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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年2月11日 (金)

alonaさんにお伝えしたいこと

 alonaさんとのやりとりを経て、なぜ私が耳かき一杯の度量も持てなかったのかが少しずつわかってきました。このブログでのやりとりを通して、いつしか私はアスペルガーの方たちに、大きな親しみを抱いてしまっていたのです。もちろんそれは私の一方的な思いこみによるものかも知れないのですが、でも私の中の現実としては、それはとても大切な意味を持ってきていたのだと気づきました。

 もちろん、アスペルガーの人だから無条件に親しみを持てると言うことではありません。こんなことを言うと、alonaさんに怒られるかも知れませんが、でも正直な思いとして、もしalonaさんが書かれているような夫の方の姿がどうにもならない固定的なものであるとすれば、私はやっぱりその方を好きになれません。いや、はっきり嫌いです。もしそうする条件があるのなら、alonaさんと一緒にその夫と闘いたいと思うくらい、一番嫌なタイプの一人です。もちろん条件があってもalonaさんには「余計なお世話」かもしれませんけれど。

 それはでもやっぱりアスペルガーだから嫌なのではありません。実際には全く存じ上げない方ですので、お書きになられた以上のことは私にはわかりませんが、少なくともそこに書かれた夫の方の人間性は嫌なのです。アスペルガーという条件がその傾向を強くしているとか、そういう作用はあるのかもしれません。でもそれは、たとえて言えば拡声器で大きくして聞いた声が嫌いなものであったとしても、それは拡声器(アスペ)のせいではないし、逆にその声が好きなものであったとしても自分が好きなのは拡声器ではない、というのと同じことでしょう。

 今回のコメントでのやりとりで私も傷つきましたが、当然alonaさんも大きく傷つかれたと思います。もしかするとこの記事ももう読んでいただけないかも知れません。けれども、他に方法もありませんし、ここに書かせていただきます。alonaさんの夫への憎しみを、私はもっと受け止められることが必要であるように思います。同時にalonaさんの「アスペルガーの人だから」という類のまとめ方や、あるいは夫の方と大きく違う方について、ほんとにアスペルガーなのか、と疑問を呈されるようなalonaさんの書き方を、なぜ私が受け入れがたいと感じたか、そのことの理由の一端をやはり理解していただきたいと思うからです。

 繰り返しになりますが、私はalonaさんが、alonaさんの置かれている状況の中で、言葉に尽くせない辛さを背負っていらっしゃること、そしてその結果としての判断について、それを否定する気持ちは全くありませんし、そんな資格もありません。私の書き方でそう理解されてしまったとすれば、それは私の至らなさです。お詫びします。けれども、そのことと、アスペルガーの人が一般にどうかということは、どうか切り離してお考え下さい。そこが切り離されないことで、多くの人が益々傷ついていくと思うからです。
 
******************** 
 
 「もしそうすることであなたが幸せになってくれるなら、私は自分が一人になってしまっても、その方が嬉しい」。

 またプライベートな話でお恥ずかしいですが、ある意味一番厳しい状態に陥ったときに、私のパートナーが二度、三度と言ってくれた言葉がこれでした。彼女が自分をアスペルガーだと理解することで、これまでの自分をとてもよく理解できると感じられ、そしてその話を聞いて、私と彼女の間に「アスペルガーと定型のズレ」の問題が共有されて、それからしばらくしてからのことです。

 問題が共有されてから、なかなかお互いの意図していることを伝え合うことが困難な状況の中で、また短い話し合いそのものを成立させることにも大きなエネルギーを必要とし、そこからわずかに語られる言葉にまた深く傷つくことが繰り返される状況の中で、なんとかお互いのズレを理解し、それを調整する可能性がないかどうかを探ろうとしていました。けれども、話し合えば話し合うほどに、そこで見えてくるズレは私にとっては絶望的な気持ちを抱かせるものでした。
 
 これまでの現状をどう理解していたか、ということについてのズレは強烈で、多分joさんが言われた「膠着状態」と共通のものが、まさにそういうズレによって安定してしまっていたことを思い知らされました。そのことを理解できなかったために、自分が今までどれだけのエネルギーを全く意味無い形で注ぎ込み続けてきたのか、どれだけのしんどさを無駄に耐え続けてきたのかを繰り返し知ることになり、その都度何日も寝込むような状態が続きました。

