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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年3月17日 (木)

危機状況とアスペルガー

久しぶりに本来の記事を書きます。

改めてみなさん、震災大丈夫でしたでしょうか?

これから放射能汚染との長い闘いの日々になると思いますが、アスペと定型の問題で鍛えられ、たくましくなったみなさんはきっと力強く乗り切って行かれるのでしょうね。

今回、危機的な状況の中で、改めてパートナーの行動をみていてとても納得したことがありました。それはアスペの人(の少なくとも一部)は「危機の中でものすごく冷静に必要な対処を行う」ということです。

私は危機状態になったとき、しばらくじっと考える傾向があります。その間に感情も高まり、次の行動への準備が行われているみたいな感じですが、とにかく少なくとも外目には(そしてもしかすると本当に)ボーッとしているように見えるかも知れません。

それにたいしてパートナーは地震直後に、さっさと荷物をまとめ、職場を早引けし(「隣のビルが地震で倒れそうだと前から思ってたし」と言い、「お先に失礼します」とさっさと帰ってきたそうで、あとから「ちょっと薄情だったかな」と子どもに言っていたそうです)、当面必要な物資を買って帰ってきて、即座に子どもたちに「水の確保」を命じていました。それらが一段落した後、福祉関係の仕事をしているので、担当しているご家庭を一通り見回りに出て行きました。

そういえばこれまでもそうだったなあと思うのですが、これはとても大きな「生き抜く力」ですよね。定型が危機状態で情緒的に混乱して身動きができなくなっているときに、極めて冷静に必要な行動を淡々とこなしていける。

これまで人間は沢山の災害や戦争など、困難な状況を生き抜いてきたわけですが、そのときにアスペルガーの人たちはある重要な役割を果たしてきたのではないかと、そんなことを思いました。


ところで、家には二匹ネコがいるのですが、計画停電のため、子どもがサラダオイルをガラスのカップに入れて、丸めたティッシュを灯心にして針金で固定し、即席のランプを二つ作ってくれました。これが下手なろうそくより結構明るいし、持ちが良いんです。

で、朝、その残り油をネコが舐めていました (^ ^;)ゞ
夜中に(ではないけど)油をなめるという化けネコの話、本当だったんですね~ 

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コメント

奥様のお話を拝読して、 「"今の"私は奥様と似ているかも」いうのが第一印象でした。

かつての私は、自分に悲しいことが起こったときはもちろん、周りのいろんな人のいろんな状況に共感しぎるほど共感していたので、人に何か辛いこと・悲しいことがあると、私も一緒になって深いダメージを負い、体調を崩すようなこともたびたびでした。

でも、夫との関係の中でいろんなことが起こり、仕事においても家庭においても、何度も何度も必死でサバイバルを繰り返すうちに、

悲しいことは悲しい・辛いことは辛いと感じながらも、

それはそれとして、現実の生活の中では、しっかり自分の足で立ち自分の生活を成り立たせていくことを心がけ、それを実行するようになってきています。

今回の大災害を目の当たりにして、とても心が痛みます。

でも、それはそれとして、落ち込んでしまいっぱなしになることなく、ここ数年やってきたように「元気が一番」をモットーとした生活を心がけています。自分の元気が、周りの元気にもつながっていくと信じているので。

かつては、「何があってもまずは自分が一番」という夫の姿勢を、とても冷たいものとしか見られなかった時期もありますが、今は、それが「生きる力」につながるものでもあるのだと、自分の実感を伴って理解することができます。

定型にとっては(少なくとも私にとっては)何度も何度も繰り返したサバイバル体験を通してしか手に入れられなかったような感覚を、アスペルガーの人(少なくとも夫は)天性のものとして持っていたのかもしれない、と思ったりもするこの頃です。


カレンさん

 地震と事故から一週間、このブログにも嵐のように多くの方が押し寄せてきました。一番多い日は2600名以上の方が7000ページ弱を読んでいかれました。

 今もなおきわめて深刻な状態は続いてはいるのですが、私の方は今の状態で可能な対処については一応一通り目処を立てたところで、ぐったりと一休みです。今日はほぼ一日中寝てました (^ ^;)ゞ

 私のパートナーも明らかにいつもより緊張はしているんですけど、でもある意味淡々としている感じではありますね。もちろん感情的になることがない人だ、という意味では全然無いのですが。

 それにしてもカレンご夫妻はなんとも「対極的」というか、「一緒にいてもひとり」というより、補い合って「一緒(二人)でひとり」という感じなのかも (^_^)

今回の地震の話を人とする時、私は「怖かったね」と口にしているのですが、実際には「怖かった」という感情は、まだ出て来ていません。
びっくりした、緊張した、落ち着かない、という感覚が強いです。

最初の揺れの後、丸2日間を一人で過ごして、最初の晩は、店も地震直後に閉店していたので、ロウソクとラジオと非常用の水が頼り。電話(固定・携帯・公衆)も通じず…。という状況で、余震も多く、大変緊張して過ごしましたが、怖かった実感は、まだ湧いていません。

ここまでの状況ではなかったものの、以前にもこういった、感情が姿を隠すようなことは何度もありました。
緊急事態になると、真っ先に感情がシャットダウンするような感覚です。
夫が無事に帰って来たことでリラックスしている自分や、テレビの緊急地震速報のコールにびくっと反応する事から、「どうやら、私は怖かったんだな…」と感じています。

地震直後からの私の行動も、おそらく冷静に見える方だったと思います。
まずラジオで状況を確認して、こちらの方が大きく揺れたことが分かったので、携帯電話が不通になる前に自分の無事を知らせるメールを送り、大きな余震に備えて家具の位置や転倒防止を確認して、水や灯り、卓上コンロや即席食品、キャンプ用品などを引っ張り出して並べたりして、夜に備えました。
夜になり、ラジオを聞く以外にはすることもなく、余震で落ち着かなくもあり、暇でもありで、本を読んだり、「今しか見られない」と停電の星空を眺めたりして過ごして、いつもの時間に寝ました。

後になって思い返して、現実逃避的なことをしていたなぁと苦笑いです。
私の場合は、本当に冷静だった訳ではないようです。
揺れた後に、真っ先に手にしていたのは何故かカメラポーチでしたし…。
その現実逃避のお陰か、パニックに陥ることも、一人で過度に怯えることもなく過ごすことが出来ました。

あれ(感情封印、現実逃避)は、一種のパニック回避的な行動だったのかもしれない、と考えています。
それとも、感情が出なくなったこと自体が、ある種のパニックだったのかもしれない、とも思います。
もっと危険度の低い状況では、よくフリーズして固まっているのに、不思議です。

繭さん

> もっと危険度の低い状況では、よくフリーズして固まっているのに、不思議です。

 やっぱりそうですか!
 アスペの方って、危機状況対応型なんですよ!
 たとえカメラポーチを握っていたとしても(……大事なんですね!(笑))、
 パニックにならないということだけで、大変な力ですものね。

 もしかすると被災地で冷静に活躍されているアスペの方も多いかも。

 状況は相変わらず厳しいですし、これからまた大変ですが、
 ここでみなさんとまたやりとりできはじめたのは
 「日常の一部が戻ってきた」感じでほっとします。

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