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アスペルガーと定型を共に生きる

  • 東山伸夫・カレン・斎藤パンダ: アスペルガーと定型を共に生きる

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2011年2月12日 (土)

一息

 昨年12月末から、自分のリハビリのためにと始めたこのブログも、気がついてみると記事の数はもう54になります。特に1月3日からは一日の休みもなく、多い時には日に6件の記事をアップして今日まで来ました。みなさんからいただいたコメント、みなさんの間でやりとりされたコメントも250件を越えるまでになっています。カウンターももう7000を越えてしまいました。
 
 みなさんからいただいたコメント、そこに寄せられた貴重な皆さんの体験を鏡としながら、自分自身のこれまでを振り返り、またずっともやもや抱え続けてきた考えを、少しずつ書きながら整理させていただいてきました。そこで私が大切にしてきたことは、「アスペルガー問題評論集」を作ることではなく、自らが当事者の一人として、自らの経験と自らの悩みにリンクさせながら、アスペと定型のコミュニケーションの可能性を模索することでした。

 ただし、ただ自分の思いを書き連ねることは避けました。私の経験は、沢山の皆さんの壮絶で貴重な経験の中のほんの一つに過ぎません。その小さな私の経験の中に、何か意味があるとすれば、それは少しでも多くの皆さんの経験とリンクし、その中で多くの場合に共通するもの、逆に私の経験に個性的なものを見いだしていくことでしょう。そうやって多くの皆さんの経験をつなげながら、一人のひとつの視点からみた「アスペと定型」ではなく、多様でふくらみのある、ゆたかな多彩な視点から「アスペと定型」像を探っていくことを心がけてきました。

 私一人の小さな体験は、そのような多くの方達の貴重な体験の中で、始めてその豊かな意味を見いだせてくるものだと思っていましたし、そして今、それは間違いではなかったことを実感しています。

 多彩な視点ということを大切にする思いにとって、本当に得難い財産となったのは、やはりアスペルガー当事者の方が対話に加わって下さったことだと感じています。定型の人間の目からは、どうしても自分の常識に合わない、自分の正義に合わない、そういうアスペの方の姿ばかりが見えてきてしまいます。そしてそれに苦しみ、精神も身体もぼろぼろになり、社会的立場や、経済的な力、時には生命を失うまでの事態に至る。

 定型の人間からは自分が被害者である、という像しかなかなか見えてきません。それは決しておかしいことでも、悪いことでもなく、ただ、人間というのは、どうしても自分の視点からしかものを見ることができないという、そういう運命を背負っているからに過ぎないと、私は思っています。それは私が私である、あるいは私が私でしかないという、決して乗り越えられない絶対的な限界なのです。

 けれども、実を言うと人間は、そしてほぼ人間のみが、その限界を超える方法を生み出し、その力を縦横無尽に使うことによって、ここまで複雑な社会を作ってきました。それこそがコミュニケーションの力です。コミュニケーションというのは、別に口先で相手にお追従を言ったり、表面的に仲良い関係を装うというような、表面的な作業ではありません。それは人との間に大切な思いをやりとりすることであり、また大切な物をやりとりすることでもあります。だから、物の売り買いといった経済活動だって、それは大事なコミュニケーションの一部であり、だからこそ、経済活動はコミュニケ^-ションを豊かに発展させられる人間だけに可能なことなのです。

 人間にとって生きると言うことは、精神的なことも、物的なことも、つまりコミュニケーションをし続けることといっても言いすぎではないように思います。だからこそ、そのコミュニケーションが行き詰まる状況に出会って、私たちは頭を抱え込むのですし、自分自身が崩壊してしまうような危機に陥るのです。

 そういう行き詰まったコミュニケーションを乗り越える力はどこから来るのでしょうか?いやそれ以前に、なぜコミュニケーションは行き詰まるのでしょうか。それは簡単です。お互いの常識がお互いに通用しないからです。お互いのルールが、お互いの思いやりが、お互いの願いが、相手に通じないからです。ではなぜそれが通じないのでしょうか。これも簡単です。上に書いたように、「私は私の見方でしかものを見ることができない」からです。

 ではその限界を私たちはどうやったら乗り越えられるのでしょうか?

