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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年9月

2011年9月28日 (水)

入院時のエピソード

 入院や手術につきものなのが点滴ですね。日に何回、という形の点滴もあれば、私のように24時間、ずっと点滴を入れっぱなしで、トイレに行くのも食事に行くのも点滴袋をホルダーにぶら下げて引っ張って歩く、という形もあります。(医者に「わあ、病人みたい」と言ったら、「病人です」と言われました (^o^))

 で、この入れっぱなしの場合、針は刺したまんま、薬の入った点滴袋を順番に取り替えていったり、また二つ目、三つめの点滴袋を同じ点滴チューブに横から注入したりします。けれどもこの針も3日にいっぺんは取り替える(もちろん、刺し直す)わけです。

 予防注射とか採血でも、なれた人にやってもらうとほとんど痛みを感じずにいく場合もありますよね。ただし「弘法も筆の誤り」で痛いこともあるけど。血管注射では血管の細い人なんかの場合はなかなか針が血管に入ってくれなくて、何度も刺し直したり、刺してる途中でぐにゃぐにゃ針の方向を変えてみたりとか、そんなふうになることもあります。もちろんなれてない人とか下手な人にあたるとそうなる可能性が高くなる。

 点滴の針はわりに太いので、さらに血管にうまいことは入りにくいんですね。しかも採血時のように血管が一番太く見やすい腕の関節のところが使えない(ずっと針を入れているので、曲がる場所は使えない)。そうするともっと手のひらに近い方とか、腕の甲の方とか、そういうところで刺せそうな所を探すわけです。で、細くて見にくい血管を探り探り入れますから、失敗も当然多くなる。しかも3日にいっぺん刺し換えるので、ますます場所探しが難しくなっていきます。

 それでも苦労してなんとか場所を見つけて、何回も刺し直したりしながら針が一応血管には入ったとしても、さらに針を奥に差し込む段階で下手をして血管の外部に針の先っぽがでてしまうのか、輸液が血管の外にチョットずつ漏れ出す状態になることもある。そういうときは針の周囲が青染みのようになってきて、針を抜いたあとも一週間以上青やら紫やら茶色やら、へんな色が拡がってたりします。

 そういう時、やられているほうは見た目ほどには痛くないのですが、逆に看護師さんの方があせっちゃったりしますね。で、今回、三度目の針交換の時にその問題のエピソードが起こりました。


 刺し直しに来てくれたのは若いちょっと自信なさそうな女性の看護師さんで、後見人のような感じで少し年上の(と言っても若い)男性の看護師さんが側にいました。私の方はまな板の上の鯉ですから、「どうとでもしてちょーだい」という感じで、腕を預けてたんですが、案の定うまく入らないみたいで、随分長い間格闘してたんです。幸いその割に痛みとかはほとんど無かったんで、私はのんびり寝てました。

 そのうち、その女性の看護師さんの方が「ちょっとすみません」とかなんとか一言言って病室を出て行ったんですね。で、廊下の方で何か話をしているようでしたが、そのうち男性の看護師さんの方がやってきて、ちょっと笑うようにこんなことを言うんです。「今日は災難ですねえ。」

 技量の未熟な看護師さんがうまく刺せないことがあったとしても、それはまあしょうがないと思いますし、別にそんなに痛かったわけでもないし、練習台になるのも仕方ないくらいには思って私はそれ以上のことは特に思わなかったんですが、この「災難ですねえ」にまずカチンと来ました。あとから理屈を考えればそのときにカチンと来た理由はこういうことでしょう。「それ、あんたの言うセリフじゃないでしょう。あんたは患者さんに負担を掛けている当事者の側なんですよ。それを第三者のように「災難ですねえ」などと笑いかけるというのはどういうことなの?ご迷惑を掛けて済みません、というのが当たり前じゃないの?」

 で、その言葉に引き続き、その男性の看護師さんが改めて針を入れる場所を探しながら次の一言。「ああ、毛かあ」。ま、私腕も毛深い方なんですけど、要するに「こういう毛深いのってやりにくいんだよね」という意味に聞こえます。そのあと、うーん、とか、ふーんとか、なんとか言いながら結構時間を掛けて針を刺し終わり、テープで固定し終えました。その後のことです。

 彼は「わあ、もう血だらけになっちゃったし」と笑いながら言うんです。で、実際そこで状態を見てみると、確かにベッドのシーツには10cmくらいの赤々とした血の染みが拡がっている。この言葉で私は切れました。

