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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年7月29日 (金)

「毒」への対処

 joさんがコメントの中で「毒を薄める」という表現を使っていらして、それが今とても心に響くところがあります。それで、今まで考えてきたことをこの「毒」という言葉を使ってもう一度整理してみようと思います。

 「毒」という言葉はもちろん穏やかな言葉ではないと思いますけれど、でも、アスペと定型の間にある「ズレ」に苦しんでこられた人にはかなり実感に近い部分を感じる方が多いのではないでしょうか。「中毒」という言葉でもjoさんが表現されているように、それは長年にわたってお互いをむしばんでいくものです。それは体の芯までむしばんでいく。

 しかも、その「毒」の正体というのがなかなか分からないんですよね。何か自分がむしばまれていくという感覚が切実に積み重なりながら、その原因がうまくつかめない。原因がよく分からないから、そのときそのときでなんか手探りでいろんなことをでたらめにやってみるしか無かったりしますが、結局対症療法みたいなもので、本当の解決にはいいたらない。毒の症状が一時軽減されても、毒自体が抜けてくれないわけです。

 で、ややこしいのは、その悲劇は誰かが悪意で毒を作り、相手に毒を飲ませている、というような話とは違うということですね。もしそうならその人を犯人として問題を処理すれば済むわけです。でもこのブログで考えてきたことから言うと、その「正体」はお互いの間にある「ズレ」なので、言ってみればしらないうちに「共同作業」で「毒」を作ってその「中毒」になるというややこしい話になります。

 今までに見えてきた解決法は、いくつかあって、ひとつは「共同作業」をやめてしまうことです。離婚とかそういうことですよね。一緒にいれば知らず知らずに「毒」を作り続けてしまうのだから、離れれば「毒」はつくられないし、それに「中毒」になることもない。もっと自分にとって意味のある「共同作業」を探し直した方がよい場合です。

 もう一つは「ズレ」という「毒」の正体をお互いに知ることで、その「毒」を作らないような関係を模索する、という新しい「共同作業」に入ることです。joさんが「当事者が相手にも正義があるかもしれないと考え始め、セラピストとともにその可能性を確かめて、「自らの正義」との折り合いをつけていく。」という言葉で紹介して下さったように、お互いにどうもすごく大事な部分で「ズレ」た考え方を持っているんだと気がついて、そこに「毒」が生まれる仕組みを知り、それに対処していくことです。そうすれば少しずつ毒が体から抜けていく。

 joさんの紹介された文章では「相手と」というより「セラピストと」その作業をする、という書かれ方です。とはいえ、問題は「折り合いを付けていく」というところになりますから、「セラピストによる橋渡し」が仮にあったとしても、やっぱり最終的には「相手と」ということになりますよね。joさんの家族ではjoさんのケアの下で、今は娘さんがもしかするとそういう橋渡しの役割の一部を果たしていらっしゃるのかも知れないと思いましたが、その先に見通されているのは、やっぱり奥さんとのお互いの「折り合い」のように思えます。

 一番目の方法を選ぶか、二番目を選ぶかは、これはもうお互いの相性の問題としか言えない感じがします。どっちがいいという話でもなくて。

 何かの事情でそのどちらにもいけない場合とか、二番目を選んでも「ズレ」が共有されて「折り合い」を模索していく過程では、多かれ少なかれ「毒」に苦しむわけですから、それになんとか対処しなければならない。ああそうか、以前みみさんがネットで相手の人を激しくののしるような文章について、「毒吐き」という言葉で表現されていたことがありました。みみさん自身はそのような行為を否定的に語っていらっしゃいましたが、自分の中にたまっていく毒をどうすることもできないようなとき、それをどこかにはき出すより無くなる、ということは、いい悪いは別として、そうなる気持ちは理解できないことはないです。

 考えてみれば「カウンセリングを受ける」ということも一種の穏やかな(?)「毒吐き」とも言えますよね。たまりにたまった自分の矛盾(毒)をカウンセラーに聞いてもらう(はき出す)ことで少し楽になる。

