」

私:「うん、出かける。」

(*急に誘われたので、声をかけられてから外出の準備を始める。着替えたりコンタクトを入れたり。その様子を見ていた夫が唐突に発した〔と、当時の私が感じた〕ひと言は次の通り。)

夫:「これって、あなたは出かけないし、俺もここにいろってことね(怒)!」

(*なんで「これって」になるのか、サッパリ全く全然わけがわからずに私が言ったことは次の通り。

私:「私は"出かける"って言ったし、そのために準備してるのに、なんで"私は出かけない"とか、"俺もここにいろ"とかいうことになるわけ(怒&悲)!」

この後は、お決まりの喧嘩でした。

この時の夫の論理は、後で聞いた話による「 "出かける"と言ったら、あなたはすぐに"出かける"はず→あなたがすぐに"出かける"ことをしない→あなたは"出かけない"→自分もここにいる」らしいんですよね。

他にも日常的にいろんなことがあったのですが、あまりにもいろいろありすぎて、たぶん全然珍しいことではなくなっていたせいか、ひとつひとつは記憶には残っていません。

こういうことの延長線上に、ちょっと大きなことが起こって、それをきっかけに関係が悪化して別居にまで至ったのですから、KSさんが言われていることはよくわかります。

今でも、上のようなことになっていく夫の論理は、「夫はこう考えたんだ」とは思っても、実のところは何度聞いても理解はできません。ただ、アスペルガーのことがわかって、再び同居するようにもなって、上記のようなことについて何度も何度も話し合いをしていく中で、

夫は「なんであの時は、そんなふうに考えたんだろう?・・・なんか、悪かったね・・・。」というようなことを言っていたし、私は私で、いまだによくわからないけれども、関係がどんどん悪くなっていく中で、どちらもパニック状態になって、お互いに何を言っているのかわからない部分も多かったのではないかと思っています。

それから、入院中のできごとに象徴されるようなことついては、「外出前に、これこれの準備をするから10分待って」とか、言葉で具体的に話していれば避けられたトラブルだろうと今は思うんですよね。

この書き込みをしながら、この2年ほどのことを振り返ってみているのですが、この手のトラブルはありません。たぶん、「見てわかるだろう」と思うこと(出かけるために準備しているとか)でも、今はすべて言葉で言っているし、生活の中の様々なバリエーションも含めて、夫が「こういうこともある」と納得していることが、改善に大きな役割を果たしているのだと思います。

また、ちょっと舌足らずですが、今日は時間切れです。また!

KSさん、

「摂食障害」、私が高校生で発症した当時は病名すらなく、いったい自分に何が起こっているのか、これも(!)またわけがわからず本当に苦しみました。病名がわかったのは結婚後、発症してからすでに10年以上経った頃のことです。

他にも、原因不明とか名前のつけられない症状があって、最初にその症状が出たときには大学病院で「そんな、病名のない症状は病院で扱えない」などという本末転倒の扱いを受けました。病名ができたのを確認してから同じ大学病院に行くと「なんでもっと早く来なかったんですか」と怒られるし・・・なんだか、この類では、いつも時代の最先端&カサンドラにならざるをえない運命にあったようで。

摂食障害は、誰にも言えず長いこと苦しみましたが、子ども2人がちょっと大きくなった頃(4歳と1歳ぐらい?)、ふと、気がついたんですよ、すっかり治っていることに。あんなに、やめようやめようと努力しても全くダメで、ますます罪悪感を募らせるだけだったのに、子どもたちの誕生と存在によって、私の心の何かが自然と大きく変化したのでしょうね。(なので、これによっては1度も病院のお世話になったことはありません。)


パンダさん

私の記憶は、五感からの感覚や感情を伴っていて&しかも、それをあまり人に話したりしていなかったので、自分の中で何度も何度も反芻しているうちに、長期記憶になってしまったものも多いのだと思います。

実際に忘れていることも多いと思いますよ・・・何を忘れているかは、何せ忘れてしまっているのでわかりませんが(笑)

最近は、物忘れの兆候とは別に(物忘れ、この1年で進行している自覚が・・・(^^;)・・・)、いろんなことをすぐに忘れるようになりました。怒り・悲しみ・落ち込み等を自覚して、それに対処することが多少できるようになったせいか、長くても3日ぐらいで忘れてしまう感じです。