 切れた理由はその看護師のあまりに無責任に思える言動です。自分や自分たちの技量のなさによって患者に余分な負担を掛けてしまった(ま、そのこと自体は私はそれほど深刻には思わなかったとしても)。ところがそのことについて一言の言い訳も謝罪もないままに、へらへら笑いながら(と感じられました)他人事よろしく「災難ですねえ」と言ってみたり、私の「毛」に文句を付けてみたり(と聞こえた)、挙げ句の果ては「血だらけ」の結果を面白そうに語ってみせる。

 で、その場でそのことを責め、責任者の人を呼んでもらうこと、もうあなたを信頼できないからということで、担当を変わってもらうことを要求しました。そうすると彼は基本的には失敗したとは思っていたようなので、にやけた笑いはなくなって、やや当惑したようにすみません、と言い、血のついたシーツとマットの交換をしました。(その後、看護主任の人に事情を話して担当を変わってもらいましたが、その主任は自分たちから見てもその看護師の対応は間違っているので、「振り返り」(反省会?)のときにちゃんと話をしますとのことでした)


 以前ならこの男性看護師については、「どうしょうもない無責任な人間だ。信じがたい!」と憤って終わっていたと思うんですね。このときも直後はそうだったんです。 ところが今回は看護主任の人と話をした後、1時間もたつかたたないうちに「あれ?」っと思いました。「これ、もしかすると……」と頭が回転し始めたんです。

 上に紹介した彼の言動をちょっと違う視点から見てみたとします。つまり、ほんとに素朴な感想を、なんの嫌みもなく素直に語ったのだと考えてみたわけです。そうすると、自分の同僚(後輩かも)の看護師さんが最初にうまく針を入れられなくて逃げ出しちゃった(後で謝りに来てくれましたが)ことについて、私に対する彼の立場を「失敗した看護師」の側に出はなくて、「失敗された私」の側に置いちゃったとしたら、「災難でしたね」というのはまあ相手に対する同情とか、あるいは緊張をほぐすための言葉として理解できなくはない。

 「毛かあ」というのも、「その文脈でそれを言われることで相手がどう感じるか」ということを抜きにして、単に事実の問題として「毛深いとやりにくいことあるよなあ」という感想を洩らしたのだと考えれば、それも特に悪意のある話ではなくなる。素朴に素直に思ったことが口に出ただけのことです。

 そして面白そうに「血だらけ」と言った話、これも文脈抜きにただその結果を面白がったと考えることも不可能ではない。ここはもしかすると定型の方は特にわかりにくいかもしれないし、私もようやく最近「もしかして」程度に可能性を感じているレベルなんですが、どうもアスペの人の中に、他人の傷についての独特の感覚を持つ人があるように思えるんです。


 というのは具体的に言うと私のパートナーの例なんですが、私もつくづく笑ってしまった話があって、手術後の傷口とか彼女がすごく興味を持って見たがるんですね。で、見せてあげたら目を輝かすように面白がって何枚も写メを撮っていました。もともと高校時代は生物部に入っていて、ネズミの解剖とかよろこんでしてたし、食材に魚なんか賈ってきたときも、喜んで「解剖」したりする方なんですが、ほんとに残念そうに「手術してるとこ見たかった!」と何度も言ってました。

 で、私が笑いながら驚いていると、「定型の人は違うわけ?」と聞くので、「まあもし機会があって解剖とか手術の見学に誘われたとしたら、知的な好奇心が勝てば無理して頑張って見せてもらうこともあると思う。でもその日は食事ができなくなる可能性とかも感じながらだけど」と言うと、ふーん、そんなものなのか、という感じ。で、私の方から逆に「じゃあ、惨殺された遺体とかも見て面白いわけ?」と聞くと、それは違うそうです。不条理にそんな風になってしまったのならそれを面白がるわけではない。

 もうひとつ面白かったのは、術後1週間くらい経って傷口もだいぶ安定し、貼られていた特殊なテープも剥がされた後、凝血した血のかたまりなどもぬぐい取ってだいぶきれいになった状態について、「ここまで回復してきた」ということでまた写真に撮りたいと思わないのかと聞いたら、それはもう全然興味なくなってました。私の場合なら知的興味で「回復への過程を記録する」という発想はまあありうるかなと思うわけですが、治ってきてしまっていたら彼女はもう傷口にはあんまり興味ないんですね。その後「パンダが撮って欲しいなら撮ってあげる」とか言って、一枚だけ撮ってましたけど。

 このほかにもいくつかエピソードをあげることは可能ですけれど、なんかそういう「傷」の問題について、どうもよくわかんない感覚のズレがあるらしい。


 で、そういう目で見れば、例の男性看護師にとって、素朴にそれは面白いことだったのかもしれないという可能性を思ったわけです。で、全体として見たときに、彼の言動をアスペルガー的なパターンのひとつとして解釈する可能性があるかもしれないと思えた。