 ただ、この「毒吐き」という対処法は、一時的な効果はあると思うんですが、でもそうしても相変わらず毒は作られ続けるわけですから、どこかで新しい方向性を見つけない限りは、結局いつまでたっても「毒吐き」を続けるしか無くなってしまうでしょう。しかもカレンさんのおっしゃることを考えると、その「毒吐き(カレンさんの言い方では「相手に向けた負の感情の剣」)」は結局自分自身をさらにむしばんでいくのかも知れません。

 「毒」に対する抵抗力を付けるとか、免疫力をつけるとか、そういうのってあるんでしょうか?もしかしたらあるのかもしれないですが、色んな方のお話しや自分の体験からすれば、この「毒」の威力はとても大きいですから、それができる人はほとんど「超人」という感じがしますね。ただ、周りの人の支えはある程度力になるでしょうけれど。

 joさんが「憐れみもこのあたりと関係しそうですよ。憎しみも軽蔑も憐れみもアンバランス状態をディレンマの形のまま誤魔化しているように思えます。」と書かれているような、一種の「ごまかし」の方法について、この方法では「毒」はどうなっていくのでしょうか。

 憐れみ、憎しみ、軽蔑、といった感情はjoさんが説明されていたことからいうと、「被害者として相手に復讐する権利を持つ」という状態保ちながら、でもその権利は使わないことで相手より優位な立場に立とうとする、ということなのですね。「本当は自分は仕返しできるんだけど、そうせずに許してやって居るんだ」と思うことで気持ちの上で優位に立とうとする。優位に立つことで「毒」に対して抵抗力がすこしつくのかも知れません。というのは「自分はただやられっぱなしなんだ」という感じではなくて、「自分がこの状態をコントロールしてるんだ」という、少し前向きの気持ちを持てるでしょうから。

 とはいえ、「毒」が生み出される関係自体は続いてしまうとすれば、根本的な解決にはならないことも確かです。joさんが「誤魔化し」と表現されているのもなるほどと思います。そのことにつながると思いますが、Jesseさんはこんな風に書かれています

 「で、ボクの頭の中におけるクイックな結論めいたことを言わせていただければ、「あきらめ」、「軽蔑」、「哀れみ」いずれも、パンダさんおっしゃるように美しくはありませんが、有用な感情だと思います。「復讐」は、美しい醜いを通り越して、怖いです~。そいつを封印するために何かがなきゃいけない。神ならぬ身のこと、使えるものは何でも使って現実と折り合わなくてはなりません。」

 「相手と折り合う」という言葉ではなく「現実と折り合う」と書かれているところがちょっと考えさせられますが、実際、「根本的な解決」というのはそうそう簡単に実現できるものでもないでしょう。もしそうならこんなに沢山の人が長年にわたって苦しみ続けるなんて言うことはないですものね。そういう場合は、いつか何らかの形で根本的な解決(たとえば上の1番目とか2番目とか)を見つけることを願いながら、とりあえず「使えるものは何でも使って」しのいでいくしかないのかもしれません。

 なんかこの場合はちょっと今の放射能汚染の問題にも似てる感じがしますね。放射性物質なんて、取り込まない方がいいに決まってるんだけど、でもどうあがいても完全にそこから逃れることはできない。できることは小さな工夫を重ねて(使えるものは何でも使って)少しでも取り込む量を減らすようにすることだけ。

 まあ、それが人生というものよ、などと悟った気持ちになったらいいのでしょうか?

