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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年2月10日 (木)

アスペのパートナーを選ぶ理由

 ksさんがメールのやりとりをされているという、アストンさんという方がイギリスにいて、彼女はアスペカップルについてのカウンセリングや研究をされているようなんですが、「恋するアスペルガー:カップルの関係と家庭問題」という本を出されています。最近少しずつ読みはじめているんですが、アスペルガーの(主に)男性がどんな女性に魅力を感じるのかについて、以下のようなまとめがありました。

 1.アスペの男性がある女性に惹かれるのは、その女性が彼に魅力を感じているからということがよくある。
 2.アスペルガーの人は男女にかかわらず、相手の性的な魅力より、身体的魅力によってパートナーを選ぶことが多い。
 3.その身体的な選択理由として最も注目され、好まれることが多いのは定型のパートナーの髪や目である。
 4.香りや特定の布地に対して敏感なアスペの男性もいる。
 5.アスペの男性が持っている好き嫌いの基準はとても固い。
 6.アスペの男性は最初は新しいパートナーを気分良く幸せにするために、自分ができることは何でもしたりすることがある。
 7.関係が続いた後、しばしばカップルのどちらもが「すべては誤解だった」という思いにとらわれる。
 8.アスペの男性も女性も、そのパートナーに惹かれて選んだ理由の説明の仕方がとても似ている。

 基本的にはこれらは「定型を基準」にして見たときに、定型のアストンさんからはアスペの男性のことはそう見える、ということでしょうから、これを読んでアスペルガーの皆さんがどの程度自分にぴったりだと感じられるのかは私にはわかりません。逆にアスペルガーの人から見て、定型のパートナーは自分の何に惹かれたと思うのかはちょっとお尋ねしてみたい気がします。

 ということで、kemeさんがコメントしてくださったことにも関係してくる話題になると思うし、カレンさんがコメントで問題にされていることにもつらなると思うのですが、定型の側が相手の人をパートナーに選んだ理由にアスペルガーの人の特徴が関係する、ということがあるんだろうか?ということがちょっと気になり始めました。

 私には一般論は当然無理なので、自分の経験を手がかりに考えるよりないのですが(考えてみればそれは実にお恥ずかしいことですけれど、そこが匿名ブログの恐ろしいところで (^ ^;))、今考えれば、私の場合にはやっぱりとても深い関係があると思えます。というのは、自分の母親とある面で正反対のタイプの人を選び、そしてその「正反対さ」にアスペルガーという「個性」が深くかかわっているように思えるからです。

 私の母親という人は、ある意味で強烈に私に対する愛に満ちた人で、もう物心つく頃には、まるで大人に話しかけるように真剣に私にいろんなことを語りかけてきました。自分の悩みだの、考えだの、およそ子どもの話題でないようなことです(今になって母親が小さいこどもにそんな話を聞かせてしまって申し訳なかったと言っていますが (^ ^;) )。そして逆に私がその時々でつまずいた問題にも、ある意味全身全霊で向き合い、一緒に考えてくれたり、というか自分の思いをがんがんぶつけてきてくれた(?)わけです。

 こちらはまだ純真な子パンダのころなわけですから、今のようにパンダ性(人間性)もひねくれていませんし、そういう母親の必死の訴えはまともに受け止め、理解しようとするわけです。そして母親の言うことは正しいと信じ、外ではそういう信念を持ちながら生きてきたわけです。ただ、常に周囲との違和感には悩みましたけれど、でもそれは「周囲が間違っているからだ」という理解で合理化され、母親の強烈な「愛の支え」で前進し続けたわけです。

 けれども、やっぱり自分は母親とは全くタイプの違う人間なので、潜在的にはそういう関係にだんだん耐えきれなくなり、潰されそうになっていったわけです。で、当時は全く自覚はしませんでしたが、早い内から家庭を離れて自活する方向に進んでいきました。今思えば、もうそうしなければ自分がどうなっていたかわかりません。

