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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年8月29日 (月)

定型と非定型のバランス

 最近、このブログ上のやりとりでまたすごい展開が起こっているなあと感じています。その一つがカレンさんやKSさんたちの間のやりとり(KSさんKSさんKSさんカレンさんKSさんカレンさんKSさんチロさん)です。

 アスペルガーの元夫の方と、長い葛藤を経て最近離婚を成立されたKSさんですが、ここしばらくは逆に「アスペルガーだからこそのよさはどういうところにあるのだろうか」という問いを投げかけられてきていました(KSさんKSさん とか)。

 そして今日のコメントでは最後にこんなことを書かれています。

 「私個人のレベルで見た場合も、もしかすると、定型と非定型の両方からもらってるサポートがいい具合にバランスを保っているのかも。片方だけだったら、私、ここまで来られなかったかも。」

 アスペルガーである元夫の方との激しい葛藤に苦しみ抜かれ、子育てを一段落させた後にこれも苦労の後にようやく離婚にたどり着かれ、それでも繰り返す嘔吐などのつらい「後遺症」を抱えながら傷ついた自分を癒す作業を続けられているKSさんが、改めて自分の身近に何人かいらっしゃるアスペルガーの人たちとの関係を見つめながら、こんな風に書かれている。なんかすごいですよね。

 もちろん、無理して「かっこつけて」そんなふうなことを書かれているのではないと感じます。第一そんな無理のきく状態でもないだろうと想像します。そして書かれていることはKSさんご自身にとってとても大事なこととして書かれているように感じられる。気楽な立場で「みんな、なかよくしましょうね!」とか軽く言うのとは全然違う。口先だけで「みなさんのおかげでここまで来られました!」とお愛想を言うのとも全く違う。ものすごい傷を抱え込んだ後に、それでもなお、というか、それだからこそ、こんな風に書かれていることのすごさを感じるんです。

 お互いにどうしようもなく理解しあえない部分を抱え込みながら、そしてそのために不本意な形でお互いに傷つけ合うこともありながら、それでも単に自分を否定したり相手を否定したりするのではなく、自分が自分であることを見失わずに、どうしたらそういう人間同士がコミュニケーションをとりあえるのか。

 異質な者同士の「傷つけ合う」関係をどうしたら逆に「違うからこそ刺激し合い、補い合って新しいものを生み出していく」ようなプラスの関係に変えていくことが出来るのか、ということを考え続けたいと私は思っているのですけれど、そういう自分にとってこのKSさんの言葉はほんとに勇気づけられるものです。ああ、人間って、こんなに傷ついた後でも、復讐の鬼と化すのでも、そのことを忘れ去ってごまかすのでもなく、そんな風に問題に正面から向き合いながら、しかも自分にとって本当に必要なこととして前向きに生きていこうとできるんだ、ということを見せていただいた気がして。

 
 今朝、パートナーが仕事に出る前に、「ブログで最近KSさんやカレンさんたちが、『アスペルガーの人だからこそ持っているいいところ』について議論しているよ」、という話をしたら、彼女は「それで何がいいんだって?」と、ちょっと嬉しそうな顔をして聞き返してきました。私は「すごいいろんなこと書かれているわ」とだけ答えておきました (^ ^;)。

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コメント

KSさんのこと、ひと言で言えませんが、本当にすごい方だと思っています。夫もKSさんのこと絶賛ですよ(^^)v

カレンさん

 KSさんとカレンさん、ほんとにお人柄とか違って、視点とかもすごく違って、なんかそのお二人の視点が重なっていくと、超強力ペアなんじゃないかと勝手に想像したりします (^ ^;)ゞ

 カレンの夫さんのお墨付きですしね。というか、今回のやりとりではカレンの夫さんが仲人のようなもの? (^_^)v

パンダさん

KSさんは、私のアスペルガーに対する考え方を劇的に変えたアストン博士の本を紹介してくださったことを始め、いろんな意味で私にとって恩人です。

「なんだかとても理知的な方だなぁ!」というのが第一印象で、基本"天然系"の私としては初めはちょっと近寄りがたい感じもありましたが(笑)

KSさんのことは、アストン博士の本を読み始めた去年の今頃から、ちょくちょく夫にも話していたんですよ。KSさん、その頃からくしゃみ連発だったのでは・・・???(^^.)

あらら、花粉症にかかったかな?と思ってたんだけど、カレンさんとカレンの夫さんの噂のせいだったの?

