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2011年1月13日 (木)

当事者のつぶやき

アスペルガー当事者のとうふさんのブログ アスペルガー社会人のBlog を覗いてみました。2006年5月からずっと息長く続いているブログです。とても全部に目を通すことは出来ませんけれど、毎月少なくても数回、多ければ20回くらいずっとずっと書き込んで今に至っています。

そしてコメントが結構毎回いくつもあるんですね。なぜかというと、本文で「職場でこういうところがうまくいかなかったんだけれど、なぜなんでしょうか?」とか「どうして定型の人たちはこういう行動をするんでしょうか?」とか、「こういうときはどうしたらいいんでしょう?」といった質問を良くされているのに対して、訪れた人たちがそれぞれ答えてあげているんです。5年余りで45万ヒットを越えたらしいですが、それも驚きです。

トップの猫の絵も可愛いですが、なんか応援したくなる人が多くなるんでしょうか。いろんなアドバイスをされている。これもアスペルガー当事者の人へのサポートのひとつの在り方なんですね。職場での困難はやっぱり続くようだけれど、でもきっとそういうサポートに支えられ続けているんだろうと思います。

職場でも、わりあいうまくサポートしてくれる上司もあったし、そうでない上司もあって、そういうときにはやっぱり困ってしまってという感じです。でもブログの方ではずっと応援されているのかな(とびとびに一部だけしか読めていない、その範囲の中でのことですが)。

そこで「距離」ということを頭に思い浮かべるんです。こういうネットでのやりとりは、うまく使えば適当な距離を保つことが出来る。ギブアンドテイクの関係も、一緒に暮らしているような状況で定型が求めるようなギブアンドテイクになる必要もなく、比較的淡泊にアドバイスをして御礼を言われて、そんな感じで続けられる。こんなに続くのも、そのあたりがちょうどいい距離感にはまっているからなのかもしれないなと思ったりします。

それから、このことを一番書きたかったんですが、自分はアスペルガーのことを、アスペルガーの人のことをやっぱりわかってないなあ、と感じました。なんていうのか、単にアスペルガーに関する知識がないとか、そういうことだけではなくて、アスペルガーの人が生きるっていうこと、しかもひとりひとりがそれぞれの人生の中で生きるって言うこと、そのことをどこまで感じ取れているかと言えば、ぜんぜんだなあとしみじみ感じるし、もっと言えば、そんな当たり前のことを改めて感じるような自分の薄っぺらさみたいなことも今更ながら思ってしまいます。ま、もともと薄っぺらいんだからしょうがないんですけど (^ ^;)

アスペルガーの人もやっぱりいろいろ気を遣って、悩んで、日々苦労してますよね。「そんなの当たり前じゃないか!」と怒られそうですが……。なんかちょっとこんな風にちょっと距離を置いて読むことで、そういうのがふとしみじみ感じるようになるのかも。

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コメント

パンダさん、はじめまして。happy01

パンダさんのblog、大変興味深く読ませて頂きました。

私自身、発達障害の娘を育てています。娘の為にこの障害を理解したくて、勉強して行く中で、意外にもごく身近に、この障害を抱え苦労しながら生きている大人達が居るのだと気付きました。そして、益々深く理解したいと思い始めました。

とうふさん、狸穴猫さん、カレンさん、NKパパさん…、それぞれ大変勉強になります。
そして、パンダさんのblogに行き着きました。

正直、今でも…?sweat01となる事がほとんどなのですが、何とかこの溝を埋められないものかと、日々もがいています。

ドラ子さん

 どうも、いらっしゃいませ。
 あんちょこに柄にもないハンドルネームを付けてしまって後悔しているパンダです。

 私は学生時代に知的発達の遅れを伴う子とのキャンプに行ったり、
 以前わりと関わりがあったんですが、知的には問題ない「大人の障がい者」とは
 そんなに縁がないように思っていたんですね。
 というか、思っていただけだったんですが (^ ^;)
 
 でも実際は、人格障害の人もそうですし、
 わかってくれば周囲にはほんとに沢山の人が生きづらさを背負って生きているし、
 また残念ながらその人の周囲にもいろいろ摩擦を起こし続けていたりしますね。
 まあ、気づいてないだけで人のことは言えないのかも知れないんですが (^ ^;)

 とにかくおっしゃるように溝を埋めるとか、
 埋めるのは無理だとしてもどっかに橋を架けるとか、
 それが無理でも糸電話くらいつないでみるとか、
 ぼちぼち模索の日々ということなのかなあ。

 そんなとき、ネットでいろいろ読ませていただくと
 ほんとに勉強になったり、考えさせられたりしますね。
 昔には考えられないタイプの支え合いですね。
 
 

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