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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年8月11日 (木)

ずれまくる夫婦の暮らし

 私のパートナーは、話題にもよるんですが、とくに人間関係にからむ感情の問題などについてはなかなかすっと言葉が出てこないタイプです。それでその手の会話はすごく時間がかかったりするし、しかもうまく噛み合わなかったりするので、先日ふと思って、「○○について、どう思う?」と聞くときに、「答えは2,3日してからでいいんだけどさ」というやり方をしてみました。

 パートナーもその工夫に応じてくれたんですが、なんと2,3日後、肝心の私が何を聞いたのか忘れてしまい、「そんないい加減なことだったわけ?」と怒られてしまいました (^ ^;)ゞ 彼女は一生懸命考えてくれたようなのでちょっとマジやばの感じもあってあせりました。

 で、平謝りしながら思い出していったんですが、パートナーは「なんで自分(パンダ)と結婚したのか」を聞かれたと言います。でもちょっと違うような気がして、私としては「自分の何に惹かれたのか?何を求めたのか?」を聞きたかったんだ、と言ったんですが、そこは「そうだったっけ?」ということで、まあ結論は出ず、何にしても彼女が考えていてくれた「なんで結婚したのか」を聞かせてもらいました。

 はっきりとはわからないけれど、という感じなんですが、ただ「守って欲しかった」とは言われました。何から、ということについてはほんとにいろいろなことからと言うことらしいです。

 娘は今住んでるアパートにゴキブリが出るとパニックになって「(パンダの)家に帰る!」とか言い出したりするんですが(実際は帰ってきませんけど)、その話をしながら、自分(パートナー)は学生時代なども家に帰りたいなんて思ったことは全く無かった、としみじみ言っていました。卒業後もとにかく家から離れることだけを考えていたそうです。そんな重要なこと、今まであんたは分かんなかったのかと言われそうですが、これには「そこまでの感じだったのか」と驚きました。

 子どもの頃から、自分が「守ってもらえた」という実感がほんとに乏しいようなのです。

 そういわれて、自分は彼女に対してどうであったかを改めて考えさせられました。私の父親は「こいつは男として育てる」とか言ってたらしく、実際かなり殴られて育ちましたし、厳しかったですが、そういう目で見ると、なんだか面白いエピソードも思い出します。

 たとえば小学校低学年か中学年の頃、母親と妹と一緒に外出から帰ったときのことですが、となりの部屋から「ごそごそ」と引き出しをさぐる音がして、母親がとっさに「どろぼうだ」と言ったんです。そのとき私はほとんど反射的に母親と妹を背に前に立ち、音のする方向に向かって両手を広げて立ちはだかり、ぶるぶる震える声で「だ、だれだ!」と怒鳴ったことを思い出したりします。そんなもの、暴漢がいればなんの役にも立たないわけですが、「自分が二人を守らなきゃいけない」ととっさに思ったんでしょうね。実際はその音の主は父親で、母親がふざけただけだったんですが……

 なんかそういう「女性を守る男の役割」みたいな、「古いジェンダーそのまんまじゃん」と言われそうなものはどこか意識させられながら育ったのですが、母親が激しい自己主張の人でそれを当時は尊敬したりもしてたし、世の中の風潮もありましたし、頭は「男女平等」「男も家事を」「女も仕事を」みたいな考え方になってました。で、結婚というのも「そういう男女平等の社会に向けて共に闘う仲間」みたいな、そんなイメージをどこかに持っていたんですね。あくまでも「頭で考える」レベルの話ですけれど。

 だから、意識の上ではパートナーを「守る」みたいなことはなかったように思います。ああ、ただやっぱり道でヤーさんぽいオッサンに彼女が絡まれたときは、突然相手を怒鳴りつけて、相手が予想しない反撃におたおたになったすきにさっさと彼女を連れて立ち去ったことはありましたっけ。白昼で周りに人がいっぱいいたからできたんですが、まあその程度には「守っていた」のかもしれません。そういう振る舞いはなんか「反射的」に出ます。

 あとは私の母親からの激しいパートナー批判について、とにかく防壁になったこと。これは前にも書きましたが、ほんとに意識的にやりましたし、今も続いています。

 というふうにいくつか書いてみると、「結構まもってるんじゃん」と思われそうですが、自分の意識としてはそういう感覚があんまりないんですね。まあ、今彼女が自分を守りきれないところは援助するけど、基本は自分で自分を守ることをベースに「共闘」する関係であるべきでしょう、みたいな感覚がある。だから「守ってあげる」みたいな状況はあくまで過渡的なもので、全然目標でも理想でもない。そんな感じでしょうか。

 そういう感覚が自覚的にも変化してきたのはほんとにここ三、四年のことのような気がします。しかもその相手はまず改めて「子ども」でした(昔は当然そうだったけど、その後関係が疎遠になっていたので)。そしてそれがパートナーに対しても思うようになったのはここ一,二年のことかもしれません。

 だから彼女が結婚について「守ってほしい」ということがものすごく大事なことだったのだとすれば、お互いに考えていたことはものすごくずれてたんですね。ああ、そう考えると、前にうちの場合はズレを巡って「闘い会う夫婦」にはならなかったということを書きましたけど、それは当然と言えば当然だったわけでしょう。パートナーは「守って欲しい」わけで「闘いたい」訳じゃないんですから。


 その彼女はいくつかの時期を除いてまあ守ってもらっていたという感じを持っているようなんですが、私は全然そういう「理想」を持っていませんでした。逆に母親との関係で「ここは必死で守った」と思っていることについてはパートナーは全然そう理解してくれていなかったり、ほんとにぜんぜんずれまくりです。まあ、こちらがそういう守る意識がなくても、相手がそう感じてくれてそれなりに満足していたのなら、別にそこに「葛藤」は生じないからいいと言えばいいのかも知れませんけれど (^ ^;)ゞ

 というようなことを改めて振り返って思うことは、ほんとに人間同士って、たとえ夫婦のような密な関係であってすら、ずれまくって生きているんだなあということです。それはアスペと定型の間のずれということもあるでしょうけれど、上に書いたようなことなんかはもしかすると定型同士のカップルでもいくらでも起こりそうなズレにも思えるんですね。じっくり話してみるとびっくりするくらいずれてるんだけど、かといって日常の生活ではそれがそんなに問題になることもなく、適当に満足したりちょっと不満を持ったりしながら、なんとなくすごせている。

 うーん、「幸せってなんだっけ、なんだっけ?」というさんまさんのCMがありましたけど、一体なんなんでしょうね。やっぱりポン酢醤油なんでしょうか?

 

 

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コメント

>だから、意識の上ではパートナーを「守る」みたいなことはなかったように思います。ああ、ただやっぱり道でヤーさんぽいオッサンに彼女が絡まれたときは、突然相手を怒鳴りつけて、相手が予想しない反撃におたおたになったすきにさっさと彼女を連れて立ち去ったことはありましたっけ。白昼で周りに人がいっぱいいたからできたんですが、まあその程度には「守っていた」

これだって、「ヤーさんみたいなオッサンがスケつれてフツウのオッサンに絡んで立ち去った」というふうに白昼の民衆は見ていたのかも…

ま、冗談ですけどね。

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