 私のパートナーはそれとは全く正反対のタイプだったわけです。私の内面にぐいぐいと入り込んでくることはない。それは私にとってはとても居心地が良く、自分が自分でいられるほっとする空間を作ってくれることでもありました。「さらっとした感じ」というと伝わるでしょうか。それがなんとも言えずに惹かれるところだったわけです。

 それがアスペルガーという「個性」に深く関係していると言うことは、当時は想像もしませんでした。そしてその「居心地の良さ」がそのコインの裏側にどんな孤独感やつながりへの渇望をもたらすものであるのか、ということをその後にだんだんと思い知ることになります。

 その後の長いパートナーとの葛藤を(なんかとてもぴったりする感じのjoさん風表現をお借りすれば「膠着状態」、しかもなすすべもなく悪化するばかりの「膠着状態」を)経て、自己崩壊と言えるような状態を経験し、その後一定の時を経て、今改めて上に書いたようなことが自分の気持ちの中で意味を持ってきています。やっぱりあれは一種の必然だったんだなと思えるんです。そうやって私は母親との関係とバランスをとろうとしたのだと思います。

 もちろん(?)そういう母親とパートナーの関係は非常に厳しいものになります。その板挟みの中でまずは「膠着状態」のパートナーとの関係をなんとか優先して維持しようとしたことは以前にも書かせていただきましたが、今思い返してみれば、ほんとに難しい状況にあったわけです。

 で、そういう私の経験というのは、どうも私だけに特殊というふうにも言えない気がしてきています。それは上に書いたようにkemeさんも親子関係の影響について書かれていますし、そのほかにもそういう問題について述べられている方の文章を読んだことがあります。

 もちろん定型同士のカップルでも、その親子関係というのはパートナー選択にすごく大きな影響力を持っていることは言うまでもないでしょう。典型的なことで言えば親と似た人を選んだり、逆に正反対のタイプを選んだり。そういえば比較的最近の研究で、女性が好む男性の体臭は、自分の父親のそれからとはできるだけ遠く離れたものである、ということ、逆に言えば父親の体臭は最も嫌われるにおいである、というのがありました。そんなレベルでも大きな影響力を持つわけです。

 ですから、アスペルガーという、言ってみれば定型の物差しで言えば強烈な個性を持った人に惹かれる、ということは、親との関係も結構強烈であった場合がそれなりにあると考えても、まあ不思議はないかなと思えます。

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コメント

昨日のテーマについての皆さんのコメントと今日のパンダさんのブログを、断続的に繰り返し読んでは、いろいろと考えていました。

皆さん(私も含めて)が抱えてきた共通のもの、個別の関係性の中での個別の困難・葛藤・しんどさ・・・あらためて、とても考え込んでしまい、久々に、すぐには言葉が出てこないという状態を経験しました。 

うまく言えませんが、それぞれの家庭の中でしか問題を、ほんとに、少しずつ少しずつでも外にわかる形で提議していくとともに、それをいろいろな機関や組織でも吸い上げてもらうことが必要だなぁ、痛切にと感じています。

ところで、今日のテーマについてですが、

パンダさんのおっしゃること、たぶん、そのまま、自分のこととしてわかります。夫と結婚したことは、今の段階に至っては、私にとって必然だったと確信しています。

夫との関係の中でいろいろあって、職も失い、家事をする体力も失い、何度も入院をして、その入院によってさらに体力・気力を失い、何もできない状態で寝ていることしかできなくなった・・・そんな時期に、それこそ、joさんが言われるように、まさに手足をもがれたような状態になった時期に、

私は「今ここに、何もできない状態で存在している私はいったい何なのか」を自分に問い続けました。

途中経過は長くなるので省きますが、そのように、「何もできなくなった自分」を長いこと経験して、その後初めて見つけることができたのが、「自分自身の中にある自分の居場所」でした。

もし夫と出会っていなければ、もし夫と結婚していなければ、もし夫との修羅場を経験しなければ、今の「自分の中に居場所を見つけた自分」は、存在していませんでした。

自分の中に居場所を見つけることで、「過去に残してきた、取り返しがつかないと思ってきていたもの」とも次々と対峙することができるようになり、「どこで何をしていても自分は自分」という心のコアのようなものができ、