 私が彼女に対して求め続けていたものが、私が当然のこととして期待するような形では決して得られないのだと言うことを知ったとき、そしてまさにそれこそが、私が自分を支えてもらうために一番必要としているものだと思えたとき、絶望の気持ちをぬぐうことはできませんでした。

 なんのために二人は共に生活をしているのか。彼女にとって私はどうして必要なのか。いくら問いかけても答えは得られません。私が得られるものが無くとも、彼女にとって私が必要であるということが実感できれば、それを支えにしていけるかと、自信は持て無いながらも思ってみたにもかかわらず。

 ただ、彼女は自分がアスペルガーであるという理解を持ってから、自分を責め続けました。今まで回りから自分が痛めつけられ続けてきたというふうに思っていたことが、実は自分に原因があったのだと考え、そして全く意図しない形で私や子どもを苦しめ続けたと思い、自分を責め続けました。「私はいない方がいい人間だ」というその責め方がまた私を苦しめました。

 「これ以上あなたを傷つけたくない」

 そうも彼女は繰り返しました。私が発する問いに対して、なかなか答えてくれないときも、「自分が思ったことを素直に言えば、またあなたを傷つける。だから話せない」とも言いました。何が私を傷つけるのかよくわからない状態に置かれて、彼女はますます言葉を失っていくようにも思えました。

 どれほどの誤解が積み重なっていたのか、そのことを知り、しかしその誤解がどういうものであるのかの正体がよくわからず、どう対処して行けばよいのかもわからない。そういうことがどんどん積み重なっていき、それまで必死で保ってきた自分の形もどんどんと崩れていき、鬱がさらに重くなっていく状態が続きました。そのなかで彼女が言った言葉が「これ以上あなたを傷つけたくない」であり、「もしそうすることであなたが幸せになってくれるなら……」でした。

 こんなに深い「思いやり(定型語)」の言葉をもらいながら、私は自分がどうしたらいいのかわかりませんでした。こんなに苦しみながら私を思いやってくれている彼女が、しかし同時に私が渇望していたものを私が望んだ形では決して与えてくれず、繰り返し彼女の言葉に傷つけられ続け、絶望的な思いをいだき、しかも自分が彼女に対して何をしてあげられるかもわからない。その状態でこの傷を抱え、さらにそれを重ねながら私はなお一緒に暮らしていけるのだろうか。彼女も、そして私自身幸せになれるのだろうか。

 「自分を見捨ててくれていい」と、そんなふうに「思いやって」くれる彼女のことを、建前で「私が我慢して受け入れてあげる」などという言葉を私は決して語ることはできませんでした。それは彼女の彼女なりの「思いやり」に対する不誠実さになると思いました。自分が本当に、改めて彼女を必要と感じるようになるまで、「これからも一緒に」ということは言ってはならないと思いました。

 私は、お互いのズレを何とか調整する道を探しながら、子どもが自立するまでは一緒にやっていこう。と正直に言いました。その結果、どういう方向に決まるかはわからないということを前提として。

 そうやってこのブログを始め、皆さんのコメントを頂きながら、なにか不思議な思いですが、上の二つの言葉が、だんだんと重みを持って、胸に響いて来るようになりました。それは掛け値無しに思いやりの言葉としてだんだん感じられるようになってきたのです。もちろんその言葉を聞いたときに嘘を言われているとは思いませんでした。でも自分が抱え、また折に触れて与えられ続ける傷のせいでしょうか、感情として、感覚として、なぜかその「思いやり」に実感を持てなかったのです。それが今なぜか実感できるようになりつつある。

 一番の大きなことは、おそらくアスペルガーの皆さんとの直接のやりとりであったのではないかと思います。

 アスペルガーだから思いやりがない、ということを、だから今私は信じることができません。ほんとに多様なのです。お互いが変わっていく可能性も私は否定することができません。それはなにかの条件があれば、変わりうる部分はある。ただ、その条件が何か、私には今は少なくともわからないし、条件がないところでそれを期待することが正しいとも思えません。