 実際、彼は私に怒られて戸惑っていたんですね。あのちょっとおどおどした戸惑い方にも感じさせられるものがあった。「自分としては必要な処置はして、サービスとしての会話もしてるのに、思いがけずに相手が怒り出した」ということに戸惑っている感じ。で、それにどう対処していいのかも分からず、とにかく単に「すみません」とかは何度か言うんだけど、何が悪かったのか、こちらの言いたいことが伝わってるのかなあと言うことについては疑問符がつく感じ。

 その後、別のベッドの患者さんへの話しかけ方とかに、私から見ると多少いい方向への変化が見られていたので、結果としてはちゃんと本人に対しても怒り、主任にも単なるクレーマーにならないように丁寧に話をしたことがよかったかもしれないなあと思いますが、彼の方はどう感じているのかは分かりません。そのほかの看護師さん達とは冗談言いながら楽しくすごせましたし、丁寧に世話してもらえてありがたかったですけれど、それとの対比から言ってもなかなか印象深いエピソードでした。

 

 

 

 
 

2011年9月27日 (火)

切腹はやっぱり痛い

 昨日おかげさまでとりあえず退院してきました。

 「禁食療法」でダイエットかと思いましたが、進行が急で入院翌日には医者から切腹を命じられ、その次の日からは重湯に始まって数日で通常食に戻ってしまいました。とはいえ、さすがにお腹を切られると体力を使うようで、体重は数キロ減ったようです(数キロ分内臓を切り取ったのではありません (^ ^;)ゞ )。

 まだお腹がつっぱらかったような感じで、咳やくしゃみをすると傷口が裂けたかと思うような痛みに泣いてますし、体力も徐々に回復させないといけない段階で、気力も不十分なので、ちゃんとした記事は書けませんが(今までもそんな記事は書いてないから同じじゃんという声も……(^ ^;)ゞ)、ぼちぼち復帰しますのでよろしくお願いします。新しくコメントをお寄せいただいたみなさんにもお返事ができずにすみません。

 今回の入院でもいろいろ感じたり考えたりしましたが、ひとつ切実だったのは、やっぱりお腹を切るって大変ね!ということです(内視鏡手術とかだとまただいぶ楽のようですが、私の場合、内視鏡手術で始めたのですが、それでは手に負えないと言うことで途中から開腹手術に切り替わり)。私は初めてでしたが、経験者の方はご存じかと思いますけれど、切ってる最中は全身麻酔で寝てますし、起きてからも麻酔が切れる頃には痛み止めを継続的に点滴で入れられますし、しかも看護では衛生面にはものすごく気を遣われて、なわけですけれど、それでも痛みが消える訳じゃないし、体を動かすと恐怖の激痛がきたり(それでも術後は内臓の癒着防止や機能回復などのために、24時間点滴態勢で点滴を引きずりながら、翌日くらいからは歩行などの運動をさせられます)、とっても嬉しい日々が続きましたね。

 で、しみじみ思ったことのひとつは、こんだけしんどいのに、まあ人間はなんでちゃんばらとかずっとやり続けてきたんだろう、ということです。

 歴史ドラマとか見てると実にはなばなしくズバズバ敵を切り殺していきますが、あんなの嘘に決まっていて、切られたってそう簡単に人間死ぬもんじゃない。即死なんてほとんどなくて、戦闘時は興奮の極ですから、切られても気がつかなかったりするわけです。で、一段落したところで激痛が襲ってくる。で、ある意味戦争で一番壮絶なのは戦闘終了後だったはずです。痛み止めもない、衛生状態も悪い、もちろん輸血もない状態で、のたうち回って苦しんでる戦傷者がごろごろしてるわけですよね。で、これは朝鮮戦争時代にもあった実話だけど、衛生状態悪いと傷口にすぐに蛆が湧いたりするようです。これがまたもちろん強烈に痛い。

 ほとんど地獄絵図の世界だと思うんですよね。現実に戦場を体験した人の多くが「二度と戦争はしたらだめだ」としみじみ思うようですけど、そりゃ当然じゃないでしょうか。にもかかわらず今に至るまで「正義の殺し合い」はなかなか止む気配もなく、「大量殺戮」を「大義」として人々をそちらに駆り立てようと一生懸命教育宣伝しようとする「勇敢」な人々は繰り返し再生産されていく。私なんか根性無しだから、すぐに「そんな痛いことやめて、この辺で手打ちとしましょう」となりそうですが、そういう「かっこわるい」のは「勇敢」なみなさんからすれば許されないんですよね。

 でも、ほんと、痛いですよ~。即死ですぱっと死んじゃうなら楽なんだけど、そうそう簡単に人間死にませんから、地獄の苦しみが長期間続いて、それでようやく死ぬか、あるいは生き残るか。