 そのことを考えるとき、私たちは再びコミュニケーションということに戻ってくることになります。行き詰まったコミュニケーションを乗り越える力は、やはりコミュニケーションなのです。

 もちろん、行き詰まったままのコミュニケーションのやりかたを、そのまま繰り返していても、どこにも解決は生み出されません。自分の常識にしがみつき、自分のやりかたを押し通し、自分の価値判断だけで相手を断罪する。そういうことを続けている限り、問題は解決するどころか、むしろ現在の自分をさらに凝り固まらせ、小さな枠の中に押し込め、身動きできない状況に陥るだけです。

 自分のやりかたを放棄して相手に合わせ、相手に従うことで、一見問題が解決されるように感じられることもあります。逆に相手を自分に従わせても同じことです。けれどもそのような関係の持続は、オリのように相手への恨みや憎しみを積み重ねていくことでしょう。問題は解決したのではなく、さらに深刻の度合いを深めつつ、ただ持ち越されるに過ぎないと私には思えます。

 では私たちには何が可能なのか。

 他者と対話することです。とりあえずは定型同士、あるいはアスペ同士でも構いません。お互いの経験を語り合う中で、孤立した私は「私たち」になることができる。私の問題は私を越えた私たちの問題になることができる。それはほんとうに大きな支えになることは間違いありません。

 けれどもそのような種類の対話の可能性も、また自ずと限界を持っています。そこでは「私たち」の常識が共有され、「私たち」の正義が生み出されていくでしょう。けれども定型が定型の常識を、アスペがアスペの常識を、それぞれの「私たち」の視点だけで作り上げたとして、それで「定型とアスペ」のコミュニケーションが成り立つでしょうか。もちろん成り立つわけはありません。お互いが「私たち」の中で凝り固まった、偏った見方に閉じこもるだけになるからです。

 だからこそ、定型とアスペの対話が必要なのです。定型には見えない世界をアスペの人は持っている。アスペには見えない世界を定型が持っている。その異質な世界にお互いが触れあうとき、たとえそれを理解することがとても困難だったとしても、それまでに凝り固まって身動きが取れなくなっている見方に、何か新しい可能性が生み出されてくる。それこそが対話という、本当に創造的で、本当に豊かなコミュニケーションだと私は思います。

 ただし、やはり人間は人間です。私は私の限界をどうしても抱え込んで生きています。そして私の生きている生活の現実から離れることもできません。対話的な姿勢を持つと言うことは、それは並大抵のことではない。それまで自分を抹殺しようとするかのように感じられた他者と、改めて正面から向き合うことなのですから。

 そういう対話に比較的向かいやすい条件を持った人も、どうしてもそれが困難な条件に生きる人もあるでしょう。それもまた当然のことだと思います。それならまずは対話に向きやすい条件を持った人たちの間で対話が始まればいい。そしてそこで積み重ねられたノウハウが、少しずつより困難な状況を生きている方達にも届くようなものへと進化していけばいい。どうせ道は長いのです。焦っても意味はないし、焦る必要もない。

 
 ということで、想像もしなかった多くの、いろんな立場の皆さんの参加を得て、私自身予定もしなかったような形でつぎつぎに記事を書き続けてきました。書き始めた頃には想像もできないくらいに私の考えも整理され、また深まってきました。そしてアスペのみなさんとの対話は、私の中にアスペの方達への親しみや尊敬の念を生み出し、それは私と私のパートナーとの関係をも豊かにしてくれました。

 その一方で、同じ定型の中でも、置かれた状況、置かれた立場、そしてそれぞれの方の個性などが合わさって、ある意味ではアスペの人との間の隔たりよりも大きいかも知れないと思えるような多様性も見え、その多様性の中にどういうコミュニけーションを成り立たせることができるのか、という新しい課題もまた見えてきました。

 そこまでたどりついて来たところで、この記事の執筆を、少しお休みさせていただこうかと思います。お休みは1日かも知れないし、2,3日かも知れないし、もう少し長いかも知れません。もともと個人的なリハビリのつもりで始めたことだったこともあり、ここらで一息入れることが必要になってきたかなという思いもあります。ここで無理をしてしまってはちょっと本末転倒になりかねない気もしますので。