*********************  
 
 以上、書き連ねてみたことが、もし単に私の「幸運な成功談(?)」のように受け止められてしまったとすれば、この記事は失敗です。「あなたは男だし、パートナーもいい人でよかったね。そんなに良い条件なら、大した苦労でもないね。私の苦労がわからないのも当然だよね」等と他人事として切り離されたとすれば、この記事に意味はありません。

 大切なのは、「アスペと定型」というカップルが抱えた問題について、できるだけいろいろな可能性の幅をお互いに知り合うことだと思います。その幅が拡がれば拡がるほど、深さが深まれば深まるほど、今自分自身が置かれている状況について、すこし違った角度からもう一度見直してみる可能性が大きくなる。そして自分自身を見直してみる可能性が増えていく。

 それはjoさんが動物の例で説明して下さった、「すくんで身動きができなくなった」状態に陥りがちな、「膠着状態」にがんじがらめになりがちな、この問題の当事者にとって、その固く閉ざされた状況を少しでも和らげるために、どうしても必要なことではないかと思います。

 もちろん、他の状況を見ることによって、自分に新しい可能性が見えてくるだけでなく、自分の状況の持つ可能性の限界を見いだしたり、あるいは確信したりすることもあるだろうと思います。それもまたとても大事なことではないでしょうか。それぞれの方が、それぞれの状況の中で、自分自身の生き方を選択していくとき、その判断の素材になることがあれば、それだけ「その後」の生き方に対しても確信が持てるようになる。KSさんが問題にされていた「その後のトラウマの治し方」にも、とても大きな影響を持つのではないかと思います。

 このやりとりから、すこしでも「次」が見えてくることを願いつつ……

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コメント

パンダさん、相変わらず、日付が、変わると共に、更新ですね・・・
お見事です。既に、一読させていただきました。
私のために、ありがとうございます。
私は、夫といるようになってから、少々のことでは、傷つかなくなったので、
大丈夫ですよ。

パンダさんは、やはり、定型の思慮深い、聡明で思いやりのある方ですね。
奥様が、うらやましいです。
これからも、いろんなことが、あると思いますが、
お2人で、乗り越えていかれることを、祈っていますね。

以下は、先ほど、書き上げたコメントです。
昨日の続きにしようかと思ったのですが、こちらに、コメいれさせていただきます。

-----------------------------------------------------------------------------

みなさん、たくさんのご意見、ありがとうございます。
賛同・激励のコメントも、厳しいご意見も、すべて、読ませていただきました。

私が、パンダさんに言いたかったことは、私と夫の関係で、私は、こんなに
大変だったのよ、苦労したのよ、同情してよ・・・ということではないのです。
むしろ、私が経験した、修羅場も、アスペの特性を理解して手にした平穏な生活も、
どちらも、経験した身として、定型とアスペの真のコミュニケーションが、
そんなに簡単には、手に入らないと思いますよ、ということが、言いたかったのです。

最近のこちらのブログの流れで、翻訳すれば、とか、異文化として、
通訳して理解し合えれば、とか、非定型サイドの方々も登場して、
和やかに、ブログで、進行していた流れに、違和感を感じたのです。

定型とアスペの真のコミュニケーションは、そんなに、簡単なことでは、ないですよ、
と言いたかったのです。

パンダさんは、私の最後の発言「アスペの人を傷つけちゃったかな?」
という箇所に非常に反応されたようですが、定型の私が、ここで、アスペについて語るとき、
どうしても、非定型の人にとっては、耳が痛い言葉の連続になると思うのです。
そこで、かしこまって、「アスペの人には、申し訳ありません。」なんて、
かしこまった言い回しの方が、逆に、アスペの人に、失礼かな?と思ったのです。
私は、アスペの人を傷つけよう、とか、攻撃する、という気は、全くありませんが、
私の発言で、やっぱり、傷つけることになると思うのです。
なので、申し訳ない、という気持ちを込めて、あえての表現だったのですが、
それが、パンダさんも、繭さんも、傷つけたことになるなら、
本当に、言葉は、難しいですね。以後、気をつけます。