 こういうの、核兵器や原発事故とか環境問題とかでも同じですね。「一瞬でみんな死んじゃう」ならある意味ハッピーエンドな訳です。でも実際は今がそうであるように、生き残った(死ねない)ほとんどの人たちが、その負の遺産を何代にもわたって抱え続け、その痛みと共に生き続けていかなければならない。「死ぬ」ことが深刻なんじゃなくて「それでも生き続ける」ことに問題の本当の深刻さがあるわけです。「勇敢」な方達はそのことのリアリティーをどう考えるんだろう。

 ま、そんなことも考えながらの入院でした。

 あと、看護師さんに「あれ?もしかしてこの人アスペ?」とか思う事例もあったりしましたけど、またおいおいに。

2011年9月15日 (木)

断食でお休み~

 ええと、故あって断食の修行に入ります。wobbly

 どうも体調が今ひとつと思っていましたが、明日からしばらく病院で「禁食療法」に入らなくてはならなくなりました(私、石持ちなもんですから (^ ^;)ゞ )。hospital

 おいしいものを食べることが人生の楽しみだったりするのに、禁食はつらい!

 ということで、2週間位ご無沙汰いたします。スリムパンダとしてまた復活してきますので、みなさんの間の議論の方はどうぞご自由にお続け下さい。久しぶりですが、飲み物や軽食などもどうぞご自由に。


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2011年9月13日 (火)

事例集を作れないかなあ

 なんだか体調がいまひとつすっきりしない日が続いて、なんだかうっとうしいことです。

 ただ、皆さんの議論を読ませていただいて、これ、なんとかうまく活かせないかなあと、そのことをぼちぼち考えたりしています。

 つまり、ズレの事例のことなんですが。これまでの1000を遙かに超える数の皆さんのコメントの中にも、改めて整理すればきっといくつもそういう事例が出てきていると思います。そういうのをうまく拾い上げて、蓄積していけるような工夫がないかどうか。もしそれができて、誰もが簡単に検索ができるような形になれば、「ああ、こんな時にこんなズレが起こるんだなあ」みたいなことを知りたいときに知ることができるし、自分がぶつかっている困難な状態をどう理解したらいいかの手がかりも得られると思うんです。

 たとえば記事の方に次のようなことを書く。

 事例の概要
  何をめぐってどんなズレが起こったか。
  定型の側はそれをどう理解したか。
  アスペの側はそれをどう理解したか。
  何か工夫されたことはあったか。

 で、その記事のコメントではその事例についてみなさんが考えた理解をいろいろ書いていただく。
 もちろん概要にまとめられた理解と違う理解とか、そういうのが沢山積み重なっていくといいと思います。

 事例については過去の記事やコメントから私がチョットずつ拾っていってもいいし、みなさんから「こんなの体験しました」というのをメールで送っていただいてもいいし、関連するブログなどから拾ってきていただいてもいいし(もちろん引用先ははっきりさせて)。

 で、あらためてここで言うズレというのは、こんなようなことです。

 ・アスペと定型のやりとりの中で、相手の言動にショックを受けたり不思議に思ったりしたことがあり、
 ・でもそれは相手に悪意があってそうしているのではなくて、
 ・お互いの理解の仕方に違いがあって、それをお互いに理解していなかった場合。

 だからこんな場合はそれにあてはまりません。「あいつ、こんなひどいこと言いやがった!(やりやがった!)あんな悪い奴は居ない!」というふうにしか理解できない場合。これは相手の「悪意」によるものと見える場合なので、「ズレを探る」ということにはなりませんから。ただし、「最初はなんであいつがこんなひどいことをわざわざするのかと思っていたけど、もしかするとあいつは違う理解をしていたのかも知れない」と思える場合、その可能性を探りたい時はあてはまります。

 で、そのズレがどういうズレだったのか、自分はどう考え、相手はどう考えていたのか、そこまでははっきりしてなくてもいいと思います。ただ「どうも相手は自分とは違う理解の仕方をしてるみたいだ」ということが予想できるけど、それがなんだかよくわからない、ということで構わない。その分からないところはみんなで議論していけばいいと思うんです。もちろん自分なりに「相手はこう考えていたのかなあ」ということがあってもOK。

 
 まあ、今のところそんなイメージを作り始めているところですけれど、事例ってある程度似たようなのをまとめて分類できた方が使う人は便利でしょうし、いろんな工夫があるといいんだろうけど、ただ、根性なし人間の私のことですから、あんまり作業が大変だと絶対続かないと思うし、気楽に続けられる形がいいし。