 この間みなさんにいただいた多くの宿題を、自分の中でゆっくり発酵させながら、また次を書き出したいと思います。またそのときは、よろしければお読み下さり、コメントなど頂ければ嬉しく思います。

 もちろんみなさんの間で大切な情報交換や意見交換も進んでいるのですから、このブログ自体はいつでも開店していますので、コメント欄などはどうぞご自由にご利用下さい。私も参加させていただくこともあると思います。状況次第では、コメントでの交流用スペース確保のために、形式的に記事を追加するということがあっても良いかと思います。その辺は臨機応変と言うことでこだわらずに行ければと思います。

 なお、お飲み物などはセルフサービスになっておりますので、どうぞご自由におのみ下さい。
 ご利用の節はお志dollarshineを置いていただけばありがたくちょうだいいたします。


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コメント

パンダ先生…
休養に入るのですね…(泣)
パンダ先生も生身の人間ですもんね。…あれ?パンダか?どちらだ?
休養は必要ですもんね…
パンダ依存症、笹の葉症候群の私に、期間分の薬を出して置いておいて下さいね。
パンダさんの事を全く無視して書けば、私は今、泣きそうです。
「心の広い優しいおっちゃんが休養に入る」からです。えーん…カレンさんの時みたいに、私が一人、不安になって、自分勝手にパニクらないように、必死です。
でも、私も立派な大人です。子供みたいな事を言ってられませんね!気持ちを入れ替えます。
パンダさん、…待ってるゼ!…アレ!?

パンダさんへ

ありがとうございました。
私は、パンダさんのブログがいつのまにか、自分の帰って来る居場所になっていました。
ここへ来れば、答えが見つかるような気がしてました。

私が主人との関係に悩んでアスペルガーの記事を読んだ時、どれも「あきらめなさい」「変わりません」「症状です」と伝わって来ました。〈そう、受け取ってしまいました〉

でも、パンダさんは「アスペと定型のコミュニケーションはできるんだ」という仮説〈仮定〉を立てて一生懸命材料集めをしていらっしゃった。
きっとできる、きっとできる、っていうパンダさんの姿が大好きでした。
「今日はどんな材料で、どんなパンダ学説が生まれているのかな」
「リハビリということで書いてらっしゃるから、うんうんこういう考え方に導いていくんだね。」〈えらそうにですねごめんなさい〉

楽しかったです。
パンダさんと一緒の時間を持つことが出来て、本当にとても楽しかったです。

このブログで出会った、みみさんから、いただいた、私の宝。最高の言葉。
私が今度は最高に大好きな人に送ろうと思ってました。
パンダさんに送らせてください。

パンダさんはひとりぼっちじゃないですよ。


パンダさんのブログにお邪魔させて戴いて、たくさんの「新しいこと」がありました。
自分自身や夫のことは元より、見知らぬ人達のことも、今までとは違う、別の視点で考えられるようになりました。私に出来るのは、まだほんの少しですが、嬉しいです。

最近気になっていたのですが、こちらで伺うパンダさんやjoさんのご家庭の話と、私の生育家庭が似ているのです。
私にとって、父母は理解不能な人達でしたが、新たな視点で考えてみようかと思っています。

>「もしそうすることであなたが幸せになってくれるなら、私は自分が一人になってしまっても、その方が嬉しい」

パンダさんのパートナーさんの言葉、私には「分かり」ます。
私も結婚前に、夫に言った言葉です。彼には「何故そうやって切り離そうとするんだ!」と悲しませてしまいました。(言われた当時は怒らせてしまったと思っていましたが)

今になって分かりましたが、この言葉に向かい合うことは、とても大変なことだったのですね。
パンダさん、ゆっくり、お休みをとって下さい。
休養中、笹の食べすぎでお腹を壊されませんように…。

