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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年3月21日 (月)

適度な距離

 今日は関東の方は雨模様みたいで、この雨でまた空中を漂う放射能が地面に落ちてくるでしょう。それが水源地の山々にしみこんで、やがて一定の時間すると川となって集まって、わずかながらも今も検出され、値が上昇し始めている水道水の放射能はさらに上昇する可能性があるし、またある程度の期間そういう状態が続くのでしょう。農作物への被害もより広範囲になっていくことだろうと思います。

 もっと悲惨な展開になって、みんな西へと避難、という悲劇にならない限りは、とにかく今はもう、そういう状態に「上手に慣れる」しかないわけで、「健康のために放射能のとりすぎに注意しましょう」みたいな生活を心がけるしかない。みんながちょっとずつでも被曝線量を減らせば、それだけ将来ガンになる人の数が確実に減るわけですから、そんなちょっとした心がけがとても大事だと思います。

 でも、外を見ると、その雨の中、何の備えもなくて傘も差さずに雨に濡れながら歩いている人もいる。中学生くらいの女の子も見ました。なんか心が痛くなりました。一回雨に濡れたから、すぐにそれでどうこうなるというものでもないでしょうけれど、でもその繰り返しが小さな危険を少しずつ蓄積していくことになるのに、そんな警戒心が全くないんですよね。

 「社会を不安にさせないために」という「専門家」や「政治家」の「心遣い」がそんな状況を生んでいく。悲しいことです。

 私のパートナーはこういうとき律儀です。とにかく「こういう注意や心がけが必要」ということについては、ほんとに確実に実行していく。それはストレスフルなことではあるようなんだけど、でも面倒だからと放り出すことはない。それは普通の状態では「アスペ的な融通のなさ」と思えていたことなんですが、こういう状況ではある種の「頼もしさ」とも感じられます。やっぱりこの世の中、いろんなタイプの人がいて、初めて成り立つんですね。

 いや、もちろん相性のいいタイプ同士、悪いタイプ同士もあるわけだから、相性が悪いのに無理に一緒にいる必要はないでしょう。なんていうのか、多分人人によって、タイプの組み合わせによって、きっと「適度な距離」みたいのがあるんじゃないでしょうか。その距離をうまく見つけられればいいんですよね。もちろん「離婚」という距離の取り方も含めてのことですが。

 そうやって適度な距離をとることで、その距離でできるコミュニケーションというのがまたあるんだろうと思います。うーんと、考えてみればこれって当たり前のことで、この世の中、もともとそうやってできているわけですよね。「博愛」を目指す方だって、あらゆる人と同じ関係を、同じ距離で持てるわけではない。親しい人もいれば疎遠な人もいる。大好きな人もいれば大嫌いな人もいる。

 でも大好きな人とはすべてのコミュニケーションが可能だけれども、大嫌いな人とはすべてのコミュニケーションが不可能だ、ということはないでしょう。スーパーに買い物に行って、レジの人が大嫌いだとしても、そこで支払いをする、というコミュニケーションまで拒否するということはまあ普通はないですしね。

 そんないろんな形のコミュニケーションと、いろんな距離の取り方と、そういうことがなんとかバランスが取れるように、この世の中いろんな組み合わせができているんじゃないかなと思います。もちろんその時々でそれがうまく行かなくなって、いろんなトラブルが起こるわけだけど、そうやってトラブって、そのあと改めて距離を調整したり、コミュニケーションを調整したりするということをやるのが人間ですよね。

 もちろん、この世の中にはそういう適度な距離の調節とかコミュニケーションの調整を難しくしている原因もまたたくさんある訳なんだけど、やっぱり無理は続かないでしょう。ある範囲の我慢は時に必要だとしても、過度の我慢は自分を殺してしまうことにさえなりかねない。実際問題としては「過度」かどうかの境目の判断はなかなか迷いますけれど、でも探しつづければきっといつか見つかると思う。

 その組み合わせにとって一番心地よい距離と、一番生産的なコミュニケーションを探っていくこと。そこをどう工夫していくかが大きな問題なのかなと思いました。

 