 最初に書いたように今ひとつ根性が出ない状態なので、今すぐに、は無理と思います。けど、遠からず始められたらなあと思ったりします。ブログというのもあんまり使いこなせてないので、ブログがいいのか、ブログ以外の形がいいのかもわからないんですが (^ ^;)ゞ まあ、ぼちぼちの希望として……

 
 
 

2011年9月 8日 (木)

負担に感じられると負担

 なんか夏の猛暑のお疲れが出たのか、なんとなくだるめの日々が続きますが、みなさんお元気でお過ごしでしょうか。

 以前、「相手にとっては望ましい関わり方が、自分にとっては抵抗感や罪悪感のあるようなもの」であるときに、そこをどう対処したらいいんだろう」ということを書いて、いくつかのコメントも頂きました。カレンさんのところなどはさすがにもうそういうところは乗り越えていらして、相手が望むことであればこちらには抵抗感なく応じられるようになったということでしたし、やっぱり抵抗が残るという方もあったと思います。

 私自身もそのあたり、まだまだ解決ができていないところで、パートナーがこういう関わり方を望んでいる、ということが頭で分かっても、なんか気持ちがついていかないというか、悪いことをしてるみたいな気持ちになってしまってうじうじとしてしまうことがあるわけです。

 特に「人間関係ではこういう風に対応することが<相手を尊重すること>だ」という、一種の道徳観というか、倫理観というか、付き合い方の掟というか、そういう部分に関わる場合は、良心にも反する行動に思えてしまって、そこから自分が自由になりにくいんですね。

 実は異文化の人同士の間でもそういうことは頻繁に起こるように思うんですが、これは実体験ではなくて、昔なんかで読んだ話なんだけど、あいさつの時相手の顔につばをかけるのが礼儀、というのもありました。ほんとかなとも思いますが、ほんとならこれはなかなかキツイですよね。相手がそれを望んだとしても、ちょっとためらってしまうでしょう。もうちょっと穏やかなところでは、ロシアとか、あいさつでキスをするわけですけれど、男同士でも口と口でブチューっとやる。これも(やったことないけど)ちょっと勇気がいる感じ。

 欧米とかで車を運転して事故ったとき、日本的な感覚で、自分に非がない場合でもとりあえず謝ったりっしたら、それでもう終わり、という話もしばしば聞きます。非はすべて自分にあることになって全部賠償しなければならなくなる。もちろん自分に多少非がある場合でも絶対そこで謝ってはならないといいます。向こうの人にとってはそれは当然の態度なんだろうけれど、でもどうも私の場合はそれは良心に反するような気がして、抵抗感があります。

 郷に入れば郷に従え、とは言いますけど、なかなか簡単にはいかないですよね。いや、少なくとも私の場合はそこがへたくそなのかも知れません。なんか「自分の基準」にこだわってしまう。うーん、それってある意味「アスペ的」と言えるのでしょうか???

 ま、そういう私の性格もあるのかもしれないけれど、少し大げさに言えば自分の「信念」にかかわるような所では、やっぱりなかなか柔軟に相手に合わせると言うことができなくて(それをやると「自分が失われてしまう」と感じたりするので)、そのあたりは日々手探りの所があります。

 昨日もそういう感じの問題があって、わりと長い時間話し合ったんだけど、ありがたいことに最近はかなり「前向きにお互いのズレから来る問題を解決していこう」という姿勢で話し合えることが少しずつ増えてきて、昨日もそうなりました。で、昨日の場合は結果としてもかなりうまく調整ができたように思えるんですが、なんでそれがうまく行ったのかなあと改めて振り返って考えてみているところです。

 正直、まだよくわかんないんですが、「相手に負担を掛けたくない」とか「嫌な思いをさせたくない」という点ではお互いに姿勢が共有されている、ということはなんか伝わり合っていた感じがします。言葉としてもなんども繰り返されましたし。それで「こういう風なやり方をすればあなたの方は私に負担を掛けると感じるかも知れないけれど、自分はそういう感じ方はしない」と言われ、さらに「むしろそこで負担を掛けるかも知れない、と気に病まれることの方が自分にとっては負担になる」と繰り返されたことは結構大きかったような気がします。

 つまり、どういうことかな。うーんと、「これは相手にとって負担になることだ」と思ってそういうやり方とか言い方とかをしないことが、逆に相手にとって負担になってしまうということがこちらに素直に伝わってきたとき、なんか変化が起こるのかも知れません。

2011年9月 4日 (日)

KSさんとjoさんの新発見(?)