「自分」ができたから、以前とは違う形で夫と向き合うこともできてるようになり、そして今に至った・・・そんなところです。

ここの皆さんの大部分は、勝手な推測ですが、たぶん私よりもずいぶんお若いのではないかと思います。それを考えると、皆さんの方が、同年齢のときの私と比べると、すでにはるかに先を行かれているのではないかと思います。

昨日も書きましたが、出会ったそのときの状況や条件下に、これからの方向性を考える上でのヒントがあり、そして、それぞれの配偶者との生活が自分にとってどんな意味があるのかを考える上でのヒントになるような気がします。

そして、今日の最後に、

いろんなことを考えようと思ったら、逆説的なようですが、考えることをちょっとやめて、自分にとって楽しいと思える時間(自己肯定感を持てる時間)を作る、できれば、その時間を増やす、物理的に無理なら心の中だけでも増やす・・・を、だまされたと思って、とにかく実践されることを強くお勧めします。

では、細々ながらの仕事に戻ります。(joさんへ:仕事、今でも細々ですが、4年前に始めたときは、「1週間に1度、1時間半」でした。それ以後は、入院先からでも仕事に通って死守し、なんとか続けることで、それなりのペースで軌道に乗ってきています。)

今晩から明日にかけて気圧が下がるので、調子がよくありませんけど。※今回の調子の悪さは、自閉さんよりは線維筋痛症さんの症状の影響です。

今回は長くなるので、携帯で読む人は最後まで読めない可能性があります。PCで読んだ方がよろしいのかもしれません。

>カレンさん

私もカレンさんと同じく(言い方は違うかもしれませんが、あえて『同じく』にしました)、自分たちのできる範囲で家庭とパートナー問題を外に発信していき、発信の数が多いと色々な機関などがくみ上げていくことがあります。

ここに来ている皆さんにも言えることだと思いますが、「自分の家庭のことを他人には知られたくない、言っても誰もわかってもらえないと言って黙っていたら『私たちパートナーは何かしらのサポートが必要ない人』だとスルーされてしまう」と言うことです。

最初は小さいかもしれないが、パートナーにもサポートがいるんです、必要です!と何らかの形で声を上げていかないといつまでたっても必要なサポートは一切来ませんから。

今年は、色々な場所で、パートナーにもサポート(支援)は必要です!と発信していきます。自分とこのセミナー(第4回発達障害エンパワーメントセミナー)で自閉さんの婚活(結婚維持活動)がテーマで、自閉症スペクトラム学会で発表を企んだり、12月のATACでも08年に発表しそこなかった(私が体調不良で発表できず、だにぃさんに発表のピンチヒッターをお願いさせた)自閉さん流結婚生活をはじめとする発表(発信できる)ところがどこでも行く予定です。

長い前置きですみません。本題へ入ります。

私たち夫婦は共に自閉さんと診断済です。

だにぃさんは出会ったときから他の人が持っていない物を持っていました。2002年に出会っていますが、今で言う草食男子、スイーツ男子(パフェ男子)、オトメンで、当時は物珍しい存在でした。

どこへ行ってもいただきます、ごちそうさまを言って、店の人にありがとうございましたと言ってお辞儀をする人でした。その姿に今時そう言う人はいないので私が感動したと言うことです。

お互い、鉄趣味(別名:鉄オタ、テッチャン、鉄子)繋がりもあります。

だにぃさん、この男はすごい芸当を持っているなと本能的なにおいを感じたことがありました。

だにぃさんが自閉さんと診断されてから翌日に講演デビューし、1週間以内に自分でレジュメ原稿を作成して私の助けを借りずに堂々お話したと言う離れ業を披露しています。※簡単に書くと、だにぃさんの講演デビューは、当時私の体調がよくなくて、1人では移動できない状態で、最初は嫁のトラベルサポーターだけの予定だったが、私がだにぃさんも診断されましたと言ったら先方から出てくださいと言われて講演デビューとなりました。