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コメント

原発事故、初めは現実に起こっているとは信じがたく、怖くて仕方なかったけど、落ち着いてきました。事態が鎮静化したというより原発のニュースに慣れてしまった感じがあります。ああ、また爆発ね…って。こういう慣れは怖いですね。気を抜かずにやっていきたいです!
ここ数日の記事も深いですね。私は夫と暮らした期間が短いのと、夫は災害に関わりのある仕事をしていて職場の指示で動くため、夫が災害時にどのような思考でどう行動するか知りません。今回はメールや電話が来て、交通情報やなんかを知らせてくれ、水を確保するようにとか色々アドバイスされました。普段、小さいことでパニクるわりに落ち着いているようでした。
別居と言っても同じ区内なのに「そっちも揺れた?」といつもの天然もあり、地震関連の話に引き続き子供を引き取ることについて話し出し、私が「その話、地震直後の今じゃなくて、せめて一週間後にしてくれない?」と言ったり。つまり、いつもどおりでした。
思い出すのは、以前、私が夫に言った言葉です。「もし地震が起こったら、私を助けず一人だけ助かるだろうね。」私は自分がひどいことを言ったことに驚きつつ反論を待ちましたが、夫は表情も変えず何も言いませんでした。アスペの人はこちらを攻撃的にさせてしまうんですよね。そして、反撃してこない。で、こっちが悪者。よくわかります。今考えると、なんて不毛!
私も自分の成育環境が何らか影響してるだろうなと感じます。結婚=苦労が刷り込まれてました。結婚直前に「今まで十分やりたいことやって幸せだった。これからは人並みの苦労をしてそのツケを払っていく番だ」、結婚直後に「これからは死んだように生きていこう」と考えたことをはっきり覚えてます。ずいぶん相手に失礼な話ですが。しかし、元来が欲張りで調子のよい私、楽しいことや仲良し夫婦への憧れが捨てきれる訳もなく、今に至ってます。
娘の結婚は父親次第とはよく聞く話で、私の結婚がうまくいかなかった理由にはなるのですが、なぜ夫を選んだのか?はずーっと謎です。
配偶者掲示板などで暴力、暴言のある夫の話を読むと、私の父親も夫(温和)とは違うタイプのアスペだったのかな、と思うことがあります。
まとまりないけど、記事読んで色んな事を考えました。

パンダさん、皆さん、こんばんは。

先日のコメントで、「『怖かった』という感情はまだ出て来ていません」と書きましたが、
私は、やっぱり怖かったみたいです。実感は未だに無いままですが、疲れが出て来て、妙にいらいらしたり、ぼんやりとしたりしています。

自分の感情をうまく捉えられないのが困るところで、自覚も無いままストレスが溜まってしまうことがあります。
今回は予想していたので、それ程の問題になる前に対処出来ています。
コメントしたいことは沢山思い浮かぶのですが、少しゆっくりとお休みをして、元気になったら、またこちらに伺います(^ ^)

それから私事ですが、故障していたPCは、結局直らないままで、新しいPCを迎えました。
写真ブログの更新も今日から再開しました。
またぼちぼちと載せて参りますので、お手透きの折に、覗いていただけると嬉しいです。

考えてみたら、震災以降、写真もほとんど撮っていませんでした。
やはり非常モードの電池切れですね。

皆さんも、ここしばらくの非日常で、お疲れが出ることがあるかと思います。
ご自愛下さいますよう。


カレンさん

私の収集物写真は、沢山撮り貯まっています(笑)
少しづつ、ブログに載せるつもりです。
よろしかったら、見てみて下さい(^ ^)

チロさん

 こんな文章でもそこから何かを考えていただけるとすれば、書く方としても書き甲斐があってありがたいです。
 原発事故については学生時代に勉強会とかやって、そのころから指摘され続けていた原発の問題点が、まさにシナリオ通りに現実になったという感じで、まるで不幸の予言のような、本当に「残念な」的中でした。
 これからはとにかく「みんなで少しでも被曝(とストレス)を減らす生活を」ということが大きなポイントなんだろうと思います。
 それにしても、結婚直後に「これからは死んだように生きよう」と思われたというのは驚きでした。「結婚は人生の墓場」という言い方はありますが、それは回りが言うことで、当人達は少なくともしばらくは違うと私が思っていたからでしょう。いろんな結婚があるんだなあと改めて思います。
 なんか、そのあたりのこととか、もしその気になられたら、いつかもう少し教えていただきたい気がします。