 記憶についての議論から始まって、元夫さんとのショッキングだったやりとりについて、KSさんとカレンさんとjoさんの間で「それってどういう意味だったんだろうか」ということの理解を巡ってやりとりが続きました(KSさんKSさんカレンさんKSさんjoさんKSさんjoさんKSさんKSさんKSさん)。

 KSさんがショックを受けたのは次のようなできごとでした。

 「私の場合、一番こたえたのは、先にもあげた「帰りがけにどちらがコンビニに寄るか」でした。関係修復のための努力を重ねていた頃、3人で出かけた帰り道、「買ってくるものがあれば、コンビニに行って、僕が買物してこようか?」というので、「何か足りないものあったかなぁ。牛乳はたしか、まだあったよね」などと、話しながら家の前まで来たら、「じゃ、買物はKSが行くんだね」と言われて、「はぁぁぁ???」となりました。「僕が買物してこようか?」以下の約5分間の「時間」と、その5分間に存在していた「私」のすべてが「消された」感じがしました。たった5分くらいのことだけど、「自分が消される」空しさ、恐ろしさって、底なしの穴に落ちてくような感じ。」

 元夫さんは自分が買ってこようと言ってくれたはずなのに、その内容について相談しているたった5分程度の間に、唐突に「じゃ、買い物はKSが行くんだね」という結論に変わってしまった。元夫さんが買い物に行ってくれる、という前提で二人で共有したはずの会話が、たった5分の時間で全く意味のない会話になってしまったこと、つまりそこに会話をして生きていたはずの自分の時間、そして自分という人間の意味が、唐突に決し去られてしまったとKSさんが感じたことのショックです。
 
 内容こそ違いますが、私がパートナーとの間に「アスペと定型のズレ」について理解が共有された後、改めて過去のズレについて少しずつ一緒に考え始めた頃、私も似たような衝撃に寝込むことが何度かありましたし、ずいぶんよくなったとはいえ、それでも今もときどき落ち込むことがあります。

 たとえば、まだ「ズレ」についてどちらも理解が成立していなかった頃、私がお互いの関係にものすごく悩んで、「今、本当に深刻な状態にあるから、なんとかしなければならない」と思っていることを繰り返し伝えていたつもりだったのに、そのことが全く伝わっていなかったことを知ったり、あるいは「もう限界を超えてきている。離婚を含めてどうすべきかを考えなければならない」ということを確認しているつもりだったのに、そこまできてもようやく「あれ?何かちょっと大変になってきているのかな?」という程度の受け止め方しかされていなかったということを、後になって知ったときなどです。

 そういうときには「あの自分の必死の思いは一体なんだったのだろうか?」という激しい徒労感や「「自分が消されていく」むなしさ、恐ろしさって、底なしの穴に落ちていくような」とKSさんが表現されているような感じになります。「問題をお互いに抱えていたが、その抱え方にズレがあった」というレベルを越えて、「そこに問題がある、という理解自体が共有されていなかった」という、もっと根本的で深刻なズレがあったわけです。そこにあったのは完全に私の一人相撲、空回りの努力でしかなかった、と感じたときの衝撃ですね。

 で、KSさんたちのやりとりに話を戻すと、そこで元夫さんの一連の発言の意味について、joさんが違う理解の可能性に気づかれました

 「「僕が行こうか」の「か」は疑問文なんだよね。もちろん定型ワールドでは修辞的に「僕が行く」の意味で使うんですよ。でも、この人らと話してると「文字どおり」解釈されちまって、後で「えー!」というとき多いです。「僕が行こうか」(僕か君かどっちだ?)(あなた<夫さん>が言ってよ、と言わなかった=私<KS>が行くという意味だな)というような、ものすごく強引な(定型的には逸脱した)論理が働くことがあるんでしょうね。」

 つまり、アスペルガーであるKSさんの元夫さんの視点に立って考えれば、定型とはことなるとはいえ、それなりに一貫した論理がそこにあって、元夫さんとしては安定して理解されている世界がそこにあったかも知れないと言うことになります。そして実際、KSさんがあとから確かめてみると、どうもそういうことであったらしいということをKSさんも書かれています

 一方の人の世界の見え方が自分自身にとって安定して成り立っていて、他方の人の世界の見え方は逆にその人自身にとってすごく不安定なものと感じられているのなら、ある意味そこに優劣関係(安定>不安定)があるというふうに「お互いに」納得して関係がおちつくかもしれません。けれどもお互いに自分の世界の見え方がそれなりに安定していて、それ以外の見え方があることに気づかず、そしえ実際にはその二人の間に、世界の見え方、理解の仕方に大きなズレがある場合には、問題がとても深刻になりやすいでしょう。お互いにわけがわからない振り回され方をして、ものすごく消耗することになりやすい。