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コメント

毒への対処法、今の私は毒への感受性を低くして対処しているような感じだと思います。
それとも、中毒症状が出る前の潜伏期間かもしれません。

しばらく前に、母から長い手紙が届きました。その内容自体は悪いものではなかったのですが、だからといって何かが大きく変わることは期待できる訳でもなく。
ただそれだけのことですが、なんだか妙にダメージがあったようです。以来感情が薄く、思考力が低下しています。
ひとつひとつの作業にいつもより時間が掛かるものの、日常を送ることは支障がないので、普通に暮らしています。

いつものパターン通りだと、気力が回復すると共に毒を吐き出して、同時に感情が出て来ることになると思います。
それまでは、無心・無感動でいることが多いです。今回は、もう少し時間が掛かりそうです。


パンダさん、カレンさん

写真へのコメントありがとうございました。嬉しかったです。
しばらく文章が打てなくて(考えると気が散って手が止まってしまう)、ご無沙汰してしまいました。

写真も少しづつは撮っているのですが、編集が手につかず、お休みしています。
また回復したら、こちらへのコメントと共に、再開したいと思っています。

毒吐きは、私も否定する立場には全くありません。むしろ、毒吐き自体はとっても大事なことで、問題は、その毒吐きの仕方だろうなぁ、と思っています。

私が直接、相手=夫に剣を向けたときには、周りには誰もいない状態で、もう、自分で今思い返しても、心が例えようもなく凍りつくほど痛くなるほどのひどい言葉で夫を攻撃しています。

夫もまた、自分でいつか書いていたように&私も書いたように、完全に私の存在を否定するような、ものすごい言葉で私を攻撃していました。

その「攻撃=剣」が、自分に戻ってきた、と感じたのは、実際その場ではなく、その後、どれほどか時が経って冷静にその状況を客観視したときのことです。

その、直接夫に向けた剣=毒吐きのことを思うと、それは、全く全然、客観的に自分を見ることなどできていない状態で、夫もパニックならこちらもパニック、深い傷を負った猛獣どうしの命がけの咆哮であり威嚇でした。

自分用の日記にしても、夫に直接向けた毒吐きとあまり変わりませんね・・・6月だったか、娘のこともあって、数年ぶりに日記を開いたことは、ここでも書きましたが、

その内容のひどさには、今の自分が毒気に当てられ、実はその翌日、またまた蕁麻疹が出たほどです。

そんなこんなの経験から、私は、毒吐きにも、少しルールがあれば、いい結果にもつながっていく可能性があると思っています。

あちらの掲示板にしても、こちらにしてもそうですが、

人が見ていることを意識する=人が見ていることを前提として毒を吐く=ある程度、客観的に自分を観察して文章にして、それを後に自分で読むことで客観的に考えることができる、

ということが、とても大きなポイントになるのだと思います。

自分だけの日記は、6月に一度開いて以来、まだ開くことができません。あれはあれで、私にとって重要な時期ではあったのですが、あれを見るには、地獄の入り口を開けるくらいの勇気が要ります。反省材料としてまだしばらくとっておくか、それとも、あの頃のことをバッサリ捨ててしまうか、迷いながら、まだ箱に入ったまま・・・。

掲示板やこちらのブログは、書く作業をしながら、すでに毒を薄める作業に入っているような気がしています。それですぐに前に進めるかと言えば、そういうわけにはいかないこともたくさんありますが、

書くこと自体、考えを整理すること自体、とても意味があると思います。

ひとりで「わーっ!」と発散&客観的に考える、の組み合わせが、ほどよくできれば、バランスが取れるのかなぁ・・・と、考えモードに突入・・・しそうなので、このへんで。


繭さん

書ける時は書ける&書けないときは書けない、で、いいのだと思います(^^)

繭さんがいらっしゃる地域(県名)があると、「あ、繭さん読んでらっしゃるんだ・・・!」と思いますし、繭さんのブログで会いに行けますし(^^)