すごい芸当じゃなぁ~と思ったのが、発達障害者の可能性を信じてそのために動きたいと堂々と言っていることです。

私たち夫婦はある意味特殊な部分があるかと思います。お互い、他の人だったらカップルと言うタッグは絶対組めない。自閉さんの世界だから組めた部分もあったのかもしれない。周りから見たら『キミたち夫婦は変わっている』と言われています。

夫に私のどこが気に入っているのかを尋ねると、必ず「あまからすっぱ、いたしかゆし」と呪文のような言葉を唱えます。
まともな時は「自分の世界を持っているところ」「まっすぐなところ」が付け加わります。

一緒に住むようになって、私が鬱になって病院へ行ったり、フラッシュバックで頭を抱えて泣き叫んだり、パニックになって部屋中のものを撒き散らしたり、仕事のストレスで毎日何時間も相槌を打たせずに話し続けたり、動けなくて眠り続けたり…。
私の沢山の異常な姿を見ているのに「彼」は「彼」として私の傍らに居続けてくれ、私の共依存的な保護者にはなりませんでした。
その彼の姿勢が、私が彼と「結婚」してでも、共に居続けたいと思った理由です。

私にとっては「結婚」「家庭」はトラウマそのものでした。それらにまつわる事ごとが、私にとって地雷原であることは早くから自覚しており、ずっと独身を通すつもりでいました。
それを彼に告げた上での交際でしたが、それでも彼は「結婚」を口にし、数年間、一緒に住んだ上で、それでも「結婚」の意志を変えませんでした。

二人で向かい合ったまま、明け方まで延々と食い違う話をし続け、取り乱し、彼も鬱になりかけ、そうして、二人で地雷原を歩きました。「二人で、歩いているんだよ」と彼が繰り返し言ってくれたことで、私にも少しずつその意識が出来ています。

その後、落ち着いた時間が増えて来たとは言え、今でも上記のことを言う夫を、私はかけがえのない人だと思っています。

最近になって思うのですが、私は、本当は家庭が欲しかったのだと思います。
けれど、私の知る「家庭」は最終的に命の危険まで追い詰められた、絶望の場でした。

私が最初に彼に惹かれたのは、お酒の席で、鍋を取り分けてくれた時でした。子供みたいな話ですが、彼はにこにこしながら私が食べるのを見ていました。それは今でも変わりません。
「野生動物に近付くようだった」と彼は言います。そして「それがしたかったんだから、仕方がない」とも。

すみません、うまく纏まりません。

余談ですが、私は彼のおでこが好きです。おでこフェチなので。


Rosamondeさん

タッグを組むという表現、素敵だなと思いました。

お大事になさって下さい。

〉Rosamondeさん、カレンさん

私も、当事者、家族の支援を、強く願っています。診断や定義も難しいところですが…本当に、いつも願っています。

何処へ行っても、話は聞いてくれるのだけど、時間が来て、それで終わり。
私は、辛さに耐えきれず、「○○に支援を!」みたいな旗を持って、座り込み(笑)しようかとか、知り合いの大きな会社などに頼んで、署名を集めたりしようか、とか…真面目に考えた時も本当にあります。

何故なら、この手の辛さや苦しみは、生きる希望も、働く意欲も、容赦なく、奪っていくものだからです。

辛さは、当事者、家族、どちらもです。

Rosamondeさんは、執筆や活動をなされているんですね!ご夫婦で、素晴らしいです。体調第一で…ご活躍を期待しています!
そして、カレンさんは…お仕事で、関わっておられるんですよね!素晴らしいです。カレンさんも、いつも応援しています!