 それでjoさんもこう書かれています

 「だから、この論理の因果を読み解くことは、自分が崩壊するのを防ぐ術の一つじゃないでしょうか。」

 それを受ける形でKSさんはこう書かれました

 「定型が無意識のうちに身につけている日本語における「ソーシャルスキルとしての文法」というのを体系化して、療育の中で教えて行く、というのは、非定型の子どもたちの将来のためには、とても大事なことなんだろうな、と思いました。もう、そういうのってやらてれるのかしら。だとしたら、『非定型という失礼な人たち—それは彼らがこの文法をマスターしてないからー100の事例』(定型版)『定型という傷つきやすい人たちーそれは彼らが文法をややこしくするからー100の事例』(非定型版)とかいうような本があれば、お互いがしのぎやすくなるのかしら。」


 と、ここまでずっとお二人の文章の引用をつなげてご紹介し、私自身は特に何も付け加えたりしていないで、ある意味楽ちんしてるわけですが (^ ^;)ゞ、ずるをしているつもりはなくて、お二人のこの議論、私がこのブログで考えたかったことそのまんまなので、何か付け加える必要がないからなんです。最後のKSさんの「100の事例」みたいな、言ってみたら「定型文法解説書」「非定型文法解説書」とか、「定型語=非定型語辞典」みたいなものを、いずれ当事者の人を中心に作っていかれればすごくいいなあとか、そんなことも思っていましたし(下手な「専門家」は見方が偏ってしまっていることが多いように感じるので、むしろ当事者の方がいいものを作れると思います)。

 そして次のKSさんの言葉もほんとに重要なポイントだと思います。KSさんはこんな風に書かれています

 「いや、知識ゼロの全く違う言語を手探りで学ぶのより、同じ言語を手探りで学ぶ方が困難かもしれない。全く知らない言語は「ゼロ」から出発出来るけど、同じ言語だと「どこまで意味を共有出来ているのか?」ということを明らかにする必要があるし、それは膨大な作業だし、とても分りにくい作業ですものね。「知らない」を「知る」にする作業の方がずっとラクかもしれません。」


 違いに気づかず、「同じ」だろうと思いこんでいると、「知っている」という思いに邪魔されて相手を理解すことが逆に困難になる。むしろ「知らない」と思って「知ろう」とする方が、よほど理解が進む可能性が高くなるはずなのです。私が定型とアスペの「違い」にこだわるのはひとつにはそのためで、「あいつら分からない奴らだから」とあきらめたり差別したりするためではなく、「違うんだから違いを理解することで関係を作り直す」ためです。

 KSさんが異文化の理解の例で説明されていたように、その作業は実際大変なわけですけれど、でもその「ズレ」に気づいた私たちが手探りでその作業を積み重ねていけば、必ず何かが見えてくるだろうと思いますし、それが見え始めてくれば、次の世代の人たちはものすごく有利な地点から、もっと楽にその次を作り出していくことができるようになるはずです。

2011年9月 2日 (金)

苦しみを理解する前に

 とても心に残る言葉に出会ったので、ただその引用だけの記事です。


  苦しみを癒すことよりも、それを理解することよりも前に、
  苦しみがそこにある、ということに、
  われわれは気づかなくてはならない。
  だが、この問いには声がない。
  それは発する場を持たない。
  それは隣人としてその人の傍らに佇んだとき、
  はじめて感じられるものなのだ。


 安克昌 「臨床の語り:阪神淡路大震災は人々の心をどう変えたか」
  (栗原・小森・佐藤(編)「語りーつむぎだす」 東大出版会)


 

2011年9月 1日 (木)

記憶と信頼

 このところみなさんの議論の中で、「記憶」の問題がしばしば取り上げられていました。

 考えてみると、「記憶」というのは単に英単語を覚えるとか、年号を覚えるとか、そういう受験用の「知識」を頭に入れる能力のような問題ではなくて、色んな意味でその人の人生に関わっちゃうんですね。

 昔、「朝起きたら自分の名前がわかんなくなっていた」みたいな短編小説を読んだことがありますけど、名刺にも証明書にも、あらゆるところから自分の名前が一斉に消えてしまっていて、自分が何者かわかんなくなっちゃうんです。つまり自分という人間を表す頭の中の記憶も、頭の外の「記憶(記録)」も全部失われてしまう。これ、めちゃくちゃこまっちゃうんですよね。自分が何者か分からないって、ものすごく不安だし、実際問題、社会生活がおくれなくなっちゃう。

 もう古い話になりましたが、昔「僕って何?」という小説が話題になって芥川賞をとったこともありました。自分がわからなくなる状態は、とても深刻なわけですけれど、逆に「自分はどういう人間か」を人に知ってもらうために話すこと、つまり自己紹介の場面を考えてみると、そこで話すことは名前にせよ、経歴にせよ、特技にせよ、趣味にせよ、性格のことにせよ、家族のことにせよ、言ってみればそのすべてが自分に関わる「記憶」とも言える。