「忘れる」ことに憧れていたのは、もう過去のことで、今は「忘れる」ことを自然実践している感じです。久々に「忘れることに憧れていたり」「忘れ方がわからないと悩んでいた」時期のことを思い出し、今とは全く違うその当時の自分の感覚を、ちょっと懐かしく思いました。

KSさん

「髪結いの亭主」とか「不当に」評価されてる私も、「美しい誤解」してもらってありがとう。誰もそういうふうにポジティブなこと言ってくれないっす。

>そもそもの出発点はね、「僕が行こうか」なんだよね。それがどこで「KSが行く」になったのかが不明なのよね。出発点もズレちゃってるの。

夫さんの肩もつわけじゃないですけど、「あー、ひょっとして」と思いあたりましたので。「僕が行こうか」の「か」は疑問文なんだよね。もちろん定型ワールドでは修辞的に「僕が行く」の意味で使うんですよ。でも、この人らと話してると「文字どおり」解釈されちまって、後で「えー!」というとき多いです。

「僕が行こうか」(僕か君かどっちだ?)
(あなた<夫さん>が言ってよ、と言わなかった=私<KS>が行くという意味だな)

というような、ものすごく強引な(定型的には逸脱した)論理が働くことがあるんでしょうね。これが、私の言う「泥棒にも理」「子供の屁理屈」にあたる論理です。

>因果関係の分らない、(定型にとっては)何故そうなるのかのロジックの分らない相手の言動にさらされていえるうちに、なにも出来なくなっていく・・・

だから、この論理の因果を読み解くことは、自分が崩壊するのを防ぐ術の一つじゃないでしょうか。それって部分的に(定型的にいうと)抜けているのはどこだ?って、上の例だと「修辞疑問文=肯定文」みたいなルールを学習してないことをつきとめていく作業になり、、、子育てに通じることなんですよね。

だから「ASは2歳児て言われてるぞ」みたいな過激な発言が飛び出したりするんでしょうね。パンダさんが上手にいなしてましたけど。

部分的2歳児ってのは、「定型」といわれる人の中にも有り得ないわけじゃないけど、その「食い違い」っていうのが辛さのツボだ、というパンダさんの意見も私なりにわかってきたみたいな気がします。

カレンさんは、老化とともに「忘れん坊」になるのも無理からぬこと、美しく枯れようよ、というのを示唆されているのかな。で、「定型」も死ぬまで「定型」でポックリ逝くわけじゃなくて、能力低下しながら部分的2歳児になりながら死んでいくわけで、そこまで視野を拡げればAS的逸脱行動も対岸の火事じゃないです。それは、親の世代を見てるとそろそろそうなってますもん。

それと、坂井先生は、携帯電話でコミュニケーションツール開発してます。たぶんNHKで見たのはそうだと思いますよ。「環境を整備すれば障害が障害でなくなる」というスタンス、世の中の潮流ですが、その論調、私は誰の話を聞いてもなんかしっくりこないんです。どこもかしこも車椅子で入れるように整備するなんて、何かが変だぞ、健脚を鍛えた人だけが入れる聖域はあって当たり前だ、と考えてますから。でも、坂井先生の講演で、私自身が障害の(見えるはずのものが見えてない、気付くはずのことに気付かない)体験をさせられ、それを交えて聴かされたときだけは、「うーん」とうならされてしまった。

私も部分的2歳児なのですよ、悔しいけど。

>joさん
書きたいことがいっぱいあります。一度には無理なので(気持ちや考えを整理する時間が必要)少しずつ。

「美しき誤解」についてはね、これ、「誤解」じゃないからね。私の本音です。

でね、これ「誤解」って言わないでね。なぜなら、これを「誤解」というのは、女への侮辱よ。つまりはね、「女の能力」や「女の文化」への。

って、まぁ、joさんもパンダさんも、照れ屋さんだからっていうだけなのかもしれませんけどね。

女が「目の前の子ども」を守るために、営々とやってきたことなのだと思うのね、joさんがやっておられることは。子どもは毎日世話しないと死にますからね。特に小さいうちは。そして、赤ちゃんの頃から、子どもの発するメッセージを、本当に繊細なアンテナ張ってキャッチして、応答してやって、その中で子どもとの「絆」が出来て行く。

