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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年5月 2日 (月)

共に生きる

 みみさんから悲しいお知らせを頂いて、改めてこのブログと被災地域の方との関係を考えています。

 このブログの場を提供している「ココログ」のサービスのひとつで、どこの地域の方が何人訪問してくださっているのかのデータを見ることが出来るんですが、47都道府県のすべてから読みに来てくださっている中で、過去四ヶ月分を見ると、東北太平洋岸の県はどれも半分より上にランクされていました。中でも福島がそのトップです。でもこの1ヶ月では福島は最下位に、また宮城と岩手もほんとに少なくなってしまいました。
 
 もうそれどころではない、ということもあるでしょうし、そもそもネットを見る環境が失われている、ということも、あるいは残念なことに……


 しばしば言われていることですけれど、この震災とそして今も続く原発事故のことをきっかけに、日本の社会は本当に大きく変わっていくと感じています。阪神淡路大震災と、それからまもなく起こったオウムサリン事件も、当時日本の社会に大変な衝撃を与えましたけれども、それはある意味では序章にすぎなくて、今本章の扉が開いたのではないかと、そんな気もします。

 社会というと、なんだか大きなもので、私たちひとりひとりとはある意味で関係ないもののようにも思えるけれど、でも今はひとりひとりが大きく変わりはじめ、そして社会も変わっていく、そんなことなんじゃないかと思えます。

 東北地方や関東の一部の被災地域やそこに住む皆さんの復興への取り組みは、これから何年にもわたって日本の社会全体が取り組んでいかなければならない大きな課題ですし、原発事故の問題も、まずは収束までに年単位の時間がかかり、その処理にまた十年単位で、そして放射能汚染の問題についても同じような単位で取り組まざるを得ない状況です。

 たしかにそれはほんとに大きな負の遺産なのですし、そこに言いしれぬ怒りや悲しみが、その数を想像することも出来ないくらいに生み出されていることも間違いないことです。私たちはそれを抱え込み、そしてそこから逃げ出すことは出来ない。

 でもそういうしんどい状況を、お互いに助け合ったり、愚痴を言い合ったり、時に喧嘩しあったりしながら乗り越えていくことから、本当に新しいものが生み出されていくというのも間違いないことのように感じます。もしかすると新しいものというのはそんな風にしてしか生み出されないものなのかも知れないとも思うこともあります。

 アスペと定型の問題も、今までもそういう問題だったし、そしていまこの日本の社会が大きく変わろうとしている中で、そこからまた新しい展開をしていくことになるような気もします。その現場に、ここに来られる皆さんのひとりひとりが今立っているのではないでしょうか。


 去って行かれた沢山の命を呼び戻すことはできません。私たちに出来るのは、その大切な命を心に刻み、そして私たちの中で生き続けていただき、私たちと共に新しい何かを生み出す力を与えていただくことなのかなと、そんなふうに思います。そう思うと、「共に生きる」という言葉は、なくなった方との間にも成り立つことなのかも知れませんね。

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