今日の午前中、リライト原稿作業を終えて出版社に送りました。

まず一段落が終えました。

パンダさん、ゆっくり休んでください。ブログの更新は『細く・長く・美しく』ですよ。→私自身も人のことが言えません(苦笑)。更新はサボっていますが、Twitterでは毎日更新しています(つぶやいています)。

kemeさんと重複すると思いますが、自閉さんのパートナーは「あきらめなさい」「変わりません」「症状です」(以上kemeさんと重複)様々な支援者職からは「あなたの愛情が足らないでしょ」「もう1人子供がいるとおもったら?」「ダンナさんは毎月給料を運んでくれるだけの人」「(自閉さんのパートナーは)ATMor財布と思いなさい」と言うパートナーの返り討ちにあって、SOS出してもわかってくれる人は少ないです。

※私自身も2000年からほぼ毎年1回のペースで『想定外扱い』されています。私は自閉さん当事者なので、「発達障害は子供しかあり得ない」から始まって、「大人はどうすることができない」「(何も支援体制がないから)ごめんなさい」「親の会にくっついてください」「(親の会で)ここは基本親の会なので当事者はごめんなさい」などと支援職の方たちから言われまくりのオンパレードでした。

パートナーの世界でも想定外扱いされたことがありました。ある講演会で「当事者として支援受けているがパートナーとしての支援は受けていない」と話したら反応がありませんでした。2008年春の話でした。パートナーとしてのサポートを求めたら「ウチじゃ扱っていません」と言われたことも何回かありましたから。

あちこち相談しても私の方が情報戦が上(私の方が情報を知っていたと言う意味)で相談員は「どうしようもありません」と言われたり、相談機関のたらい回しされたこともありました。※2009年の春から初夏にかけての話です。

長い横道は終わって本題へ戻ります。

私は自閉さん度がとても重たいので、どちらかで言うと自閉さん目線(視点)で見ることが多いですから、定型さんが考えていることや感じていることを勉強させてもらっています。

繰り返しになりますが、無理をしない範囲で『細く・長く・美しく』。タップリ充電してください。帰った時は花束presentでも贈りたいかと思っています。

ではでは。いいお休みを。いい充電を。

みみさん kemeさん 繭さん Rosamondeさん

 暖かいお言葉本当にありがとうございます。
 そんな言葉を語って下さるようなみなさんのやさしさが、
 この場を支え、育てて下さったのだと思っています。
 
 一端執筆を休んでみて、やっぱりかなり疲れがたまっていることを自覚できました。
 しばらく無理は避けようと思いますが、
 ほんとにどうぞ、利用できることがあれば情報交換などいろいろと
 コメント欄をご活用下さい。
 みなさんのコメントはメール配信されるので、私もいつでも拝見させていただけます。

 ああ、もう眠たくなってきた……
 ではおやすみなさい! catface

パンダさんへ

今日はさきほどお休みになったばかり↑なのかもしれませんが、1日も休まずの更新、お疲れさまでした。

ひとつひとつのブログの中身が熱く濃く、それを基に行われる皆さんの議論もまた熱く濃く、なんだか学生時代や仕事絡みでのディスカッションを思い出していました。ひとりひとりの状況は違いますが、パンダさんという座長の下で、こんなに熱く語り合うことができたことそのものが、素晴らしいことだと思います。こんな機会を与えてくださって、ありがとうございました。

新しい試みをする中では、それまでとは違う課題が次々に出てくるので、どこまで進んでも終わりはありませんが、自分は自分の課題と向き合いつつ、なおかつ、自分のやってきたことを、少しでも「より困難な状況を生きている方達にも届くようなものへと進化」させていきたいと思っています。

>どうせ道は長いのです。焦っても意味はないし、焦る必要もない。

ほんと、そうですね。

いつの頃からか、私は「自分の人生だけにおいての結果」は求めなくなっています。自分にできるだけのことをして、後は、より若い人たちや次の世代に、何か少しでもよりよいものを残したい・・・そんなふうに思うようになって、焦りも感じなくなりました。

焦らず、コツコツ、今自分にできることをするのみ・・・やっぱり、年齢的なものも大きいのかな?(苦笑)。


皆さんへ

皆さんのお話を伺えたことで、代々続いて来ている家庭内での連鎖その他、ここで取り上げげられている問題は(全く他人事でなく、もちろん私自身の問題なのですが)、社会全体における様々な種類の問題と大きく関わっている、という認識をあらたにしてきています。