でも、一般の私達に出来る事って、具体的に、どういう事なんでしょうか?
どんな事から、初めていけばいいのでしょうか?
どこに訴えていけばいいのでしょうか?
それすら、わかりません(泣)
一人、頭で考えてても、やっぱりだめですね…
皆さんが、何か動くときは、片隅でも構わないので、私も是非、仲間に入れてください。

パンダさん、
パンダさんとお母さんとのことを話して下さって、ありがとうございます。

主人は、たまに、私にとって、とても不思議な感じがする言葉を言うことがあります。

私が、主人に「もう、結婚生活を続けるのはつらすぎる」と伝えた時、
 「・・・別れたくない。おまえだって、自分でこういうオレと結婚するって決めたんだから、 ちゃんと、責任とらなあかんやろ」
(こういう変わった人間でもいいと思って引き受けたんだから見捨てたらあかんってこと??)

「おまえも、他のみんなと同じやったんや」苦しそうな悲しそうな顔で・・・
(こんだけ人を苦しめておいても、私だけは永遠に味方だとおもっているの??)

私「私のどこがよくて結婚したの?」
夫「???」(いつも答えられない)「そんな風に考えたことない」

”自分を受け入れてくれたから”
”自分を好きになってくれたから” らしい

私とって、好きになってくれた理由は、二人の関係の励みになる大切な所。
だけど、主人にとっては、あまり重要でないと考えている所。
ここでまた、傷つきます。『あなたを好きになってくれる人なら、私でなくてもよかったじゃない。』

そして、私が主人を好きになった理由は、
そうです。いびつな〈?〉親子関係から生み出されてきた私の不安〈人の目を気にしてびくびく生きてきた〉を、この人の、人の目など気にせず、自分のやりたいことをやる、という、強さ伸びやかさが、消してくれると思ったからです。
そういう意味で、 責任とらなあかん のでしょうか。〈泣〉

好きになったこの個性。今は、その個性で傷ついた自分を救うためにその個性を必死で理解しようとしている。なんだか、自分勝手なことです。

私が思うのは、主人はたぶん、出会ったときのまんまの主人だろうと。
私は主人の個性であるあの性格で、実際あの不安は癒されたと思います。
そして、癒されたからこそ、その個性が目障りになって、感じられたり、その個性で生じる社会との摩擦・トラブルばかりに目が行っていやになってしまう、許せなくなってしまう、のではないかと。

私はきっと、もう一度はじめて出会った時に戻っても、あの時の自分なら、他の誰でもなく主人に惹かれると思います。
そこの所が、こんなに苦しくても、あと一歩主人との別れを踏み止まってる想いかもしれません。

みなさん(ひとまとめですいません m(_ _)m)

 なんか、すごい!
 なんとも、すごい!
 すごい中味はいろいろだけど、とにかくすごい!

 という、実に素朴な感想で失礼いたしました m(_ _)m

Rosamondeさん

 繊維筋痛症って、ググってみたんですが、痛そうですね!
 なんか私痛いの苦手で、今も歯の治療で腫れてるんですが、それだけでも嫌になるし。
 それが全身とかいうことなんですよね。
 もう、それ聞いただけで、尊敬してしまいます。

 鉄趣味っていう言い方あるの知りませんでした。
 鉄瓶とか、鉄棒とか、そういうの集めるのが趣味なんかと勘違いしまして
 さすがRosamondeさん夫婦、ようやるわ!と感動してました (^ ^;)ゞ


 ということで、とにかくみなさんすごい。感動ものです!

う~ん。隣の芝生なのかもしれないし、努力せずに人が努力で勝ち取ったものをうらやましがっているような気もしますが、みなさんのことがうらやましい。パンダさん、カレンさん、Rosamondoさん、みみさん、Kemeさん、それぞれ、オリジナルな何か(陳腐なことばで言うと絆?)があるように感じます。とくに、繭さんはとても愛されているのが伝わってきました。そして、それはやっぱり繭さんがその愛に値する存在だからですよね。

Kemeさんの夫さんと同じようなことを私の夫も言ってました。「責任」とか。
あと、自分もチロも普通の人だから普通の結婚がしたかった、とも。
前に書いた、私のボランティア活動をするなど他人のために何かしようとする部分を「自分とは違うタイプ」と言っていたこととあわせて、「結局、自分の世話をしてくれる人なら誰でもよかったのか…」とガックリしました。