私が、先のコメントで、書ききれなかったことがあるのですが、
私の真ん中の長男が、グレーゾーンのような気がするのです。
とにかく、幼児の頃から、育てにくくて、親子の相性って、あるよな・・・
って、ずっと、思っていました。私は、先に夫の方に気づいたのですが、
この長男に対する違和感、育てにくさって・・・
特に、今、気になる行動・言動・発達障害があるわけではないのですが、
夫と同じ「血」を感じるのです。
あえていえば、落ち着きがない・・・でも、多動というほどではないけど、
やっぱり、落ち着きがないのです・・・
先天的なものか、育て方のせいか、環境のせいか・・・
今、学校のカウセリングでも、相談しているのですが、
先生も、「とくに、表立っては、発達障害という点は、見受けられませんが、
ご希望でしたら、検査できますよ。」と、言われています。

でも、もし、結果が黒だったら、長男は、発達障害児になってしまう・・・
と怖くて、検査は、受けられずにいます。
そして、先生も「この先、思春期になって、本人も他人と違和感を感じるようになれば、
その時に、検査することもできるから、しばらく、様子を見ましょう」
と、経過観察状態なのです。

もし、結果が黒だったなら、私は、全力で、息子を守らなければなりません。
アスペを受け入れたくない、とか、言ってる場合ではなくなるのです。
そのときには、より、切実に、パンダさんのいう「定型とアスペのコミュニケーション」を
真剣に考えているかもしれません・・・


それと、書ききれなかったこと、もうひとつ。
パンダさんのおっしゃるように、夫は、アスペだから、暴力を振るうわけでは、ありません。
私が、夫を言葉で追い詰めたからです。
でも、私には、言葉で夫を責めるだけの正当な理由がありました。いつも・・・
でも、その責め方、罵り方が、彼を追い詰め、結果として暴力になってしまった、
ということは、今なら、理解できます。
夫の方から、自ら、暴力を振るう、ということは、決してありません。
私が、地雷を踏んだ結果の暴力です、と付け加えさせてください。


コメを読み返していて、フォローしなきゃ・・・と思ってたら、
また、こんなに、長文になってしまいました。

アドバイスいただきましたが、私は、いつも、夫やアスペのことばかり、
考え、思い悩んでいるわけではありません。
今は、娘の受験の方が、結構、気をもんでいたりします。

今夜から、また、寒くなりそうです。皆様も、ご自愛くださいね。

> alona さん

alonaさん自身が「私はこんなに大変だったのよ」と言いたかった訳ではないとおっしゃってるので、私がこんなこと言うのは、あまり適切じゃないかもしれませんが、私、生育家庭にDVがあったので、aloraさんのお話を聞かせていただいて、息が詰まるほど苦しくなりました。

私は、子どもの頃、出かけると、帰路、「母が父に殺されて、血を流して倒れているんじゃないだろうか」って、思いました。私はTVドラマなどで、ガラスが割れる音がすると、身体が硬直し、身がすくんでフリーズしてました。

自分が包丁を突きつけられたらどんなに怖ろしいだろう・・・。なのに、現在は暴力がない状態に、状況をコントロールされて・・・それは本当にすごいことです。

その「技能」を自習で学び取り、運営できてるのがすごいです。私は、初歩的翻訳すら出来ないでいるので、本当に尊敬します。

信田佐代子さんの本に、「この家庭は私が一芝居打ってるからもってるんだ!」と吐き捨てるように言ったクライアントの話が出てきます。

私には、その「一芝居打つ」精神的強さがない。そして、夫に対して心を許して、コミュニケーションの可能性を探って、捨て身で対するのは、底なしの共依存に引きずり込まれる危険に満ちたものだと感ずるので、そこからは逃げている。

どんなカップルもケース・バイ・ケース。このレスはalonaさんのお気持ちには沿わないものかもしれないけれど、でも、子どもの頃からずっと両親の間のDVで苦しんで来た人間として、ご自身の「技能」と「度量」でDVを解消してしまったその偉業に、心から敬服するということだけ伝えたくて、カキコミさせていただきました。