連投すみません。

その(?)「毒」ですが、

以前はとにかく日々刻々と新たな強烈な毒が、夫と私の間で生成されていたような状況で、それの毒気を含んだ空気を子どもたちにも相当吸わせてしまったのですが、

今、我が家の空気はほとんど毒を含みません。「夫はこんな人」「妻はこんな人」と思えてしまうと、「毒」の発生することがほとんどなくなったからでしょう。

日常生活&家庭生活ですから、もちろん少々の「毒は」発生しますが、「毒」を感じたときには、何分間か以上~1週間未満の間で、直接、夫に言うようにしています。

「ん?!」と思った時すぐに言ってしまうと「怒」がそのまま言葉に入り込んでしまうし、あまり間があきすぎると、その間にひとりでいろいろ考え過ぎて、ひとり相撲で勝手に落ち込んでしまったり、言う前にまた同じことが度重なると「怒×怒」になってしまうことになるので。

いつかパンダさんが、私のコメントに違和感を感じたときに、「違和感を覚えた」とおっしゃってくださったように、ちょっと間をおいて、でも、あまり間をあけすぎずに・・・ということを、この2年近くは続けています。「溜まってしまうとよくないことになるとわかっているから、あえて言うんだけど」というようなニュアンスの枕詞付きで。

以上、追記でした。

こんなんじゃ修行が成就しないぞ!と思いつつ、一時下山します。

私の修行目的は「毒抜き」というのもそのひとつ。少しずつ「真水」あるいは「毒濃度の薄い水」に触れる時間が出来てきたら、「毒」に触れると「嘔吐」「頭痛」などの症状が出るようになってきてしまいました。友だちに夫のこと話した後で吐いたり、アスペ本読んだ後重いカゼひいたり。昨日も1週間ぶりにアスペ関連のサイト見たため、現在頭痛中。

毒が「共同作業」で生まれるっていうところが大事かなと思いました。

ここでsolitudeさんのブログを教えてもらって一飛びしてきて、夫の凸凹の具合を知ることが大事ということを学びました。

私の今の課題は、夫の凹の部分の「ここまで出来ないのか!」という部分を、視覚障害者が目が見えないとか、聴覚障害者が耳が聞こえないとか、というのと同じように、淡々と「事実として」、感情を込めずに、少なくとも頭で理解することです。

そして、出来うれば凹の場所も知ることが出来ると、夫との対話(私の場合は離婚に向けてですけど)が容易になると思います。

悪意ではなく「出来ない」ということの理解や受容は容易なようで案外難しいですけど。私、いまだに夫が「2種の情報が混在していたら100文字の文章も理解できない」というの、受容出来てないですもん。

相手が機能的に「出来ない」のに定型的にふるまうことを期待してしまったり、定型の「想定外」の言動されると傷つきやすかったりっていうのは、定型側の「こだわり」「融通のなさ」「心の脆さ」という、ある種の「障がい」かもね(狸穴猫さんがおっしゃってた気がするけど)。

ただ、毒生産のメカニズムを理解しても、やっぱり毒に傷つくことから逃れるのは難しいのかな?とも思う。で、傷ついて痛かったら「痛い」というのから目をそらさないことも大事かな?とも思います。

そのカップルが生産する毒が自分にとって耐えられる種類か、濃度か、自分のその毒への耐性はどのくらいか、そして、毒をしのぐ魅力を相手に感じられるのかどうか、などで、その先の人生への選択は違ってくるのでしょうね。置かれた状況によっては、「逃げる」という選択が不可能で、なんとか「しのぐ」しかない場合もあると思います。

アストン博士は、アスペルガーの人との結婚(事実婚も含む)は、①積極的に結婚継続を選ぶ、②子どもが小さい、財政的に無力などの理由で仕方なく結婚継続を選ぶ、③別れる、の3つしかない、とおっしゃってました。そして、どれを選んでもそれぞれに大変だと。

でわでわ。また山に戻ります。(が、またすぐ現れちゃうかも)

繭さん

 ああ、たしかに「感受性を低くする」というのは方法としてありますね。定型の人の場合だと、それをやると、あとが辛くなるかも知れません。もしかするとそこはアスペの人は違うのかな。
 いずれにせよ、また気力が回復してこられるのを楽しみにしています。