でも、私も結婚をギャンブルに例えたりして、崇高な気持ちがあったとはとても言えないんですよね。共稼ぎで給料も夫とあまり変わらないので、生活のための妥協ではないのですが、いっしょにいて楽しいという気持ちもなくて、私の結婚はなんだっのでしょう?
(ちなみに、生活のために結婚することは否定しません。て、いうか、昔から結婚ってほとんどそうですよね。恋愛結婚じゃなくても、縁あった中で関係をはぐくんでいけば、それは立派な夫婦の関係だと思います。)

そういう夫に対しても自分に対しても無責任な結婚をしたことが苦しみの発端であり、すべては自己責任なのだと思い詰めた時期もありましたが、今は「誰にでも、結婚という重大な決断においてさえも間違いはあるのだ」と開き直ってます。

でも、このブログとか他のところで、アスぺとの関係を真摯に考えている定型当事者、それに協力するアスぺ当事者、行動を起こす人、いろんな人の考えや思いを知って、最初の動機はどうであれ、この結婚は私にとって新しいステージ(?)への入り口であったのだなぁと思い始めてます。

あと、パンダさんが記事の中で紹介してくれた相手に魅せられる条件は、あまり当てはまりませんでした。外国だからでしょうか?

Rosamondeさんへ

Rosamondeさんから直接声をかけていただいたのは、たぶん2回目ではないかと思います。1度目は、2年前に掲示板に初めて投稿した頃、個人のメールアドレスを入れていたので、それを見て「共感を覚えました」というメールをくださった・・・メールの時の別のお名前とRosamondeさんがつながるまでに時間がかかり、途中失礼していたかもしれません。また、もし人違いなら、ごめんなさい。

Rosamondeさんのご活躍、以前から、その真摯で一生懸命な姿勢に敬意を持っていました。体調が思うにまかせない中、できることをひとつひとつ、されていること、とても素晴らしいと思います。

こちらは、まだ、このことに関しては私ひとりが動いている状況ではありますが(夫はフル勤務の仕事もありますし)、「今ここで、このひとりに」「今、この組織の中で、このひとりに」という気持ちで、少しずつ少しずつ、風を送り始めています。

ひとりひとりに送った風は、その人から他の人に渡って行くこともありますし、その人の立場によっては、その人から他の人たちに、一度に大きな風となって吹いて行くこともあります。

とても地道なことですが、「今自分にできることを少しずつ継続して」やって行きますね。
Rosamonde さん、どうかくれぐれも体調には留意なさってくださいね。

>繭さん

繭さんのお宅の光景、私の娘に見せたくなりました。理由は長くなるので、ここでは触れませんが、繭さんとご主人のお姿を思い浮かべて、心がとても温かくなりました。繭さんもご主人も、とても素敵です。

>みみさん

私は、仕事としてやっていることの中で、偶然、発達障害のある子どもたちとの出会いがあったのですが、発達障害関係そのもの方は、今の段階ではまだ「仕事」とは認められていないので、実質ボランティアの形で活動しています。

ここに来られている方々にとっては当然となっているような知識も、一般の社会の中では、まだ、とても認知度が低いので、日々、大きな岩か山を、うんうん押しながら動かしているような気持ちでやっています。

アスペルガーの「ア」から、ひとつずつ説明したり、当事者や周りの方とのコミュニケーションのお手伝いに入るのは、なかなか根気のいる作業ですが、「千里の道も一歩から」「大会の一滴」「継続は力」と、自分を励ましながら、、自分にできることをしています。

みみさんもブログを始められているし、何か発信されているうちに、それを誰かが受け止めて、またそれを誰かに、という連鎖もできるのではないでしょうか。

日常生活の中でも、話ができそうな相手であれば、「ADHD」とか「アスペルガー」という言葉を、何かのきっかけがあれば発信してみるだけでもいいかもしれません。言葉も概念も知らない人がとても多いので、まずは「それって何?」と興味を持ってもらう・・・そんなことからでも始められると思います。