そして、これらのことは、女だからといって、実は、誰でもが簡単に出来てはいないことなのです。「子どもを愛せない」だのって悩んだりしてる女はいっぱいいるでしょ? joさんは、女一般が受けて来ている訓練を受けずに、普通の女より上手にそれをやってるのです。だから、誇りに思ってくださいね。

joさんと私の人生が重なるなぁと改めて思うのは、私は逆に「男」を生きているので、そのことでずっと「懲罰」を受け続けているのです。「お勉強が出来る女の子」だの「男の世界に侵入する女」は、「嫁に行けない」だの「女としては魅力ない」だの、バッシングを受けるのよ。

で、女の部分を攻撃されはバッシング受けるわ、男の部分では、男社会の競争の中で、男のネットワークの中に「自然には」入っていけないので苦労するわ、で、こっちでもさんざん。joさんがママ友の中に「自然には」入っていけないのと同じ。

男社会の中を泳いで行くためのネットワークが弱く、必要な情報が男同士みたいには入ってこない中で、私は、必死に闘っているのです、joさんも同じなんだと思う。女だったら簡単に手に入る情報が入ってこない中で、お嬢さんをそこまで育ててらっしゃるのは、マジですごいことよ。私も、仕事の上では、「くっそぉ、男だったらどんだけラクかしらん」と思うことはしょっちゅうあります。

非定型が定型文化の中で生きるのも生きづらいけど、女が男の中で生きるのも、男が女の中で生きるのも生きづらいってことでしょうね。

>joさん
この「コンビニ事件」に関しては、その後、しばらく経ってから、元夫にどういうことだったのか?というのを聞きました。「会話が重なって行かないので、どうやってコミュニケーションしていいか分らない。こないだのコンビニの件で、私は自分の存在が消されたような気がした」と。

元夫のロジックは、joさんがおっしゃったとおり。joさん、大正解! さすがですね。

夫のロジックは:
僕がコンビに行こうか、と「聞いた」→KSは「行ってください」と言わない→「じゃあ」KSが行くんだな。

私のロジックは:
夫がコンビニに行くことを「申し出てくれた」→しかし、私は、まだ、「お願いはしていない」→この話し合いは完結していない。

英語の:
Shall I...?は、疑問文ではなく、「○○しましょうか?」という「申し出」であると、英語の授業で習った記憶があります。
もちろん、相手に「してもらいたいか」「してもらいたくないか」を決める決定権はあるから、その意味では疑問文かもしれないけど。でも、「買物は僕が行く? 君が行く?」という、疑問文とは異なります。

外国語ならともかく、日本語で、同じことが起こるとは!

で、この「コンビニ事件」の後の話し合いの時に、私は「そんなあなたが頭の中で考えたことは、言ってもらわないと分らない。混乱する。いろいろおしゃべりしていた5分間が全部消された感じがして虚しかった」と言いました。元夫は「それはそうだね。自分の頭の中で考えたことを言わないと分らないね」と言いました。

だけど、上の会話も、多分「その場しのぎ」だったと思う。一応、「そうだね」と夫は言ったけど、多分、どこでズレが生じたのか、どうしてズレが生じたのかは、理解出来てなかったろうし、私が、なんでそんなに「虚しさ」を感じているのかも、理解出来てなかっと思います。

このコンビニ事件では、ズレが可視化されていたため「なんでそうなるの!」ということを考え易かったのですが、それでも、当時、元夫のロジックを聞かされた私は、「そりゃ、そう(KSが行く)思うわな。無理もない」とは思えなかったし、今も、思えていない。

本もいっぱい読んだし、抽象論としては「定型と非定型の間では、コミュニケーションが難しいです」と分っていても、こんなささいな事件について、そのトラブル発生のメカニズムを「推測」することが出来ていないです。はぁ(ため息)。

英語においても、日本語と同じように「直訳」すると、英語文化圏では「失礼に聞こえる」ということがしばしばあり、英語学習者も上級になってくると、そのあたり、色々注意を受けます。日本人が「礼儀正しくあろう」として採用した表現が、あちらの文化では「傲慢」に聞こえたりということがあるので。

同じ国の言語を、同じような環境で学習しているにもかかわらず、非定型の人が「異なった文法」を身につけてしまうっていうことなんでしょうかね。同じ家庭で育っても、同じように学校に通って学校生活を体験していても、定型の子はShall I?は「申し出」と思うし、話し合いの中で「結論」が出ていなければ、その話し合いは完結しない、と思うし、非定型の子は、Shall I?は疑問文なんだから、単なる「質問」と思い、話し合いの中で「僕」という結論がまだ出ていないからには「君」という結論になって当然の必然!と思う。