カレンさん

 人を意識しているかどうかって大きいですよね。ネット上ではでものすごく激しく他人を攻撃する人が、ところが実際会って話してみるとびっくりするくらい大人しい人だったりして、「目の前に人がいる」とか「文字の向こうに人を感じている」ということがどれだけ大きいのかと思いました。おっしゃるとおり、やっぱり「毒吐き」はそれを受け止める人との関係ですごく変わってくるように思います。

修行成就黄信号のKS仙人

 大丈夫でしょうか、このブログ見てまた頭痛くなったりされないでしょうか。

 「毒生産のメカニズムを理解しても、やっぱり毒に傷つくことから逃れるのは難しいのかな?とも思う。」

 そうですね。メカニズムを理解するだけだと毒は作られ続けるわけだから、ちょっと注意力が高まって逃げやすくなる、という程度に留まりそうですね。本当にそこから逃れられるには、そのメカニズムを知って、それを作り替えて毒を生み出さないようにしてしまうこととか、あるいはそのメカニズムが動き出しそうになったらできるだけ早くそれを止めてしまって毒を作らないようにするとか、そういうことが必要な気がします。
 
 あと、体にたまった毒を解毒する、というのはどうしたらいいものか、ということもちょっと考え込んじゃいます。

あー、KSさん、ここに来ていらっしゃったんですね!

「求めることとあきらめること」でのKSさんのコメントの中の「静かな絶望」という言葉がとても気になって、そこにコメントしに行こうかと思ってPC開けたところでした。

「静かな絶望」の、その孤独・氷の山の頂上から、誰ひとりとして人の姿の見えない氷の谷を見下ろしているような孤独を、私もここに至るまでには何度も体験したので、その「静かな絶望」に、どうしても何か心にひかっかって、

KSさんのことだから大丈夫、と思いつつ、KSさん大丈夫だろうか、とちょっと心配していました。

・・・と、ここから下には、かなり長いことkSさんへのメッセージの続きを書きましたが、どうもまとまりなく、長~くなりそうで、なかなか終わりそうにないので、またいつか、日をあらためて追い追い、今日書きたかったことに触れていこうと思います。

そう言えば、昨日、夫が数日ぶりにここのブログを読んで、「KSさんが山から下りてきてた」と言っていました。あまり遠い山でなく、わりと近くの山のようで、私もちょっと喜んでいます。

お久しぶりです。

仕事を始めて、睡眠時間が4~6時間だったのが、
一気に10時間ぐらいになってしまって
なかなか来れませんでしたcoldsweats02

前の記事で私のコメントを取り上げてくださってありがとうございます。
もうちょっと時間が掛かりますが、コメントさせてくださいね。

今は繭さんの「感受性を低くする」という事に
反応して出てきてしまいました。
私、ついさっき自分のブログで書いたんですが、
これ、たぶん今仕事場でやってます。

自分がAS化してると思っていた事の一つに
「心のむきだし状態」があるんですが、
そのままで仕事を始めてお腹を壊しました。

何でこんなに打たれ弱くなっちゃってるの!?と
とまどいました。
今は、仕事場でその辺を修正しながら
仕事モードをつくっていってるところです。

みおさん

 おひさです。
 10時間寝られるというのはそれだけこれまでのたまった疲れについて、「休める」状態ができたと言うことでしょうか。私も休職したら10時間とか12時間とか平気で寝続けてましたものね。

 「自分がAS化してると思っていた事の一つに「心のむきだし状態」があるんですが、そのままで仕事を始めてお腹を壊しました。」

 なるほど。私の場合母親の影響による境界性化のせいで「心のむき出し状態」をずっと抱えてきたような気がします。AS化による「むき出し状態」と同じなのかどうか、よくわからないですけど。まあ、このブログも「匿名」だからできるというところがあるけど、かなり「むき出し」で書いてますしね (^ ^;)ゞ

 またコメントいただけるの楽しみにしています。

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