Rosamondeさんも書かれているように、何か動こうとすると、そこには必ず壁があって、私もあちこちで疲れることも多いのですが(まだ、たいしたことはしていませんが)、とにかく、ひとつひとつ、一歩でも半歩でも・・・の気持ちで、自分にできることをやっていこうと思っています。

ひょっとしたら、いつか、それぞれが何かをやっているうちに、どこかでつながって本当にお会いするようなこともあるかもしれませんね。「あ、あの○○さんですね!」とか「△△さんですね」とか。   

この先も、ネットのどこかでお話することもあるでしょうし、どうか、よろしくお願いします。


では、今日の最後に、もう1度パンダさんへ

はい、どうぞdollardollardollarshine

カレンさん

> はい、どうぞdollardollardollarshine

 おお!ありがとうございます。
 においをかぎつけて、冬眠穴から出てきました!
 実はこの偽者パンダの場合、笹を食べるとおなかを壊します。
 でもこれはどれだけでもいただけるんですね!
 一番の大好物をどうもありがとうございました。

 ではまた冬眠に入ります confident

休息中のパンダのブログでお知らせコメントしてもよろしいでしょうか?

1.前のコメントにNHK福祉ネットワークで『大人の発達障害』が放送されます。3月28日~31日放送です。

今、ハートネットボイスに当事者たちの声(ご意見、質問など)を募集中です。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/voice/

重複しているが、あげました。

2.パートナー向けの新しい書籍が出版されました。

旦那さん(アキラ)さんはアスペルガー 野波ツナ著 宮尾益知監修 株式会社コミックス出版

アマゾンと楽天のURLを載せておきます。

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4774790532/ref=ord_cart_shr?ie=UTF8&m=AN1VRQENFRJN5

http://books.rakuten.co.jp/rb/%E6%97%A6%E9%82%A3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC-%E9%87%8E%E6%B3%A2%E3%83%84%E3%83%8A-9784774790534/item/6933194/?s-id=adm_browsehist_item

この本(漫画)は妻の視点からダンナさんのアスペルガーの特徴を描いています。

私も買いました。興味があれば読んでください。

文字だけでなく漫画と言う視覚的にアスペルガー症候群を描いています。

(注意)アキラさんの特徴であって、すべての自閉さんが漫画に出てくるアキラさんと同じとは限りません。だにぃさんもアキラさんと似ているところがあるけど違う部分もあると言っています。

以上、お知らせまで。

Rosamondeさん

情報をありがとうございます。
ハートネットボイスに書き込みをして来ました。
放送も見たいと思います。

Rosamondeさん

> 休息中のパンダのブログでお知らせコメントしてもよろしいでしょうか?

 はい、もちろんです!

 って、もう始まってるか (^ ^;)ゞ

おひさしぶりです~こんにちは~・・・あれ、パンダさんち、しばらく休業中だってw(゚o゚)w。道理でいつもと様子が違ったわけだあ。え、でも、セルフサービスでよければ自由に上がっていっていいって?それでは、せっかく来たんだし、パンダさん、お邪魔しますよ~。japanesetea、いただきま~す。cakeもいただいていいですかぁ?

前回、フラッシュバック的書き込みをしたままになっていたので気になっていて用事が終わったらすぐ来ようと思っていたのですが、風邪ひいて寝込んでたんです。

しばらく休息ですか。そうですよねえ、パンダさん、ずっとずっと、ものすごい熱意と勢いで考え続けてこられましたものね。休息が必要ですよ。定型種族には、時には考えるのをやめて、心が感じるものにひたすら耳を傾ける時も必要ですしね。

フラッシュバックを経験した後、落ち着いてから何を思うんだろう、また不安や絶望的孤独感に陥るんだろうかと心配したのですが、不思議と大丈夫でした。で、風邪でだるいよ~喉痛いよ~と思っている合間合間にあの絶望感や孤独感はどこに行ってしまったのだろう、と考えていました。そして、何となくわかった気がしました。