他にも、発達障害のようなもの(?)のあるお子さんをお持ちの方がいらっしゃれば、「学校に特別支援教育を求めてみたら?」というようなアドバイスをすることもできるかもしれません。もし、仮にその方が学校に特別支援を求めれば、学校の支援体制もできていくかもしれません。

支援の対象は、子どもからでも、大人からでも、家族からでも、関係者からでも、どこからでもよいと思っています。誰かひとり、どこかひとつの組織が変われば、そのどこかから、少しずつでも変化を起こせるのではないかと考えています。

みみさん、あまり大きなことから考えなくてもよいと思うので、まずは、身近な、自分にできることを、お互いに考えていきましょう!

>kemeさん

初めまして。

>私「私のどこがよくて結婚したの?」
  夫「???」(いつも答えられない)「そんな風に考えたことない」

いつだったか、数年前には、うちの夫も全く同じこと言ってましたよ(本人は覚えていないかもしれませんが・・・笑)


>自分を受け入れてくれたから”
”自分を好きになってくれたから” 

これ、アストン博士の研究対象になった男性のほとんどが答えてるようです。相手が
「自分のことを好きだと思っていると、思ったから」というのは、必須みたいですよ(笑)

自分たちのことに当てはめると、ちょっとガックリというのもありましたが、ま、夫をずっと好きでいられる・夫といる自分に肯定感を持てるように努力している、というのは、私自身にとっても夫にとっても、誰にとってもいいことかな、と今は思っています。

書き終えたら、チロさんのコメントが上に(笑)
チロさん、直接には初めまして。

kemeさんに対しても書きましたが、うちでも同じような夫の名台詞、たくさんありますよ。
チロやkemeさんの、ガックリの気持ちは、私もわりと最近通ってきた道です。

たぶん、私の方が年上なので(こればかり言っていますが)、そのようなことに、もうガックリこなくなってしまっているのかもしれません(苦笑)

いろんな体験・いろんな思い・いろんな感情・・・ひとことでは言えませんが、それらのものを、自分でどういう方向に使って行きたいか・・・私もこれからまた考えていきます。

明日は午前中から出かけるので、今日はこれで失礼します。おやすみなさい。

>みみさん

私は自分でできる範囲内でやるのがいいと思っています。

ここから先はみみさん以外にもここに書き込んでいる皆さんへの呼びかけになるのですが、NHKの福祉ネットワークで3月28日~31日に大人の発達障害が放送されます。今、(大人の発達障害に関わる)当事者たちの投稿を募集しています。

「大人の発達障害」質問・ご意見募集中です。

私は書こうとしているのだが、先延ばし状態で遅くとも大学スクーリングまでにはハートネットボイスに書く予定です。

自分たちの思い(意見)を書くのをできる範囲の1つかと思います。

ハートネットボイスのURLを載せておきます。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/voice/

と言うことで。

「恋するアスペルガー」を和訳した本はあるのでしょうか?

それと、私のブログの2014/08/29の記事に
うちの夫婦の場合を書きました。
興味がありましたら、ご覧下さい。

みみりんさん

 和訳があるかどうか,アマゾンで「アストン」で検索してみましたが
 なさそうですね。今どなたかが翻訳中とかはあるかもしれませんが。

 ブログも拝見しました。
 みみりんさんとパートナーさんとの関係には
 ほんとに「定型がアスぺのパートナーに感じられること」もあったり,
 逆にみみりんさんの感じ方の方が「定型から見てアスぺ的」であったり,
 その両方を感じるのでとっても不思議な感覚があります。
 まだ私が考えられていない大事な問題が
 そこにはいろいろあるんだろうなと思います。

ぱんださん

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みみりんさん

もし 今 見ていらっしゃったら、
ご質問の本が、来月(5月)中旬に発売予定だそうです。
(きのう AS配偶者の自助会の主催する講演会に行って知りました。)
邦題は「アスペルがーと愛 ASのパートナーと幸せに生きていくために」になったようです。

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