 そんな風に考えてみると、「私」って、「私についての私の記憶」とでも言えるところがあるように思います。「私の人生って何?」と聞かれれば、それは「私がこれまでにたどってきた経験について積み重ねられた記憶」と言えるかも知れない。もちろんそこには単なる知識としての記憶だけじゃなくて、「幸せだった」とか「つらかった」とか、そんないろんな思いがそこにこもっているわけですけれど。

 韓国映画に「頭の中の消しゴム」というのがあって、自分と積み重ねてきた思い出が記憶障害で次々に彼女の中から消えていってしまい、最後には自分のことを誰なのかも分かってくれなくなる、というストーリーになっていたと思います。そういう状態の中で、主人公が彼女を愛し続けるみたいな純愛ドラマだったと思うのですが、ということは、記憶というのはたんに自分の問題だけではなくて、自分と相手をつなぐ「思いで」でもあるわけですね。

 そうすると、「幸せな関係」というもののひとつは、「楽しい思い出を沢山積み重ね、共有している関係」と言えるかも知れません。逆に「不幸せな関係」の中には「辛い思いでばかり積み重なって共有されている関係」というのを考えることもできそう。もちろん「こんなに辛い思い出を共有して、それを乗り越えて今の幸せがある」みたいになれば、それはまた「幸せな関係」にもなりうるでしょうから、あんまり単純には言えませんけれど。

 「過去の幸せな記憶」は辛いときにも自分を支えてくれるかも知れません。場合によっては「今の不幸せ」を際だたせる役目を果たしてしまうかも知れない。人間関係の中で、相手の人と思い出をどう共有するか、どう共有できるのか、ということはとても大きな意味を持つと思えます。それは二人の幸福感にもつながる問題になる。

 私自身、こんな経験があります。法事か何かで会った遠い親戚の人が、私はその人のことを全く覚えていないのですが、私の幼児の頃のことを覚えていてくれて、話をしてくれたんです。なんか不思議でした。そこで話されているのはこの私のことなのに、私の記憶の中にその私はいなくて、ほとんど知らないと言ってもいいような人の中に何十年もの間生き続けていたんです。「へえ、私って私の中にだけではなく、沢山の人たちの記憶の中に生きているんだ」と思ったし、その意味で「私って、いろんなひとのつながりの中にひろがって成り立っているんだ」とも感じました。

 だから、ある意味ではたとえ私という「生き物」が死んだとしても、私に関わって私についての思い出を持つ人がいる限り、私は生き続けている、という言い方も、まんざらでたらめというわけではなさそうに思います。反対に私の中ではすでに亡くなった私の祖母や何人かの人たちが思い出として生きていますし、今でもその人達の思い出は私という人間の一部になっています。そんなふうに「私」というのはできあがっている。

 「約束」も人との間に共有された思いでのひとつ、記憶の一種ですよね。そして「約束」は過去に向いているのではなくて、未来に向いています。「こういう約束を交わしたから、そのことを信頼して次の行動をする」わけですから、その「約束」という記憶は自分がこれから安心して次の行動を採り、生きていくための足場になるようなものです。

 だから約束を破られる、ということはとてもショックなことになるし、約束を破るような相手とは「未来を共にしたくない」という思いにもなる。なにせ信頼ができなくなってしまうわけですから。ましてや「約束した」という「記憶」自体が否定されてしまうと、そのショックはますます大きくなる。

 アスペと定型のズレの中で、記憶のことがしばしばとても深刻な問題になるのは、そんな風に記憶というものが「人と人をつなぐ」という大事な役割を果たすからでなのしょうね。それがうまく共有されないとき、相手への信頼が失われるかも知れない。相手の人と積み重ねてきた人生の意味が見えなくなるかも知れない。二人の人生を支える共通の足場が失われてしまうかも知れない。

 もちろん、もうどうやってたってもう直接に思い出を語り合うことができない「死者」とのあいだでさえ、自分は心の中でつながりを保ち、それに支えられさえするのですし、重度の認知症で自分のことを誰だかわからなくなってしまっている家族でも、それだけで自分にとって意味のない存在になっちゃっうということはない。ましてや記憶の仕方や記憶するポイント、記憶の変容の仕方にズレがあって「共有の仕方に難しさがある」という場合には、それだけで相手の人に意味が無くなる、という単純なことではないでしょう。

 けれども、今も、そしてこれからも一緒に生きていく、という可能性を持った間柄であるならば、そのズレの問題はとても大きな意味を持つし、とても大事なこととして丁寧に考えていかなければならない問題のひとつだなあと、そんなことを思ったりします。

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