パンダさん、コメントスレお借りします。alonaさんへ。

> でも、もし、結果が黒だったら、長男は、発達障害児になってしまう・・・
> と怖くて、検査は、受けられずにいます。

うちは3歳で最初の検査を受けました。その後、療育所に通いましたので、そこのお友達やママ友らを見てきました。だから、その経験から話しますと……少しでも早くみつけてあげて、最善の介入をしてあげてほしいです。黒ないしグレーなら介入が一刻も早い方がいいです。白なら今後のやりとりが安心できるでしょう。学校の支援はちょっと、と感じるなら、支援センターに相談に行って信頼できる医療機関を紹介してもらって検査すればいいです。

児童相談所の心理士は高圧的でした。虐待で手一杯、そんな親ばかり相手にしてるからでしょうね。教育センターの心理士は良かったですが数が多いので当たり外れがありそうでした。医師と心理士のチームがしっかり組まれている医療機関は専門性が高くて一番安心できました。だから病院選びの段階が難しいのだろうと思いますけど。

> そして、先生も「この先、思春期になって、本人も他人と違和感を感じるようになれば、
>その時に、検査することもできるから、しばらく、様子を見ましょう」
>と、経過観察状態なのです。

これ、小学校の先生でしょう。病院の先生じゃないですよね。やっかいな問題は中学に先送りしようとしていないか、気をつけよう、と私なら考えます。

検査が黒っぽければ、すでに認知の枠組みが若干まわりの子らと違うということだから、その枠組みを持って学習を積み重ねていきます。ASの子らも9歳あたりで周囲の子らから一旦は目立たなくなります。(定型が5歳あたりで完了することです)。でもそれは溶け込んだということではないようです。独特の認知戦略で周囲から浮き上がらない『自分なりの』やり方を学ぶようです。それが、後々どういうことになる可能性が大きいのか、もうおわかりと思います。思春期で暴発するか、就職で暴発するか、配偶者との間で暴発するか、子と対面して暴発するか、、、それぞれ、その子の人生ドラマなんですけど、要らぬ苦労はしないで済むようにしてあげたいのが親心ですよね。この分野、まだ医者選びも難しい現状なので、介入が成功する(何をもって成功か?)保障はありませんが、うちの子は、療育で発達を促すことでかなり落ち着いてきました。自傷や噛み付きもあったんですよ。「放っておいても良かったんだ、その子の個性だから」という意見もありますが、私はこの子の父として、早期療育の機会を与えずにいられませんでした。

その子が言葉がうまく出るようになってから語ってくれたことは、(混沌の世界…修羅場でしたからね…にいた、そこからお父さんがみつけ出してくれた)という意味のことでした。(私の勝手な解釈)。泣けるでしょ。

子供が落ち着いてきたのと同期して家の中も少しずつ落ち着いてきました。私が自閉さんの特性を医療機関や療育所で学んできたことも一因だと思います。

Joさん、アドバイス、ありがとうございます。

グレーゾーンの子供の具体的な介入、というのは、内容は、わかりませんが、
とりあえずの介入は、進めております。
それは、白か黒か、はっきりしなくても、できることです。

まず、担任の先生に、(夫とはいえないので)「身内(いとこ)に発達障害の可能性が
ある子がいて、思ったのですが、うちの長男も、そうじゃないかと思うんです。
アスペルガー症候群じゃないか、と思うのです。」
と相談しました。
そしたら、その担任の先生が、びっくりしたことに、
「うちの息子もアスペルガー(診断済み)です。」
とおっしゃるのです。もう、びっくりして、とにかく、学校生活は、
担任にお任せすることにしました。

そして、校区担当の臨床心理士の学校カウンセラーを紹介してくださって、
その先生と、定期的に、カウンセリングしていただいてます。
「思春期になってから検査しても・・・」とおっしゃったのは、こちらの先生です。

その先生に具体的に指導いただいたのは、私は、とにかく、命令形・否定形の口調が
多いので、まず、そこを改善すること。肯定形で、話すことを指導されました。

具体的には、「早くしなさい」「勉強しなさい」「ゲームやめなさい」「兄弟ケンカやめなさい」
「どうして、こんな点しかとれないの」「どうして、宿題しないの」・・・
とにかく、命令形・否定形ばかりで、話していました。

