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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年7月17日 (日)

みおさんのコメント

みおさんから「怒りについて」にコメントをいただきました。

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私は夫に私をわかってほしかった。
単純だけど、抽象的で難しい。
だけど、これだけです。

怒りは「何でわかってくれないの?」「何で伝わらないの?」
という気持ちから沸いていました。
それは私が夫に「人はわかってもらえるもの」
「伝わるもの」という気持ちを押し付けていたのかもしれません。
私の思い込みかもしれません。
だけど、いまだに諦めきれないのです。

怒りの後はもう何もないのに涙が出てきちゃうし、
吐き気が常にある状態で過ごしていました。
育児や介護、今後を考えて行動するなど、やらなきゃいけない事もあるし
ガッチガチで、すべてがむなしくなりました。
私の人生終わったな・・・と思いました。

だけどブログで吐き出して、いろんな方と話をして
夫の主治医の前で子供みたいに泣きじゃくって、少しずつ復活→怒りも復活。
でも、この時の怒りは前とは違ったかもしれません。
夫に対しての怒りもありましたが、
「何で私が死ななきゃいけないんだっ!」というところでしょうか。
そして、何度も書いていますが今は怒りの塊が落ちて、
やっとやっとスタートです。

夫に「わかってほしい」と思ってた私も
夫の事をわかっていなかったんです。
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 なんかもう、私は一言も付け加えるべき言葉を思いつきません。
 ただただ、かみしめるだけです。

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コメント

みおさんのコメント&パンダさんの「一言も付け加えるべき言葉を思いつかず、ただただ、かみしめるだけ」を、私もかなり長いことかみしめていて、

際限なくいろんなことを考えながら、すべてを書くとエンドレス、ちょっとの言葉では表せない・・・という状態でいました。

でも、ちょっとの言葉で表すと、「"自分の中の居場所を安心して感じられる"居場所」=「ホーム」というものが、夫にも私にも、そして、子どもたちにも必要だった・・・ということでしょうか。

繭さんが以前に書かれていた「私はホームシックになったことがありません」という言葉は、2年ぐらい前までの私にも当てはまるし、昨年の夏までの娘にも当てはまります。

わけがわからない混乱の中にあっては、家は「単なる建物としての家」でしかなかったような気がします。時期によっては「一番帰りたくない場所」だったことも。

外出先から帰ってきたとき、私はいつも、つくづく家を眺める癖のようなものがあるのですが、家を眺めてホッとする、家を眺めて「さあ、帰ってきた」という気持ちを感じるようになったのは、ほんの、ここ2年足らずのことです。

「帰りたいと思える」家、「さあ、今日もここから出発だ」と思える家、「ああ、家に帰ってきた」と思える家・・・今やっと、家族の誰ににとっても「ホーム」という言葉で表現できるような家になってきたと感じています。

人によって、「アスペルガー」とか「定型」の受け止め方は違うと思うので、私は自分のことをお話しすることしかできませんが、夫がよく言う「理解して納得したことはできる」は、私についても当てはまるようです。

かつては、何がなんだかわからない、理解もできない、納得もできない・・・だから、2人とも怒っていたのです。怒りで燃え盛っていた家がやっと鎮火して「ホーム」になってきたと感じています。

カレンさん

 いやあ、私も「家がホットできる場所にならない」という思いはずいぶん長いこと持ちました。

 出張とかでひとりになれると、ようやくホットできたりしたんです。それから、前にカレンさんが書いていらしたみたいに、やっぱり仕事がものすごい救いになったりする。仕事で作る人間関係とかで、ようやく「定型的つながり」を実感できて、そこからエネルギーをもらえる感じで。

 もともと一人の時間がないとしんどくなる方でしたから、まあその素質があったと言えばあったんでしょうけれど、でも度が外れるくらいにそうなりましたね。

 そうすると、これって、面白いことに、「私もアスペルガー」状態ですよね。あ、仕事で人とつながるのが嬉しいという話は別としてですが、出張で一人になれるとほっとするとかについての話です。

 まあ、子どもの頃も家は戦場でしたけど、違いは何かというと、子どもの頃は「熱戦」で、こちらの方は「冷戦」。それに比べて今はどれほどほっとできる状態になっていることかとしみじみ思います。繭さんご夫妻は「熱戦」を展開されていたみたいで、その意味では「アスペと定型だから」ということではなくて、まあ二人の性格にも寄るんでしょうけれどね。というか、子ども時代の経験から私は「熱戦」だけは家でやりたくなかったんでしょう。でもうまくいかなくて「冷戦」になった (^ ^;)ゞ

 今日は、雨の関係で仕事帰りに迎えに来てほしいとパートナーから頼まれて、もうほんとに思い出せないくらい久しぶりに「頼られた」感じで、こういうの幸せ感がにじみ出てきますね~。

おはようございます。

昨日、夫と不毛なケンカをしてしまって脱力感いっぱいだった
みおです。
ここや自分のブログに達観したような事を書きつつ
勃発したケンカだったので、何だか・・・恥ずかしいです。

でも、転んでもただじゃ起きないと言いますか
良かった事もあります。
前ならきっと、私は必要以上に落ち込んだし、
どんどん深みに入ってもがいていただろうけれど、
今はある程度、「ここ以上下がったらダメ」というラインが
うっすら自分の中に引かれている気がします。

ここまで落ち込んだら「もうやーめよ」というラインです。
だから、私は必要以上に自分を傷つけないし、
夫からの言葉で傷つかない。
ケンカ中は「何でそうなるのー」と泣いちゃう事もあるけれど。

昨日はくだらないケンカだったからかな・・・とも思うけれど、
自分の中のラインはある程度見えてきてると思います。


joさんのコメントを読んで思い出した事があります。
私が夫と言い合いばかりしていた時、
私は夫に「親にぶつけたかった事を私にぶつけてる!」と
感じてたことがありました。

「それは親に言ってよ!」
「自分の中の小さな自分の感情や不満を私にぶつけるのはやめて!」って
ある時期ひたすら言ってた記憶があります。

元気なお母さんがいるのに、何で本人に言わないんだって。
何で元は他人の私にぶつけるんだって。

たまに会話が噛みあったときに夫は
「今更母親に言ってもしょうがない」と話してました。

私の母親は若年性認知症で(前に書いたでしょうか)、
その頃急激に進行していた時で、
下の世話等の介護拒否もあり
徘徊したり、私の事も分からなくなっていた時だったので
余計に私も反応しちゃったのかもしれません。

親や子供や夫の事・・・状況的に放り出せなかった私は、
ぽんぽん人に八つ当たり状態でぶつけられる(ように見える)
夫が、ある意味うらやましい・・・と思ってました。

>・・・状況的に放り出せなかった私は

放り出せなくて、人にぶつけられない状態の私は、
でした。

長文、乱文失礼致しました。

みおさん

 昔「しあわせは~あるいてこない、だ~からあるいていくんだね。
 いちにちいっぽ、みっかでさんぽ、さんぽすすんでにほさがる~」
 という歌があったのをふと思い出しました。

 たぶんここに来られている方たちもみんな達観なんて
 できる人はいないでしょうし(って勝手に決めてる…汗)
 その都度喜んだり落ち込んだり怒ったり悲しんだり
 いろいろぼやきながらときにたのしみながら
 進めたらいいのかなあと思ったりもします。

 それにしてもここ二三日あついですね~

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