夫がASと気づくまでの、すれ違いの連続。ASと気づいてからは、では何が違うのか?を知ろうとする日々。この中で、この人とはどうしても理解し合えない、お互いに手をつなごうとしてもどうしても手が届かないということに直面し、この人といる限り、生涯この孤独感を抱えなければいけないのか、と思い、絶望していました。

でも、私が絶対に手に入れられないのは夫との定型的つながりです。それは、私が生まれながらにして本能的に知っているつながり方であり、私にとって唯一のつながり方でした。だから、それが絶対に得られないと知ることは、とてもショッキングで悲しくてさびしくて…。

でも、つながり方は1つだけじゃなかったんですね。

カレンさんが、耳の不自由な人たちの中に入れば健聴者がマイノリティーです、とおっしゃってましたが、手話の世界には手話の世界の文化があり、手話の世界の豊かさがあるのだろうと想像します。手話を全くできない私にはわからない世界です。でも、音声で会話するのと手話で会話するのと、どっちがいいとか間違いとか、どっちが上とか下とか、そういう問題じゃないですよね。人間って、一つのツールを失っても、べつの能力を生かしてそれを補う力を持っているんですね。そして、それぞれにはそれぞれに固有の良さがあり、優れた点もあるんだと思うのです。そのことに気づいた時、あの寂しさはなくなったんだ…そう思いました。

ただ、そのことは、「でも今のこの状況は不便だし、辛くて、苦しくて、大変なのよ!!」という心の叫びを否定するものではありません。このつらい状況は間違いなく存在している。これについては、本当に、皆に気づいてもらい、支えあえる仕組みが必要です。私なりに何かできることがあるか、考えていきたいと思います。

パンダさんのおかげで、いろいろなことを考えたり、みなさんと語り合ったりできたことはとてもうれしかったです。ありがとうございました。

あれ、Rosmandさんの書置きが…ああ、みんなこれに行ってらっしゃるんですね。こんなのやっているんなら、私も行かなくっちゃ。

それでは、ご休養中にお邪魔しました。ああ、忘れるところでした。
パンダさん、手土産のdollardollardollardollardollarです、どうぞ。
では、またお会いしましょう(o^-^o)。

ななさん

>パンダさん、手土産の dollardollardollardollardollarです、どうぞ。

 好物の匂いにつられてまたのこのこ出てきました!
 もうこういうのは浴びるほどいただけるのが幸せの極みですね!

 一昨日お医者さんに行ったら、そのお医者さんはもとは
 「アスペならもうあきらめないと」みたいなアドバイス(?)だったんだけど、
 このブログの話をしたら、「へえ!」という感じで喜んでくれました。
 
 定型とアスペの間にも、それなりのコミュニケーションの仕方がある。
 それは定型間のそれとはちょっと違うとしても。
 そういうことって、やっぱり精神科医とかでもまだあんまり考えられてないんですね。
 逆に言えば、そういうのは当事者間でどんどん作っていったらいいのでしょう。

 もちろんコミュニケーションの結果、別れるという結論だって構わないし、
 改めて一緒にだっていいし、それはそのカップルの問題だし、
 そもそもコミュニケーションを成り立たせようとする環境がなければ
 それは確かに関係解消は有力な選択肢だと思うけれど、
 一般的に頭からコミュニケーションの可能性なし、
 というのはやっぱり嘘だよなと思います。

 もちろんしんどい部分があるのは、これはお互いとりあえずしょうがないですよね。
 そこがお互い我慢の限界を超えるのなら、これもまた解消ありだと思うし、
 ときどき亭主や女房の悪口をぼやいてガス抜きしながら、
 「そこがお互いに共有された課題だ」みたいに思えるようになれば続行だし、
 そういうのは様々で良いんじゃないでしょうか。

 なんか、そういういい加減な判断に傾きつつある今日この頃です (^ ^;)ゞ

 ではまたお休みなさい。

P.S.
 ところでななさん! cakeは出すの忘れてた(隠してた)んですが、
 うーん、なんか油断も隙もないなあ wobbly
 

ななさん、お久しぶりです!風邪引いていらっしゃったんですね。大丈夫ですか?