これを「あと何分したら、勉強するの?」「あと10分で、ゲーム終わりだよ」
「数学は、いい点取れてるから、国語もがんばろうね」
「兄弟でけんかしたら、ママは、悲しい」
っていう感じです。
この内容は、井戸端掲示板か、どこかのホームページでも、見た記憶がありました。

とにかく、長男に対して、頭ごなし怒ってばかりで、すっかり、私に心を閉ざしているのが、
自分でも、わかっていたので、変えるように、努力しました。

といっても、急にがらりと、変わるわけもなく、「肯定形」という言葉を意識しながら、
命令形・否定形を減らす・・・努力の最中というところです・・・

でも、これは、定型の子供にも、そして、夫にもいいことなんです。
だれだって、命令形・否定形で言われるのは、気分よくないですよね。

でも、本当に、自分が変われば、周りが変わる、じゃないけど、
確かに、夫も、長男も、家庭の雰囲気も、変わってきた気がします。
特に、学校での出来事なんて、何一つ、話したことなかった長男が、
ぽつぽつと、学校での話をするようになったのです。
担任の先生も、長男に気を配ってくださっているのだと思います。

今は、本当に、いい感じの空気になってきました。

なので、今は、白黒はっきりさせるのは、もう少し、先延ばしにしようかな?
と思っています。


ksさん
尊敬とか、心から敬服とか、言ってくださって、本当にうれしいです。
ありがとうございます。
私は、ただ溺れかかった海で、必死にもがいて、ここまで、きた、
というただ、それだけの気持ちですが、そんな風に表現してくださって、
また、元気がでてきました。
ksさんこそ、井戸端掲示板と並行して、いつも、拝見しています。
お互い、納得のいく結果を目指して、頑張りましょう。


パンダさん、みなさま、
私のかつての修羅場体験をお話しすることによって、フラッシュバックや、
言葉が出ない、何と言えばいいのか・・・等々、
本当に、皆様のお心を傷つけたり、傷をえぐる、というか、かさぶたをはがす、
というか、申し訳なく思っています。

でも、そんな私でも、今は、普通の生活を送れるようになったのです。
定型と非定型のコミュニケーションは、確かに、そんなに簡単なことでは
ありませんが、それでも、家族に非定型がいる身として、常に
考えていきたい問題です。

これからも、よろしくお願いいたします。


alonaさん、朝一番にalonaさんのコメントを確認して、それから出かけました。

なんと言うか・・・alonaさんの本音中の本音を拝読して、初めはそれこそ「わっ」と思いましたが、実は・・・本音の本音を言うと、私も、今の状況に至るまでには、繰り返し心の中でいろんなことを思っていましたし、直接夫に対しても、ずいぶん酷い言葉を投げつけました。渦中にあったときの夫の言葉・私の言葉は、お互いに人間として最低と思うくらい、あまりにも酷いもので、とてもここに書くことができないほどのものです。

代々続いてきている家庭内での人間関係、子どもたちに対する思い・・・パンダさんや皆さんのコメントを読みながら、今でも自分が抱えているものと多くの部分で重なり(ずいぶん軽くはなってきているのですが)、「うーん・・・」と唸ったりもしています。

ひと言ではまとまめられない混沌とした気持ちですが、時々、昔の傷をあえてむき出しの状態にしてみては、その傷の痛み具合を試してみたりもしています。今回のalonaさんのことを発端にする、皆さんのお話で、自分の傷の具合も確かめてみて、「これは大丈夫」「これはまだチョット」とか、いろんな確認をすることもできました。

そして、いろんなものを抱えた上で、やっぱり今、私は私にできることを少しずつでも、と思うしかありません。というか、少しずつでもしようと思っています。

なんだかまとまりのないコメントになってしまった上に、最後にこんな単純なコメントにしてしまっていいのかどうか、わかりませんが、alonaさんが、今日コメント入れてくださっていたこと、とても嬉しかったです。ありがとうございました。

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