なんか頭痛がしてきちゃいます。

コンビニ事件は、「行くのは僕か君か」という点でズレが「見えた」けど、それが見えない場面が無数にあったし、いまもあります。「どこでどうなってそんなことになってるんだ?」あるいは「何が起こってるんだ?」「『そんなこと』とは何か?」ということすら全然見えない。

日常の些事のひとつひとつに得体の知れないズレが生じると、もう、ほんと、発狂の危機。

>「修辞疑問文=肯定文」みたいなルールを学習してないことをつきとめていく作業になり
→Jちゃんに「日程調整事件」だったか何だったかについて話した時に、「それは、○(本格派で有名な作家さん)のミステリー並みの謎だわね。裏にいろいろありそう。その謎が解ければ、○並のミステリーが一冊書けるわね」と言ってましたが(こういう反応も定型の友人からは得られない面白い反応)、小説の中の名探偵でもない限り、大人になっちゃった非定型の「文法の謎」を解くのは無理だと思う。少なくともシロウトには負担が重すぎるなぁ。いや、少なくとも私には無理だぁ!

でも、定型が無意識のうちに身につけている日本語における「ソーシャルスキルとしての文法」というのを体系化して、療育の中で教えて行く、というのは、非定型の子どもたちの将来のためには、とても大事なことなんだろうな、と思いました。

もう、そういうのってやらてれるのかしら。だとしたら、『非定型という失礼な人たち—それは彼らがこの文法をマスターしてないからー100の事例』(定型版)『定型という傷つきやすい人たちーそれは彼らが文法をややこしくするからー100の事例』(非定型版)とかいうような本があれば、お互いがしのぎやすくなるのかしら。

Jちゃんの言う「○ばりのミステリー」は、丹念に事例を集めて分析すれば、解けるのだろうか。やっぱ(非定型と思われる)Jちゃんって、物事の本質にストレートにたどり着ける能力があって鋭いのかなぁ。


>joさん
元夫とコンビニ事件について話し合った時期の、「その後しばらくたってから」というのは、まだ関係修復の可能性を探っていた時期です。

でも、元夫のロジックを聞いても、私の中では、夫の「じゃあ」は、「そりゃ、そう思うのもアリか」「これからはその点について気をつけながらコミュニケーションしよう」とはならず、「こんな変な道筋でモノを考える人とのコミュニケーションは不可能だ」と思ってしまいました。元夫は、私にとっては、「変な道筋」(外国語)を(苦労して)学習してまでつきあいたい相手ではなかった、ということなのだと思います。

なので、一応、元夫の「正論」を聞いた後でも、私の中では、この事件は、今回、joさんから解説してもらうまで、ずーっと「謎」のまま、残っていました。

この事件は、一見些細な事件だけど、「あぁ、もうダメだ。もうこの人とやっていくのは無理だ。イヤだ」というのを心の奥底で思い知った事件でもあったのだと思います。あの、「じゃあ」を聞いた時の脱力感、その後しばらく経って、夫の「正論」を聞いた時の脱力感は、いまも体感的に私の中に残っています。その時は、ちゃんと意識してませんでしたが、後で振り返ると、この事件は私にとっては、決定的な事件でした。

非定型言語をテキストもなしに学ぶのは、文化人類学者が少数民族の社会に入って行って、一言もしゃべれないのに(少数言語すぎてテキストなどがない)、少しずつ、辻褄を合わせながら、「この少数言語の○は日本語の×かぁ」とか、「主語と述語の順番はこんな風かぁ」と、手探りで学ぶ作業に似ていますね。

いや、知識ゼロの全く違う言語を手探りで学ぶのより、同じ言語を手探りで学ぶ方が困難かもしれない。全く知らない言語は「ゼロ」から出発出来るけど、同じ言語だと「どこまで意味を共有出来ているのか?」ということを明らかにする必要があるし、それは膨大な作業だし、とても分りにくい作業ですものね。「知らない」を「知る」にする作業の方がずっとラクかもしれません。

文化人類学者は、「お客様」で、その社会の「一員」ではないから、そこの人々の生活に深く関わってる訳じゃないしね。すでに「生活を共にし、生活を一緒に回していかなければいけない」まして、子どもがいれば「待ったなし」の中で、こんな手間のかかる作業を、深く深く傷つきながら進めるのは、ほんとにしんどいことです。

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