このブログのことについて、夫と話をしない日はないこの頃なのですが、まさに今日、つい2時間ほど前に、夫が「この頃ななさんはどうしていらっしゃるんだろう?長いことお名前見ないよね」と言っていたんですよ。「さぁ、お仕事がお忙しいのかなぁ」などと答えながら、私もどうしていらっしゃるのだろうと思っていました。

ななさんの、絶望と希望と辛さが交錯するお気持ち、わかります。私は最近こそ、専ら「希望」ですが、状況によっては、もちろん微妙に気持ちは右に左に揺れますし。

アンビバランス・矛盾・葛藤・二律背反(?)・時に混沌・・・いろんな気持ちを持ち合わつつ、日々、自分の中に自分の居場所があることを確認して感謝する・自分の中で折り合いをつけていく・心の揺れ幅を小さくしていく・・・そんな努力をしてきています。(厳しさは必要ですが、少しできるようになると、それだけ楽しくなる、そんな努力です(^^)

人とのつながりも、人生そのものも、ひとつの見方に固執すると、他の見方があることに気づかなくなりがちですが、他の見方ができるようになると、いろんな可能性が生まれてきますよね。

私は、仕事でもプライベートでも、「前例がない」と言われるようなことをいろいろしてきました。もともとあまのじゃくなこともあって、「前例がない」と言われると、絶対その「第一の例」を作ってみたくなる質でもあるようで(苦笑) 

「前例がないなら作ればいい」・・・これも、気がついたらいつの間にか、私のモットーのひとつになっていました。パンダさんのこのブログも、「前例をみない企画」ですよね(^^)


こんにちは。気圧の変化で調子が下降気味で、明日から福井入りします。→大学のスクーリングが週末にあって、スクーリング会場が福井と言うことです。月曜日に家に帰ってきます。3日4泊の福井滞在だが、体内時差ボケが出る可能性があります。初福井滞在なのでどうなるかわかりいませんが。

>パンダさん

体調はいかがでしょうか? ゆっくり休んでくださいね。

>カレンさん

私も何とか初だったりはしりだったりすることが多いです。第一の例と言うのが多いものです。独身時代から実名で当事者活動をしている人は少ないのもありますが、私より先に戸籍をまたがって当事者活動している人がほとんどいなくて、戸籍上の姓と業務上の姓を分けている使っている当事者はほとんどいないでしょう。※この業界、業務上の姓を使った方が有利な場合もありますから。

前例がないと言われまくったことだらけです。ほぼ毎年1回くらいのペースで『想定外扱い』されています。

ここまで来たら、前例がないのを作るのが私の役割だと割り切って発信することにしています。

と言うことで。

はじめまして、とんぼ玉工房「MASUMI」と申します。

わたしも、自分がアスペルガーと診断されましたが、わたしは女性のためか、普通男性が多いらしいが、かなり違う…と思いました。

ただ、どのアスペルガーの本も、まるで「アスペルガーは○○ができない、あれもできない」と言ってるように感じて凹みます。
「できる時もあるのに…(T_T)」
と。
そして「まあ、変な人ですが分かってあげましょう」とも言っているように感じます。
普通の人から見たわたしは、こんなに変なんだ、と思うと、結構凹む部分も多かったです。

MASUMIさん

 アスペルガーと一口にいってもほんとにみんな一人ひとりすごく違いますよね。それって、考えてみれば「定型」っていっても一人ひとり全然違うのと同じだなあと思います。

 パンダはパンダだけど、「定型」の特徴も持ってるし、MASUMIさんはMASUMIさんなんだけど「アスペルガー」の特徴も持ってるというだけですよね。もちろんその「アスペルガーの特徴」にもまた個人差がいろいろあるわけだし。

 定型から見たら「こんなに変なんだ」というのは、逆にアスペルガーから見たら「定型ってこんなに変なんだ」という風に、お互いに喧嘩じゃなくて言い合えるようになるといいのになあと思います。

 またいつでも遊びに来てくださいね。コメントもよろしくお願いします。

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