KSさん、やっぱりくしゃみ出てましたか(笑)

定型と非定型のバランスは、

「情緒と論理」のバランス、「目に見えない部分と目に見える事実」のバランス、「彩りと骨子」のバランス、「(木の)葉や花と幹」のバランス、というように言い換えることができると思っています。

うちの場合は、夫という木の幹がしっかり地に根を張って立っている、そこに私が光合成をしながら&季節を感じながら葉や花をつける、あるいは、風にサワサワと揺れたり、時にはあまりの風の強さに地面に散る・・・そんなイメージです。

でも、うまく回り始めるまでは、「そんな葉っぱや花なんか要らない(怒)!」と、夫が振り落したり引きちぎっていた・・・そんな感じです。

「俺は幹だけでいいのに、なんでそんな葉っぱや花をつける必要があるわけ(怒)!」「なんで風が吹いただけで揺れたきり落ちたりしなければならないわけ(怒)!」・・・このイメージを夫に話したところ、「そうそう、そのイメージ、ぴったり!」と言っていました。

これは、KSさんの質問を受けて「心臓と肺」「両輪」「2つの滑車」を考えたときに、さらに考えて思い浮かんだイメージなのですが、これは、夫の気持ちにも本当にピッタリきたようです。

(「あら、これは私のイメージだったんだけど、本当に引きちぎるほど葉や花がわけのわからないものでジャマだったのね」と、思わず口に出して言いながら苦笑してしまったほどです。)

今は、そういう「木の幹」に、葉や色とりどりの花をつけることを否定せず、むしろそれを肯定してくれるようになったので、そこに、鳥のように我が家の子どもたちもやってきて、一緒にさえずったり、そこになった実を食べたりしています。

ところで、

「共感して欲しいことのズレ」の中でKSさんが書かれていた「コンビニ事件」ですが、うちも
似たようなことがしょっちゅうありました。(あちらのコメントがたくさんになっていたので、こちらに書くことにしました。)


「コンビニ事件」と同じようなことが起こったある時(アスペルガーのことを共有した後のことですが)、

私が言いたい文の頭の部分「○○なんだけど」を言ってまだ結論の「△△しようと思う」を言っていないときに、夫に「じゃ、○○ってことね」と途中でさえぎられ&夫に正反対のl結論を出されてしまったことがあります。

その時に、以前の争いの構図がとても明確に見え、その場ですぐに、「話は読点(、)ではなく、句点(。)に行き着くまで聞いて」とお願いしました。

それに対して夫は、「うーん、それは私にとってはかなりの難題だけど、そうすることでトラブルを回避することができるのであれば、努力してみよう」と。

こちらはこちらで、考えている途中の言葉は口に出さず、「考えるからちょっと待って」などの言葉でつなぎながら、「結論が出たところで簡潔に話す努力」し、夫は夫で「できるだけ最後まで聞く努力」するということで、ずいぶん話がしやすくなっています。

今でも時々、どちらか、あるいは、両方が、ついその心がけを忘れてしまって、喰い違いが起こったりしますが、「あ、やっちゃった」と気がついた時点で、真意の確認し合うようにしています。

定型の人相手だと(特に、プライベートでの女性どうしのお喋りでは)、私は今でも「ああして、こうして、こうなって、それで・・・」という話し方をしがちですが、夫との場合は、「考えをまとめてから話す」を心がけています。こういうところが「ビジネスライク」につながるのかな。

KS仙人さま

 (カレンさんのまねして、前の記事のコメントへの応答をこちらに移しました)
 「やっぱり、パンダさん、すごいですよ。」

 恐れ入りました m(_ _)m
 このパターンに入ると、私が否定すればするほど
 「まあ、なんてあの人は謙虚な方なんでしょう!」という美しい誤解を深めるだけで、
 墓穴を掘り続ける結果になるので、もう早めに降参しておきます (^ ^;)ゞ

 なんにしても、日常の一見些細なズレの積み重ねが
 実は本当に深く人の心をむしばみ続けるということは実感として分かりますね。
 そのひとつひとつは他人から見ればたいしたことないように見えますから、
 カサンドラにもなるんでしょう。


カレンさん

 「「(木の)葉や花と幹」のバランス……夫という木の幹がしっかり地に根を張って立っている、そこに私が光合成をしながら&季節を感じながら葉や花をつける、あるいは、風にサワサワと揺れたり、時にはあまりの風の強さに地面に散る」

 ということは、私やjoさんも、パートナーというしっかり地に根を張った木の幹にくっついて、やがて風に舞い落ちる美しい花びらでしょうか……。 なんか風に美しく舞い落ちる前に嫌がられ振り落とされそうな気が (^ ^;)ゞ

上のコメントを書いた後、「・・・ということは、私の方が先に散るのかなぁ」とか、「光合成のできない木の幹は弱っていくのかなぁ」とか、いろんなことをチラチラと考えていました。

でも、どちらにしても・・・葉や花が先に散るにしても、幹が先に倒れるにしても、それはそれで、その木の一生の在り方のひとつでしょう。

人生に正解なんてありませんから・・・(^^)

すみません、昨夜のコメント、全然パンダさんへのお返事にはなっていませんでしたね・・・半分寝てたかもしれません・・・m(__)m

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