繭さん
 
 緊張がだんだん解けてきているのですね。でもブログの「光のみち」を拝見して、そういう精神状態で、こんな写真が撮れるんだとまたびっくりでもありました。
 私はほんとにここ一日二日でしょうか。なにかほっとした感じになりました。疲れも震災以前のレベルに近い感じがします。原発関係のブログで一応最低限考えておくべき事やアクセスしておくべき情報を一通り整理したからかも知れません。
 またブログを楽しみにしています。きっとその作業が繭さんにとっては日常の回復に大切な意味を持つのでしょうね。

パンダさん

休むと言いながら、出て来てしまいました。
写真、早速見て下さって、ありがとうございます(^ ^)
あれは、地震前+PC故障中の、元気なときに撮っていたものです。
地震後に一回だけ撮った、空の写真があるのですが、私には重くて、再開一枚目にはためらわれました。
それも今度載せてみます。

PCが使えるようになって、地震前に貯まっていた写真の整理をしていると、ほっとします。
日常…大切ですね。

「共感しすぎるほど共感してしまって、体調を崩すこともたびたび」だった、と先日、以前の私のことを書きましたが、

実は先週末から3日間熱を出し、日曜はまる1日寝ていました。

先週半ば、なんとなくジワジワと妙に疲れた感じや珍しくストレスがたまってきている自覚症状があったので、喉が急に痛くなり熱が上がったときは「やっぱり」という感じでした。

いろんなことがあって、かつての数年間は「非日常が日常化していた」のですが、今回のような前代未聞の「非日常」は、私にとっても予想以上にストレスだったようです。

そんな中で、ちょっと感じたことですが、そういうストレスを感じている時って、同じ人相手でも適度な距離を取るのがいつもより難しくなる気がします。こちらの精神的余裕があるかないかによって、ほどよい距離そのものや、距離の取り方も変わってくるのでしょう。

ということで、心身の余裕のためにも、できるだけ私の「日常」を取り戻すべく努力しています(^^)


繭さん

写真、さっそく見ました。あのブログ、必ず毎日見に行ってますよ。

私は、特に、あの「息吹」が大好きです。私にとって、あの花=オオイヌノフグリは、小学1年の時からずっと春を知らせてくれる花なんです。雑草の中に混じって咲くあの花を見るたびに、春の匂いを感じます。

繭さん

 そうでしたか。地震前でしたか。で、その掲載は地震後へのメッセージでもあったんですね。

カレンさん

 いやあ、今度の非日常は強烈ですね。これ以上となると、あとは戦争位じゃないでしょうか。もっとも日々放射能汚染を生活の中で実感する東北や関東と、その他の地域にお住まいの方ではその非日常性を感じるレベルがまた違うかも知れませんけれど。

 もう関東の方は「放射能と共に生きる日常」をどう楽しく作っていくか、みたいな世界ですね。今のところはそんなにめちゃくちゃな値ではないですけれど、でもやっぱり異常な数値の連続ではあるわけですし、大きく見れば将来にわたってガン患者は確実に増加することはもう決まったようなものですし。あとはそのレベルをどこまで下げられるかの闘いですね。うーん、やっぱり闘いが日常になってしまうのか……

 あと、ストレスに対抗するにはやっぱり「アホになる」ことですね。もうオッサンギャグの連発とか。もっともこれは連発する方は発散されるけど、聞く方はもっとたまるかも知れません (^ ^;)ゞ

カレンさん、ありがとうございます、毎日なんて、とても嬉しいです(^ ^)

オオイヌノフグリ、あの澄んだ青色が好きです。
地面に這うようにして撮っていて、すぐ横を散歩中の犬が、私より高い目線で通って行きました。


パンダさん

おっしゃる通りです。
撮った時は、このような心持ちで載せることになるとは、思ってもいませんでした。

お返事が嬉しくて、つい書き込みをしました。また休憩してきます(^ ^)

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